06

入学式の朝。
全身鏡の前でくるりと周り、全身をチェックする。衣類の乱れなし、髪も乱れなし。うん、ばっちり。制服というところがかなりむず痒いけれども。
今日から、根津から借りている部屋を出発し雄英高校へ通うのだが、実はその部屋は雄英高校の敷地内にある。敷地内と言っても、雄英高校の敷地はかなり広いので登校が楽だとかはない。敷地内の隅っこにあるので、普通に歩けばそこそこ時間がかかる。まあ、高校の私有地なので、好き勝手屋根を跳んだりしていけば時間短縮になるのである。
そうこうしているうちに、壁に掛けてある時計をちらりと見ると、家を出るにはちょうどいい時間を指している。

「行きますか」

初めての学び舎に。



***




入学初日、僕は今すごくドキドキしている。
かっちゃんが雄英に合格したのは言わずもがな知っていた。彼の強さと、戦闘センスの良さは試験でも目立っていたようだったから。まあ、かっちゃんの雄英にひとり合格計画は僕によって失敗したので、かなり、とても、怒りを買っているんだけれど。
そんなかっちゃんと、そして受験の時離したメガネの怖い人とそのほかとりあえず怖い人とは一緒のクラスになりませんように、それが今の僕のささやかな願いだ。
そんな思いを抱きながら、雄英高校の校門をくぐり、自分のクラスの1‐A教室を探す。きょろきょろと歩いている途中で、後ろからぽんと肩に手を置かれて「きみ」ときれいな声が僕に向けられた。
背後に人の気配とか足音とか全くなかったものだから、びっくりして肩が跳ねる。慌てて振り向くと、僕よりも背の高いきれいな、本当に、人ではないんじゃないかと思うようなきれいな人が立っていた。
腰まである色素の薄いピンクブラウンの髪がさらさらと流れていて、それと同じ色をした大きな目が僕を写している。
とても大人びているけれど雄英の制服を着ているので、生徒のようだ。先輩だろうか。
ふむ、と手を口元にやって考えるように僕を見てから、音もなくゆらりと僕に近づいて、そして顔を近づけてきた。

「ああああ、あの!?」

すん、と僕の首元に近いところでその人が臭いを嗅いだ音がする。
女の子に、ましてこんなきれいな人とこんな近い距離になったことなんてない僕は、声にならない声でひいい!と叫んでしまった。気にしないように、すん、ともうひと嗅ぎしてその人が離れて、少しおかしそうに笑った。

「そんなに怖がらなくても、とって食べたりしないわよ」

くすくすと笑うその顔がまたきれいで、今の出来事も含めてぼぼぼっと顔が赤くなってしまっているのが自分でわかる。
なるほどねえ、と興味津々な顔で僕を見たその人が、にこりと笑って「あなたどこのクラスなの?」と聞いてきた。

「1‐Aです」
「あら、同じじゃない」
「え!?先輩だと思ってました!」
「同級生よ。私教室知らないの、着いて行っていいかしら?」
「も、もちろん!」

こっち!と先を歩き出すと、後ろから楽しそうについてくる足音がした。

ガラッと教室のドアを開けて真っ先に目に入ったのは、一緒のクラスになりたくないと願っていたツートップが何か言い合いしているところだった。さ、最悪だ。
その場に立ち尽くしていると、こちらに気付いたメガネの人がぱぱぱっと寄ってくる。自己紹介を聞いていたけれど、飯田くんというらしい。受験の実技試験の構造について褒められているところに、僕の後ろにいたその人がひょこっと顔を覗かせた。
目立っていた飯田くんが僕に話しかけていたことで、集まっていたクラスの視線がもろにその人に向けられて、一瞬でざわつく。まあそれもそうだろう、本当に、なかなか見られないような、芸能人とかよりも美しさで言えば上なんじゃと思うような、もう本当、美人だもんな。

「あ!そのモサモサ頭!地味めの!えっ、すごい美人さんもおるやん!」

そんなことを思っていると、さらにその後ろから茶髪の、実技試験の時お世話になったいい人が現れた。

「わー!ふたりともA組なの?やったー!よろしくねー!」
「う、うん!よろしく!」
「よろしくね」
「今日って式とかガイダンスだけかな?先生ってどんな人だろうね、緊張するよね!」

にこにこと試験の時と変わらずとても人当たりのいい笑顔でそんなことを話していると、

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」

低いあまり覇気のない声が響いた。くるりとその声のほうへ振り向くと、寝袋に入りエネルギーゼリーを吸う人が廊下に横になっていた。