09

雄英高校ヒーロー科。
という一風変わった学科だが、午前中は必修科目・英語等の普通の授業が行われる。
お昼はお弁当持ち込みも勿論ありだが、大食堂でクックヒーロー・ランチラッシュの作る一流の料理を安価で頂ける。
ユズリは雄英の敷地内に間借りしているので、わざわざ外のコンビニやスーパーに買い物に行くのも手間で、そもそも勝手な外出は許可されていない。許可を取るのも、買い物にいくのも面倒が故の自動的に昼食はかならず学食だ。
ランチラッシュには、入学前から時折食事を作ってもらっていたので顔見知りで、学食に来ると簡単に挨拶をする。
正直、食事は吸血鬼にとっては不要なので、嗜好のひとつにしかならない。空腹という感覚は強くないが、血が足りなくなれば体に不調として影響がでる。味覚として美味しさは感じるので、好んで食べているだけだ。
和食・洋食・中華、その他もろもろ。なんでも作れてしまうランチラッシュの料理はどれも美味で、前の世界で食にそこまで興味を持てずにいたのが嘘のように楽しみのひとつになっている。

「……」

ただひとつ、困るのがメニューだ。
基本的に入学前はランチラッシュのお任せにしてもらっていたが、大量の学食利用生徒の数をさばいているところにお任せでお願いするわけにもいかず、新しい食べたことのないものに手を出してみたくとも、名称とどんなものかが一致しない。そもそも思いつかない。
食堂で他生徒が食べている食事はどれも美味しそうに見えるが、それが何というものかもわからない。特に食事に意識を向けてこなかったツケだ。
トレイを持って考え込んでいると、後ろから「決まってねえなら退け」と低い声がした。
声のする方に振り返ると、同じクラスで早速問題児になりつつある爆豪だった。

「爆豪、何にするの?」
「は?」

まさかそんなことを尋ねられるとは、声をかけてくるとは思っていなかった爆豪が間抜けな声を出す。
それに対して、ユズリは、はて、何かおかしなことを言っただろうかと首を傾げた。

「んなモン、テメェに関係ねぇだろ」
「そうなんだけど。私新しい食事に手を出してみたくて、でもよく知らないのよね。何頼むの?」

こいつ、話を聞いてない。
トレイを持ったままぐいぐいと寄ってくるユズリに、爆豪は面倒くさそうに「四川風麻婆豆腐定食」と返した。

「しせんふう?四川って中国の?麻婆豆腐ってどんな料理?」
「中華」
「それはわかるけど……美味しい?」
「美味ぇ」
「ふうん、じゃあ私もそれにする」
「は?真似すんな」
「いやよ、教えて貰ったら気になるじゃない」

爆豪が物凄く嫌そうな顔をするが、そんなこと関係ないとでも言うように笑って爆豪の隣に並んだ。
面倒くせぇな、と思ったもののそのあとは話し掛けてこなかったので、まあいいかと放置していると、ランチラッシュから料理を受け取った後、当たり前のようについてきて傍の席に腰を下ろしたユズリに、いよいよ爆豪はこめかみを引き攣らせた。

「なんで着いて来ンだよ……!」
「特に理由はないけど」
「ウゼェ!」

爆破したいほどイラつくが、他の生徒も大勢食事をしている中で個性を使用するのはさすがに理性がストップをかける。
チッ!と大きな舌打ちをして諦めたが、ユズリの料理の載ったトレイを見て、眉を顰めた。

「なんで麻婆単品なんだよ」
「え?」
「初めて食うのに米も吸いモンも付けねえとか馬鹿なんか」
「そうなの?」
「……まあ、イケる口ならいいんじゃね」

イケる口なら?どういう意味だろう。
そう思ったものの、食事を始めてしまった爆豪に質問攻めにするのは良くないかと、とりあえず小さな取り皿に取り分けて、レンゲを手にひと口食べてみる。
──衝撃。
ぶわっと全身の鳥肌が立ったように、口の中に刺激が走る。
美味しい、確かに、美味しい。だが、痛い。
痛みには強い方だと思っていたが、口内の痛みと刺激には自分は弱い方なのだと今知った。
口の中から、飲み込んだ喉とそれが通った食道と胃がどうにもヒリヒリしたような感覚がある。
お腹を満たすためではなく嗜好の開拓のための食事なので味を覚えればいいと単品で頼んだが、なるほど、これは、きついかもしれない。
ひと口食べて、目の前の皿を見つめたまま動かなくなったユズリを横目に見ていた爆豪が、チッ!とまたひとつ大きな舌打ちをして料理をそのままに席を立つ。
目の前の刺激の塊のような料理に必死になっていたユズリはそれに気付かずに、麻婆豆腐を見つめたままでいると、その皿の横にドンとコップが置かれた。

「うぇ……?」
「水は飲むな、こっち飲め」

戻ってきた爆豪がそう言って置いたのは牛乳。それから定食についていた杏仁豆腐を寄越す。

「これは……?」
「最後に食え」

何なのか説明はしてくれないが、わざわざ牛乳を持ってきてくれたし変なものではないだろう。
辛さを超えた痛みはあるものの、牛乳のおかげでなんとか半分は食べ進めた。が、正直もう要らない。だが、ランチラッシュが折角作ってくれた、と思うと残したくない気持ちもある。レンゲを手に、残る麻婆豆腐を睨んでいると、「おい」と声が掛かった。爆豪だ。

「食わんなら寄越せ」
「食べてくれるの?」
「杏仁やった分交換だ」
「あんにん……ってこれ?」
「……お前、何食って生きてきたんだ。つか、そんなんで足りんのか」
「ええと、そうね。私にとって食事は、嗜好を広げるためのものだから、量は必要ではないわね」

そう答えたけれど、よく分からないといった顔で爆豪は麻婆豆腐の皿を持っていった。
残るのは交換となったデザート、杏仁豆腐だ。
プリンみたいなものかと思ったが、匂いが違うし、上に乗っている赤い実は何だ。
嫌いな匂いではないので、スプーンでひとすくいし、口に運んでみる。

「!」

口に入れた瞬間の蕩けるような食感。程よい甘さと、鼻腔を抜ける独特の香り。

「美味しい!」

つい、ぱあと顔が綻んだ。
それを見ていた爆豪が少しだけ目を見開く。

「ねえこれなんていうの?あんにんって言うのが正式名称なの?」
「中国発症の甘味で杏仁羹、日本では杏仁豆腐って呼ばれとる」
「杏仁豆腐……この上の赤い実はなあに?食べていいの?」
「食えねぇモンは乗せねえよ。クコの実だ、食える」

そう言われて食べてみると、ほんのり甘かった。
あまりの美味しさにパクパクと食べ進め、定食のデザートとしてついている量はあっという間になくなってしまった。だがこれはかなりの発見。美味しかった。
そして、横でユズリの残した麻婆豆腐を食べてくれている爆豪をちらりと見る。
同じクラスの緑谷への当たりの強さと粗暴な様子ばかり見ていたけれど、ヒーローを目指すだけあってか多少の親切心はあるらしい。などと、これだけ世話をかけながら少し失礼なことを思った。

「爆豪は辛いの平気なのね」
「好きだわ」
「甘いものは?」
「あんま食わねぇ」
「そう。他に何かおススメとかない?」
「知らん、つか質問ばっかすんなウゼェ」
「それはごめん」

ちょっと調子に乗りすぎてしまったかもしれない。
彼が構われるのが嫌いなのは傍から見てて明らかなのだが、その口の悪さに比例しない面倒見の良さと、美味しい杏仁豆腐を知ったことでテンションが上がってしまい、ついつい話しかけてしまった。
爆豪へ向けていた身体を正面に戻したものの、すぐに席を立つのもなんだか気が引けてしまう。
そのまま、周りを眺めていると、食べ終わった爆豪が「麻婆なら」と声をかけてきた。
まさか話しかけてくるとは思っておらず、びっくりしながらもそちらを向くと、まったく視線を寄こさずに「麻婆食うんなら甘口からにしろ」と言う。

「じゃあ、明日そうするわ。感想言うわね」
「いらねェよ!」