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この世界に来てから1ヶ月ちょっとが経った。
ここの仕組みは全く分からないし、馴染む間手軽に寝床がほしいくらいの気持ちで、出会った金髪の男に私を保護してくれるところでも紹介してもらえないかと聞いたのだけれども、なんと彼自身が警察ではないもののヒーローと呼ばれる公的職務の人間であり、しかもナンバーワンヒーローなどという肩書きを得るほどの人物だった。結果、異世界から来た、なんて妙な話を鵜呑みにするわけにもいかないが、この世界のことを本当に知らない上に血塗れの女とくれば放っておくわけにはいかない。治安的にも、彼の性格的にも。
というわけで、彼の元で世の中を学びつつ保護というなの保護観察を受けることになった。まあ、私の正体を警察に知らせることは、彼の相談した相手の根津という人物によって一旦保留となったらしい。現時点で、私の正体を知っているのは金髪の彼こと、ナンバーワンヒーローオールマイトこと、八木俊典と。春から彼が勤めることになる学校の校長を務める根津、それとその根津の信頼するという学校の教師数名のみだ。

ところで、この1ヶ月私は社会勉強を兼ねてオールマイトについてまわったのだけれど、本当にこの世界は変わっている。
吸血鬼や悪魔といった人間ならざるものは確かに私の世界にもいたけれど、それとは訳が違うらしい。
中国という国で発光する不思議な赤ん坊が生まれたのがきっかけで、その後各地で特異体質をもつ子が生まれ、それはどんどんと当たり前のことになっていったそうだ。今や人口の8割がその特異体質の超人社会。その特異体質のことを所謂個性と呼ぶらしいのだが、異形系から能力系とそれは本当に人それぞれらしい。どうりで、見かけのおかしなやつが歩いていようと不思議がられないはずだ。ある意味、恵まれている。

話が逸れたけれども、そういった超人たちによって脚光を浴びている職業がヒーローなのだそう。ヒーローという言葉自体はもちろん聞き馴染みはあるけれど、それが職業であり、しかも公的なものになっているというのはかなり驚きだ。
特異体質のことをそれぞれ個々に合わせ個性≠ニ呼ぶらしいけれど、その個性の使用は本来公共の場では禁止されている。だがやはりよからぬことを考えるやつとしては、個性なんて超人能力、使わないわけにはいかないというところ。それに対応するヒーローは、きちんとプロヒーローとしてデビューしていれば要請の有無に関わらず個性を使用しての救助、犯人確保等の行動が許される。
今では理解できたけれど、やっぱり最初は「は?」という感じで、ここまでに至るにかなり書物を読み漁り、話を聞き、テレビという箱型のすごく便利なもので学んだ。
そうそう、ここはかなり科学や文明が発展している世界らしい。最初の携帯電話も驚いたけれど、テレビだとか洗濯機だとか、エアコンだとかかなり便利なものに溢れている。私の世界にも電気や水道はあったし、電話も車もあったけれど、ここまで利便性に優れたものではなかった。自分の記憶力や、状況への順応力には元々自信あるけれど、それでも1ヶ月で異世界の大凡を理解できたのは情報を得る手段がとても多くあるからだろう。

──さて。

「目立つことはしないって言っても、私戦闘自体はしてないわよ。逃げ遅れた人間の避難誘導とか、ちょっとばかし奴さんの気を逸らすためにお話したりとか、そのくらい──ってそれがまずかった?」
「まあ、そうなんだろうね……」

先に述べた個性を使用した犯罪者を総じてヴィラン≠ニ呼ぶらしい。
私はオールマイトにひっついて見学している途中、その敵と言葉を交わしたことがあったのだけれど、どうやらそのシーンを運悪く誰かしらのカメラにおさめられてしまったようだ。どちらかといえば、寧ろ確実に民間人兼ヒーロー側の動きをしていたというのに、あまりにも悲しい勘違いだ。

「まあいいんじゃないの? 言わせるだけ言わせとけば」
「そういうわけにはいかないんだよ」

そう背後のドアの方からまた違う声が聞こえてきて、背もたれにだらりと身体を任せて背もたれ越しにそちらを見る。逆さまに立っているのは、襟巻きを巻いた黒髪の男──イレイザーヘッド、本名相澤消太だ。

「なんでよ」
「オールマイトの所に取材が来てるんだ、お前がうろちょろしてるのがオールマイトの現場だという確信はほぼ持たれている。プロヒーローの仮免も持っていないやつ、ヒーロー科の生徒でもないやつに現場同行を私的に認めてるなんてバレたらめんどくさいのさ」
「ふーん、大変なのねえ、人間って」
「人間にはルールがあるからな」

お前も守れよ、と続けて言った相澤に、「わかってるわよ」とむくれる。
暴れてやろうと思えば壊滅させてやる気で暴れるけれど、正直そんな特異体質のヒーローがいっぱいいる世界で暴れれば、負ける気はないけれど無事でいられる余裕もない。──そもそも、無意味な人間狩りはもうするつもりもないし。
寄ってきた相澤が「お前風呂入ったならちゃんと頭拭け」と言ってきたので、面倒くさいと返したら、ひとつ息をついてその辺にあったタオルをとってわしゃわしゃと乱雑に拭いてきた。なんやかや彼も甘い気がする。

「じゃあ私はまーた外出られないの? 軟禁生活?」

成されるがまま頭を拭かれながら、恨めしい記事のページをビリビリと破り、紙飛行機を折る。答えられず何とも言えない顔で私を見る八木に、「冗談よ」と笑った。

「私が保護観察下に置いてって言ったんだもの。寧ろ予想してたよりもかなり過ごしやすいし、あなたたちのおかげで私の理解も進んできたのよ。感謝しているし、困らせる気は無いわ」

──まあ、私に害がなく、私が暴れる理由がない間は、だけど。
私は人間ではないから、必要となれば人間のルールを律儀に守るかといえば、正直わからない。理性がぶっ飛べば、私が暴走すれば、その時はわからない。
口には出さずそう心の中で付け加えながら、とりあえずは嘘ではない言葉を発すると、ありがとうと言われた。ん、なんだか、逆に申し訳なくなってしまったわ。

「2人で話を進めてるところ悪いが、恐らく軟禁生活になる心配はない」
「エッそうなのかい?」
「個人的には嬉しいけど」
「校長と話してたが、恐らくお前には雄英高校の生徒として学校に通ってもらうことになるだろう」
「はあ、それはまた何故に」
「雄英に生徒や教師以外の人間を置くとなると、正直面倒なんだよ。かといってどこかの一般住宅地で過ごしてもらうには、保護観察が難しい」
「それはそうかもしれないけど」

まだとても短い期間ではあるけれど、そこそこにこの世界のことは勉強した。大多数の人間がヒーローという職業と生き方に憧れ、夢を見て、その夢を叶えるために通う学校がある。雄英は、その中でもトップクラスの学校で、数多の人間が憧れる場所なのだそうだ。人を守りたいという志の、とても高い人間が通う場所。

「私には、」
「いい機会だろう、お前には」

私には不向きで似合わない場所だと言おうとしたところで、相澤が遮る。

「見てみればいい、この世界の人間を」
「……」
「君が人間を嫌っているだろうことは何となく察しているつもりだよ」
「全部が全部嫌いなわけじゃないわ、今は」
「じゃあやっぱり尚更、君にはここに通ってほしい。ここに来る生徒達を見てほしい。君がおびえるほど人間は悪いものじゃないと、怖いものじゃないと知ってほしいんだ」
「……人間なんて、別に怖くないわ」

ふんっと顔を逸らして、口を尖らせると八木が苦笑しているのが感じ取れた。
私が人間を避けていることは言わずもがな感じているのだろう。別に怖くないのは本当だ。ただ、私はその私利私欲が恐ろしい。今まで、前の場所にいたころ、永遠の命を求める人間に散々追い回されてきた私にとって、人間は忌み嫌うものでしかなかった。それが少しほぐれたのはこちらに来て、八木や相澤に会ったからだ。
その彼らが私に見てほしいというのなら、それもいいのかもしれない。何か、得難いものを、得られるのかもしれない。

「私、そんな子供に見えるかしら」
「外見だけならまあギリギリいけるんじゃないか」
「ちょっと貫禄がありすぎるけどね!」
「仕方ないじゃない、実際長生きなんだから」

何百年と生きてきて、未だ初々しくいろという方が無理な話だ。
初々しくいるには永く色んなものを見すぎた。いいものも、悪いものも。それでも綺麗でいられるほど、私は綺麗なものではない。
「お前の受け持ちだけはいやだな、大変そうだ」と頭の上で言う相澤が真顔なのが容易に想像できて、むっと頬を膨らませた。