05
ツナくんがうちに住みだしてあっという間に一か月が経った。どうやらツナくん、実家を出るにあたって一人暮らしの練習でもしていたのか、家事が完璧だった。
正直、朝の弱い私よりもかなり家庭的で、朝起きたら朝ごはんが準備してあったり、起こしてくれたりともうツナくん様様である。
ちなみに、起こしてくれるというのは部屋まで来て起こしてくれる。恥ずかしながら、残業で夜遅くなり朝本当にアラームが聞こえなくて、あとちょっと起きるの遅かったら遅刻だっていうときに、部屋まで来て起こしてくれたのがきっかけ。
まあ、私は別にみられて困るものないし、ツナくんだし。と甘えてしまっているのである。
私が一人暮らしを始めてまだ2年目だけれども、人の手作りごはんだとか、人に起こしてもらうだとか、おかえりを言ってもらうだとか、そういうのに一つ一つ感動しちゃっている。現在進行形。
平日はツナくんに家事は任せることが多くて、土日や私ができるときは私がするようにしている感じだ。
「ツナくん、私今日夜飲み会だから夜遅くなる」
「そうなの?」
「うん、だからお夕飯は好きなもの食べておいで」
朝ごはんを食べながら、財布から僅かばかりだがお金を取り出す。
「え、俺受け取らないよ」
「だめ、すごいお世話になってるから気持ちばっかりだけど御礼」
受け取りなさい、と押し付けて、返そうとするツナくんに首を振り続けると、あきらめたように「ありがとう」といって小さく笑った。うんうん、人の好意はありがたく受け取るべきだぞ。
「遅くなるってどれくらい?」
「これが分かんないんだなあ……」
できるだけ早く帰りたいけど、こればっかりは分からない。
というのも新入社員歓迎会だから。上司も新人も結構残るだろうし、二次会とかもあるかもなのだ。ちなみに去年は二次会あった。
「帰り、迎えに行くよ」
「え、大丈夫だよ。そこまで駅から遠くないし、深夜だったら申し訳ないし」
「申し訳なくないから、呼んで」
いい?と念押ししてくるツナくんの笑顔がなんだか黒く見えたのは気のせいだろうか。
まあ心配してくれていることに間違いはないので、ちょっとくすぐったくなりながら「ありがとう」と笑った。
***
飲みすぎた。
というか、飲まされすぎた。
トイレで鏡を見ながら真っ赤に染まった顔に、へらりと顔が緩む。
飲みすぎて気持ち悪いを超しちゃって頭がふわふわしている。
いつも飲みすぎは気を付けているんだけれども、新卒で入ったばかりの男の子が指導についている私になついていて、かつその子がめちゃめちゃお酒強くてかなり私のグラスに注いで来るのだ。
それを上司が飲むように煽ってくるので、まあ飲むしかない。途中からは酔ってるのもあって、喜んで飲んじゃってるんだけど。
スマホを開くと、時間は23時24分。
ツナくんから連絡が入っているわけではないけど、たぶん律義に待ってくれている気がする。そろそろ、帰りたいなあ。
ふらふらと席の方に戻ると、私の足取りをみかねた同期が「ちょっと水のみな」とグラスを渡してくれる。
ありがとーといいながらグラスを受け取ったつもりが、なんでかばしゃっと水を服が飲んでいた。
「つめたい……」
「ちょっ、あんた酔いすぎじゃない!?大丈夫なの!?」
「だーいじょうぶだよー」
「大丈夫じゃないわね。ほら、タクシー呼ぶわよ」
「まだ終電あるよ、だいじょぶ」
「そんなんじゃ終点まで行っちゃうわよ」
タクシーは高いからやだ。と首を振ると、後輩くんが「オレ、送っていきますよ」と言った。
「え、いいよ、だいじょうぶだよ」
「いやいや、オレが調子乗って注ぎすぎたせいなんで……!送ります!」
「えー?」
「あんたは黙ってなさい。じゃあ、申し訳ないんだけど、お願いしていい?」
「もちろんです!」
そうぱあっと顔を輝かせる後輩くん。
なんか、わんこみたい。ツナくんはわんこじゃないけど、そのぱあっとなるのは似てるな、なんて思ってたらぐいっと手を引かれた。帰ろ。
電車の中は終電が近いのもあって空いていて座っていたらいつの間にか寝てた。
降りる駅を伝えていたので、起こしてくれて乗り過ごしは免れた。よかった。
「ごめんね迷惑かけて」
「いやいや、ほんと調子乗ってお酒注ぎすぎました、すいません」
「だいじょぶだよ、きにしないきにしない」
へらりと笑うと、困ったように後輩くんが笑う。
「じゃあ、ありがとうね」
「え、いや、家まで送りますよ!」
「えー?だいじょうぶだよー」
と笑いながら、足がふらつく私。慌てたように支えてくれてありがたいけど、まじでやばい。恥ずかしい。
「ご、ごめん……やだもうこんな酔うなんて恥ずかしいなあ。ごめんね、みっともない姿見せちゃって」
「……そんなことないですよ」
「ええ?」
「可愛いですよ、先輩」
「ええ!?」
大丈夫か、酔ってるのかきみ。
と思ったけどお世辞言ってくれたんだなーと納得して、ふふふと笑う。
「家まで送ります」
なぜかまじめな顔でそう言った後輩くんに、首を傾げながら遠慮しようと口を開こうとしたその瞬間、目の前に見慣れたハニーブラウンの髪が現れた。
「それは結構です」
「え」
「ほら、涼ちゃん。迎えにきたよ」
「ツナくん……?あれ?」
「ええ……酔いすぎじゃない?ほら、しっかり立って」
「んん」
電車で寝てたのもあって眠気がすごい。目をこすりながら、差し出された手を自然と握った。
「あ、あの……」
戸惑ったように聞こえたその声に、「送ってくれてありがとうね、気を付けて帰ってね」と空いている方の手を振ると、さらに戸惑ったように後輩くんが「は、はい」とうなずいた。
「涼ちゃんを、送ってくれてありがとうございました」
私が歩き出したすぐ後ろで、ツナくんがそう言っているのがちらっと聞こえた。
呑気に、お母さんみたいだなあと思った。