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昼休みが終わると、午後の授業はいよいよヒーロー基礎学となる。
本当に雄英高校で教鞭をとっているナンバーワンヒーロー・オールマイトの姿に生徒たちは興奮しながら、配られた戦闘服コスチュームに着替えてグラウンドβに集まった。
オールマイト曰く、本日は早速戦闘訓練を行うらしい。
てっきり、ヒーロー基礎学などというから、筋トレや走り込み、もしくは机上の現場学を学ぶのかと思っていたがちがうらしい。
コスチュームは、入学前に提出した各々の個性届と要望に沿って作成されており、それぞれ独特の個性が出ている。
が、ユズリはというと正直具体的な要望も書きようがなく、そもそも思いつかず、「ひたすらに動きやすく丈夫で軽い衣類(できれば黒の膝丈スカートタイプ・シックもしくはクラシカルなものがよい)」くらいしか記入しなかった。
出来上がったそれに袖を通す。ワインレッドの長袖のシャツに胸元には黒いタイ、膝より少し高い位置の丈の黒のジャンバースカートだ。
生地感はかなりしっかりしているが軽い。動きやすさを書いたためか、スカートは割と身体にぴったりフィットしている。シャツと合わせたワインレッドのソックスに黒いショートブーツ。
前にいた世界でよく着ていたものを思い出しながら記入したが、割とそれに近いものを用意してくれていて、身に着けるとしっくりきた。
ただ周りを見ると、ユズリのコスチュームはそれとは言えないようだ。各々趣向を凝らしたそれらは、なかなか服とは呼び難い。
どうにも浮いている気がするなと思っていると、ユズリを見た八百万が「素敵です!けれど、何の個性かは全然わかりませんわね」と首を傾げていた。そんな彼女のコスチュームは個性柄、背中がぱっくり空いていてとてもセクシーだった。

「始めようか、有精卵ども!戦闘訓練のお時間だ!」

オールマイトの説明によると、敵側とヒーロー側に分かれ、2対2の屋内対人戦闘訓練だという。基礎訓練ではなく、実践からというのはその基礎を知るため。

「勝敗のシステムはどうなります?」
「ブッ飛ばしてもいいんスか」
「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」
「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか」
「このマントやばくない?」
「んんん〜〜!聖徳太子イィ!」

状況設定は、敵がアジトに核兵器を隠していて、ヒーローはそれを回収・処理することが目的。勝敗は、ヒーローが制限時間内に敵を捕まえるか、核兵器の回収すればヒーロー側の勝利。敵は制限時間まで核兵器を守るか、ヒーローを捕まえれば、敵の勝利。チームの組み方は、オールマイトが準備してきたくじで行うという。
個性を使った戦闘。それはおおよそどの生徒にとっても初めてのことだが、ヒーローを目指しここに来て、そして普段の生活では個性戦闘など許されなかったこれまでとしたら、かなり胸が躍る展開だ。
皆意気揚々と、息巻いているが、ユズリとしては自分の扱いに疑問を抱く。基本的に1クラスは20人構成なのだが、この1年A組に関しては最後の出席番号にユズリが追加されているので21人となっている。順番的にくじは最後に引くのだが、そもそも2対2となっているのであぶれるのだ。
ユズリ対オールマイトになったりするのかしら、などと思っていたが、最後引く番にはすべてのアルファベットのくじが戻されており、引いたチームに加わるとのことだった。ただその場合3対2になるので、ハンデをつけるというもの。
引いたアルファベットはI、葉隠透と尾白猿夫と同じチームとなった。

「作戦会議!しないとね!」
「その前にお互いの個性も把握しなきゃ」
「ええ、よろしくね」

そんな会話をしているうちに、オールマイトによって1組目の戦闘訓練チームが選出された。
Aコンビがヒーロー、Dコンビが敵。
誰だっけ、と確認すると、Aコンビは緑谷出久と麗日お茶子。Dコンビは爆豪勝己と飯田天哉。
早々に仲の悪さが周知となっていた緑谷と爆豪が相対することになったのだ。
これは少し荒れるかもしれない。
そう思ったのはユズリだけではなかったようで、そして実際に、荒れた。
爆豪は個性も強く、戦闘に対してのセンスも高い。ただその傲慢さはかなり目立ち、飯田とのチームプレイは程遠く、飯田を置き去りに自分都合で勝手に動いている。
緑谷は麗日とチームプレイを決めていきたいようだが、彼に固執する爆豪のせいで苦しい局面が多い。
爆豪に比べて、個性の扱いもまだまだ。戦闘、身体の使い方のセンスが特別秀でているわけでもない彼だが、それでも健闘しているのは、彼の思考力の高さ故だった。
幼馴染みというのもあってだろうが、爆豪の思考と癖を読み、苦しいながらも持ちこたえている。
オールマイトには耳に着けたイヤホンから戦闘チームたちの会話が聞こえているが、観覧している生徒には聞こえない。それでも、モニター越しに見える様子と表情は、ふたりの様子がただならぬものだというのは見て取れた。
制限時間迫りくる、最終局面。
結果、ヒーロー側の勝利となったが、結果に反してヒーロー側ふたりの方が倒れ、敵側ふたりがほぼ無傷だった。

「今戦のベストは飯田少年だ!何故だかわかる人!」

満身創痍で気を失った緑谷はハンソーロボによって保健室へと搬送され、残った爆豪・飯田・麗日がクラスメイトの元へ戻ると講評の時間が設けられた。
オールマイトの質問に手を上げたのは、八百万で、先の戦闘の動きについて話し始める。

「飯田さんが一番状況設定に順応していたから」

爆豪の行動は私怨丸出しの独断専行、屋内での大規模攻撃は愚策で、緑谷も同様。麗日は中盤、訓練だという気の緩みと、最後の攻撃が乱暴すぎた。訓練ではなく、本当の現場で、核兵器がハリボテではなく本物であればとることが許されない行動が、飯田以外には多かった。

「常に下学上達。一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので!」

推薦入学者だという八百万の姿勢に、ユズリは「おお」と小さく拍手を送った。

場所を移し第二戦目、ユズリのいるIチームが敵側、Bチームの轟焦凍と障子目蔵がヒーロー側だ。
簡単な作戦会議中、本気を出すからと葉隠が手袋とブーツを脱いだのだが、それは全裸ということなのだろうか、とは口に出せなかった。
Iチームが3人となるハンデ、というよりは、ユズリが加わるハンデは、彼女のみ足に重りがつき、その両足が鎖でつながれるというものだった。
女性に優しいらしい尾白がそれは自分が、と名乗りをあげていたが、オールマイト的には誰かにハンデがあればというよりはユズリにこそハンデをつけるべきと判断したらしい。そしてそれは恐らく正しい。このクラスの人間の誰よりも、戦闘慣れしている自信が悲しくもユズリにはあるのだ。
葉隠は透明化を利用し、不意打ちで敵側確保に動くといい、尾白は戦闘に向かうとハリボテ部屋への経路の途中に位置取りをするというので、ユズリはハリボテ核兵器を置く部屋に残ることにした。尾白と戦闘にふたりで向かうことも一瞬考えたが、いきなり誰かと共闘というのは結構難しい。戦闘慣れしているユズリは相手に合わせることができたとしても、尾白には難しい。
ユズリにとってはハンデがとてもきついというものではないが、まあハンデもあって動きにくいだろうしね、と解釈し納得してくれたので結果オーライ。
同チームのふたりの個性は教えてもらったけれど、相手チームの個性は当たり前だが把握していないし、どうしたものかと思いながら部屋の隅に立ち、前に佇む核兵器のハリボテを眺める。と、開始の合図から少ししてすぐに、唐突に建物ごと凍ってしまった。

「つめた」

轟は確か氷を模したようなコスチュームだった、彼の個性らしい。
瞬時に建物ごとという大規模な個性使用が可能というのは、八百万に続き二人目の推薦入学者というのに納得の力量だ。
見事に床に氷によって縫い付けられてしまった足を眺めながら、どうしようかと思案する。この様子だと、恐らく葉隠も尾白も同様に動きがとれないだろう。きっと優雅にヒーロー側はやってくるのではないだろうか。
この力量差であれば、完封されたとしても仕方のないことだろうけれど、まあ、少しくらい動いておかなければ身体は訛るだろうなと思って、ふうと息を吐いた。きょろきょろと部屋の中にある監視カメラを確認するが、ありがたいことに今ユズリが立っている場所はカメラの死角になっておりモニター向こうには映らないようだ。
スッと右手を上げ、次の瞬間指の爪を伸ばす。30cmほどはあるそれは爪といえど研ぎ澄まされていて、ある程度のものは切れる。
その爪を左手でひと撫でしてから、凍り付いた足に突き立てた。







轟は余裕綽々と、淡々と歩みを進めていた。
葉隠の凍る場所はわからなかったが、凍らせる直前、チームメイトの障子の探索個性で建物内にいることは明確だったので、凍っていることは間違いない。核兵器があると予想する最上階に行く途中に尾白も身動きがとれずにいて、その横を通りすぎた。
この様子だとどこかのもう一人の蘇芳も身動きはとれずにいるはず。
そう思い込んで、歩みを進め、核兵器の部屋のドアを開ける。多少警戒していたが、そこに最後のひとりの姿はなく、奥に見えるハリボテへと足を進める。
が。

「待ってたわよ」

何の気配も感じとれなかったのに、いきなり真後ろから、耳にささやくような近さで聞こえた声に飛び退いた。
そこに立っているのは、コスチュームとは呼べないような普通の衣服に身を包んだ、裸足で凍る床の上に立つ蘇芳だった。
轟だけでなく、モニター越しに見ていたオールマイトを含む面々もカメラに映らなかった彼女がいきなり現れたことに目を見張る。

「お前、なんで動ける……!」
「動けるようにしたから」

カメラの死角でなければそこまでしなかっただろうが、人に見えないならいいかと、ユズリは自身の爪で凍る靴と足を動かすために、足の皮を剥いでいた。
といっても、もう今は治りきっていて血も流れていない。ハンデの鎖と重りは取ってしまったらいけないだろうと足についたまま。ただ床には靴が凍り付いたまま残っていて、それを見た轟にも理解はできないようだった。
まあ、普通に考えれば動けるようにするために、足の皮を剥ぐことは考えないだろうし、そうしたとして瞬時に自己修復ができるとはなかなか考えづらい。
警戒心マックスの表情でユズリを睨む轟に、思わず笑みがこぼれた。

「私はこれをあなた達に渡すわけにはいかないらしいの」

カシャン、鋭利な爪同士が当たって澄んだ鋭い音がする。

「だから、まずはあなたからね」







「反射神経いいわね」

トンッと床を蹴り、右手を振り回しながら轟へ間合いを詰めるが、それに反応した彼が氷を生成し盾とする。ただそれも爪で割ってしまうのだが、さきほどからそれの繰り返しだ。
蹴りでもなんでも、全身を使って戦えばもう少し何とかなるのだが、重りはやはり邪魔だし、そこまで長くない鎖のせいで足はうまく動きが取れない。オールマイトのヒーロー活動について回っていた時のユズリの動きを考慮したものだと納得した。

「逃げてばっかりなの?」
「ッ!」

挑発も兼ねて疑問を口にすれば、目を見開いた彼が逆に間合いを詰めてきた。右手を動かすが氷がそれを邪魔する。しめた、という顔をした轟に、思わず口角が上がる。
次の瞬間、グサリ、という音と、轟の表情が苦痛に歪んだ。
切り落とさないだけ手加減はしているのだが、伸びた左手の爪が轟の左の太ももに突き刺さった。

「右手だけじゃないわよ」
「っ、いい、それでも!」
「?……わっ」

爪を突き立てたことで近くなってすぐには離れらなくなったその一瞬で、轟がユズリの足の鎖を掴みグイと上へ引き上げた。反動でバランスを崩し、倒れ込んだところを、瞬時に両手両足を床に縫い付けられる。
お見事だ。

「っ、はぁ……回収、だ」

立ち上がった轟が足を左足を引きずりながら核兵器のハリボテへと歩いていき触れる。

「ヒーローチームWIN!」

オールマイトの声がスピーカーから響いて、訓練の終了を告げた。
かなり鋭い爪なので出血がひどいわけではないが、痛みはそこそこにある。太ももを押えながら振り返ると、少しだけ拗ねたような顔をしたユズリが轟を見上げている。

「鎖って本当に邪魔だわ」
「そうだな、俺はそのお陰で勝てたが……。悪ィ、今溶かす」

そう言って寄ってきた轟が左手を翳し、氷を溶かしていく。個性・半冷半熱、右で凍らし、左で燃やす。
攻撃規模や温度はまだ未知数のようだが、それでも強個性には間違いない。

「足、保健室に行ってね。ごめん、痛いでしょう」
「痛い、けど戦闘に怪我は付き物だ、謝らなくていい。それより……」

そこで言葉を詰まらせた轟が、手足が動けるようになり立ち上がったユズリの足を見る。
やはり、どうやって氷から抜け出したのかがいまだに気になっているらしい。
でも、さすがにスプラッタすぎるのであまり言いたくない。

「どうやって抜け出したかは内緒だけれど、安心して。多分私のやり方で抜け出す人はそうそういないわ」
「いや、意味わかんねぇ」
「ふふ」
「おーい!轟少年は尾白少年と葉隠少女の氷も溶かしてやって、みんな戻っておいで!」

スピーカーから流れてきたオールマイトの声で、轟がはっとした顔で「やべえ」と言いながら残る二人の元へと走っていく。
ユズリは、自分の靴を回収するが、氷のせいで濡れたそれに足を通すのは気持ちが悪く、そのまま裸足でモニタールームへと向かった。



***



放課後。

「いやー!初めての戦闘訓練、緊張したな!」
「ていうか1戦目2戦目が激熱&ハイレベルで後からやりにくいっての!」

終礼が終わり、相澤先生が教室から出て行った途端に教室内が騒々しくなった。
話題はやはり、戦闘訓練。
緑谷以外、重症者はおらず、轟も含め負傷した者たちはすぐに保健室のリカバリーガールによって治癒され、ぴんぴんしている。訓練の興奮が冷めやらず、どちらかというとテンションが高い。
若いわねえ、と思いながら一番後ろの席でそれを眺めていると、その視線に気付いた数名がユズリの元へ寄ってきた。

「蘇芳さんすごかった!」
「見てて超かっこよかったぜ!な!」
「ケロ、ハンデがあってあれだけ動けるなんてすごいわ」
「ありがとう、でも結局負けてしまったわ」
「いやあ、推薦入学者とあんだけ渡り合えたら十分だろ」

その言葉と同じくして、視線を轟に数名が遣るが、彼はさっさと帰り支度をして教室から出るところだった。
クール、なのだと思っていたが、どうやらそういうものではなさそうな雰囲気だなと、一戦を交えて思った。
クールなのではなく、ただここに意識が向いていない。他の誰も見ていない、淡々とどこか全く別のところを見ていて、その視線はよくない感情を含ませているようだった。
それは何となく皆も察しているところがあるのか、帰る轟に声は掛けなかったが、同じように帰ろうとしている爆豪が目に入る。

「爆豪」

何となくその背中が虚し気に見えて、ユズリはつい声をかけた。

「あ?」
「帰るの?」
「ウルセェ」
「おいおい、そんな言い方しなくても……!」
「みんなで今日の戦闘訓練の反省会しようぜ!」
「しねェし、関係ねェだろ」

それだけ言って教室を出て行ってしまった。
声をかけたのは失敗だっただろうか。
それからしばらくして、疲れ果てた様子の緑谷が保健室から帰ってきて、爆豪を追いかけていった。

「あの二人って何なのかしら」
「幼馴染みだって言っとったよ」
「でもそれにしては、なんだか爆豪さんが一方的に緑谷さんを下に見ているようですけど」
「でも緑谷くんは爆豪くんのこと放ってはおけないようだな」
「謎」

オールマイトに憧れを寄せた二人であることは何となくわかる。緑谷はあからさまだし、爆豪もオールマイトにはなんだかんだ反抗できなさそうな雰囲気がある。そもそも、ふたりともヒーローを目指しているのだから、その頂点にいるオールマイトは目標に違いないのだろう。
爆豪は緑谷を無個性だと思っていたようだし、ワン・フォー・オールのことを知っているユズリにとってはそれが正解であることは知っているのだが、そうも言えない緑谷は爆豪にうまく説明もできないだろう。オールマイトも他言無用を強いているはずだ。
まあ、その辺りも察して、爆豪の落胆も含めて、オールマイトがフォローに向かうだろう。

「皆さん、明日も学校です。下校時刻ですので、寄り道せずに帰りましょう」

八百万のその一言で、続いてしまいそうな放課後談義が終了し、各々帰路へ着いた。