翌朝、登校(といってもユズリは敷地内居住のため校舎へ向かうだけ)していると、校門前で大勢の大人たちに囲まれてしどろもどろになっている緑谷を見つけた。
大人たちはカメラとマイクを向けて話しかけていて、それがマスコミだということはすぐに分かった。
「オールマイトの授業はどんな感じですか!?」
そんな声が聞こえてきて、ああ、ナンバーワンヒーローの雄英高校教師に就任を早速聞きつけてきたのかと察しがついた。
うまく躱せばいいものを、根は真面目そうな緑谷少年はどう受け答えしたらいいものか迷っているようで、絡まれ続けている。
まあ、マスコミもスルーできない人間を選んでインタビューくらいするものだろう。
どうするものか逡巡したものの、八木が目をかけている彼ならば助けるか、とそこへ足を向けた。
「え、ええと、ですね……」
「緑谷くん」
「え?あ、えっ、蘇芳さん!?」
どうにかインタビューを躱して学校敷地内へ入りたいのだが、質問の手をとめることのないマスコミにたじたじになっていた緑谷は、聞き覚えのあるその声に振り向く。
いつのまにそんなに近付いて来ていたのかと思うような距離にいたユズリの姿を目に映して飛び上がった。
マスコミもいきなり現れた人形のように見目の整った女子生徒に、目を奪われ時が一瞬止まる。
「予鈴が鳴ってしまうわよ」
「え、あ、うん、そうだね……!」
「待って待って!あなたも生徒?今オールマイトの授業について尋ねてるの!あなたもインタビューに答えてくれない?オールマイトはどんな感じ?」
「オールマイトは……」
内心「なんだこの馴れ馴れしいリポーターは」と思いながら、ここで雄英とオールマイトの名を下げるような言動は控えておいた方がいいかと思い出掛けた言葉を飲み込んだ。
オールマイトの授業がどうかと聞かれても昨日の1回しかまだ授業は無いしわからない。授業がどうかはわからないけれど、オールマイトについてはわかる。
「オールマイトはかわいいわよ」
「え?」
「へ?」
ユズリの言い放った言葉に、リポーターならず緑谷までも頭に?を浮かべて、戸惑うように固まったので、その隙に緑谷の手を引いてその場を離れた。後ろからまた声が掛かるが、これ以上は付き合っていられないし、言えることもない。
「あああああの!」
「なあに、おはよう緑谷くん」
「おはようございます!じゃなくて、あの、手……!」
「ああ、ごめんなさい、痛かった?」
「いや、痛くない、です!助けてくれたんですよね、ありがとう」
「別に大したことじゃないわ。それより緑谷くん、どうして敬語なの?同じクラスなのに」
「えっ、あ、ごめん!なんか蘇芳さんすごく大人びてて、同級生という感じがまだ慣れなくて……!」
別に遠く感じてるとか壁があるとかそういうのじゃないんだよ!
と必死に否定する緑谷がどことなく八木とにていて、思わず笑みが溢れる。
「ふふ、似てるわね」
「に、似てる……?だれが、だれに……?」
「緑谷くんが、や、じゃなかったオールマイトに」
「え!?僕が!?」
「ええ、素直で真面目なところ、人を蔑ろにできないところ。面倒見がいいってことね」
人を蔑ろにする者はヒーローにはなれないだろうし、面倒見がいいからこそのヒーローなのだろう。
それはヒーローを目指すものにとって当たり前といっても過言ではない素質。
それを緑谷に見出したからこそ、八木は力を彼に託したのだ。
なし崩し的に雄英高校ヒーロー科に入ってしまったけれど、その本質を目に入れると、自分があまりにもここに相応しくないものだというのを実感してしまう。
彼らは知らない。ユズリが何者なのかを。これまでどうやって生きて来たのかを。知られることは怖くない。幻滅されても仕方ない。
そう頭では思っているのに、いや、言い聞かせているのに、八木や相澤と過ごした1年以上の年月を思うと、知られるのは少しだけ億劫だ。
「蘇芳さんも、面倒見がいいよね」
「……そう感じるところあったかしら」
「あるよ。だってさっき助けてくれた。蘇芳さんもう敷地内に入って進んでたのに、僕を見つけてわざわざ来てくれたでしょ?僕は君に助けてもらったんだよ」
ありがとう。
先ほども聞いた言葉を、柔らかな笑顔と共に緑谷はくりかえした。
少し目を見開いて止まって、こくりと唾液を飲み込んだ。
そして、なるほど、と彼には聞こえないように息のような声でつぶやいた。
彼は光だ。
オールマイトが平和の象徴として君臨していた光を引き継ぐものだ。とても、眩い。
眩くて、眩しすぎて、いつかは、自分は消えてしまうかもしれない。
「あなたは、いいヒーローになるわね」
「え、そ、そうかな」
「ええ。だから、ひとつ頼み事をしていいかしら」
「うん、僕にできることなら」
そういって朗らかに笑う緑谷にすっと近付き、耳に口を寄せる。
そのいきなりの距離の縮め方に緑谷が声にならない声をあげるが、それは無視して口を開いた。
「もし私が、ヒトに害を成す何かになったら、その時は私を海の底に沈めてね」