04

吸血鬼だということを告げたユズリは、男に詰め寄られた。

「吸血鬼、という個性≠ナはないのか?」
「個性?なんの事か分からないけど、あの暴漢やそのへんを歩いてる人が人外みたいな見た目しているの、あれはあくまで人間でしょう。あれを個性≠ニいうのなら、ちがうわよ、根本が」
「本物の、吸血鬼?」
「なんなら腕でも切り落としてみる?」
「いい!いい!スプラッタすぎる!え、それで、ええと、君はどこから来たんだい?私自身、吸血鬼というのはお会いしたことがなくて」

男も混乱しているのだろう、必死に言葉をつむぎながら頭の中で整理しているようだ。

「どこから来たって、そもそもここかどこか分からないんだけど」
「ここは日本だよ、隣国と接していない島国だ」
「私の住むところにはニホンなんてところなかったわよ」
「外国ってこと?」
「ちがうわよ、私の住んでいたところに、世界に、ニホンなんて言う国がなかったの」

吸血鬼は長命なので暇をもてあます。そして命を狙われることが多い。それに伴って、殆ど一箇所に留まることはなくあちこちを渡り歩くのだけれども、殆ど行き尽くしたユズリですら日本などという国名、地名は聞いたことがない。
「君がいた国は?」と尋ねてきた男に、放浪していたからどこかに定住はしていないと答えると、男は少し考えるようにする。
ユズリも同じく、男から聞いた話を軽く頭で整理する。
ユズリはどうやら、まったく知らない場所、知らない世界に来たようだ。そんな非現実的なこと、と思うが、吸血鬼という人外が存在し、この世界では個性≠ニいうらしいものが存在するのだ。非現実的でもなんでもないのかもしれない。何より、一箇所に留まることのできなかったユズリにとっては、世界が変わろうが別に変わらない。
目の前の男はずっと考え込んでいる。果たしてこの男は今の話を聞いた上でどう判断するのだろうか。ここまで聞けば、大体の人間は恐れ慄くか、不老不死に期待して命を狙ってきたりするのだが、男は意を決したように顔をあげるとユズリに向かって口を開いた。

「少しだけ、会って欲しい方がいる」





***




ユズリを吸血鬼だと認知してから、「会って欲しい人がいる」などと口にする人間は初めてで面白くなってしまったユズリはくすくすと笑いながら、二つ返事で了承し男に着いていくことにした。目的地に向かう間、お互い名乗り合い、途中人気の少ない場所に男だけが入ってすぐ出てきたのだが、筋骨隆々ないかつい見た目から、ひょろひょろとした頬のこけた様子に変わって出てきたのにはユズリも正直驚いた。匂いは変わらないので同一人物だということは分かるのだが、どうやら男本人としては隠しているようだった。

「私には知られていいの?」
「君は私を知らないからね」

そう笑った男に首をひねったが、そうこうしているうちに大きな敷地に入りその中の建物へと入っていくと、見たことの無いものばかりでユズリは物珍しそうにキョロキョロするので精一杯だ。
そうしてたどり着いた高級そうなドアを開けた一室。その中のまた高級そうな椅子に、その生き物は座っていた。

「やあ、初めまして!オールマイトから先に電話で聞いていたけれど、君吸血鬼なんだって?」

とても明るい声でその生き物がユズリに話しかける。

「ええと、どなた?というか、え?」
「ははは!いい反応だね!」

白い毛に覆われた喋るそれは、どう足掻いても人間の見た目をしていない。漂う匂いも、人間のものではない。ネズミなのか犬なのか熊なのかはっきりしない見た目をして、くりくりとした目でユズリを見てはとてもフランクに喋り出す。喋る動物を見たことがない訳では無い。吸血鬼が眷属に動物をした場合それは使い魔となり人語を話すようになるが、吸血鬼がいないというこの世界で、まさか人語を話す動物と会うことになるとは思っていなかった。軽く聞くところによると、どうやら人間に色々と弄りまわされた結果、人語を喋り頭の回転の速さを手に入れたようだ。

「大変な境遇ね」
「いや、きっと君ほどではないよ」
「……」
「今の私でも苦労はあるけれども、その外見をして、吸血鬼ともなればその苦労は計り知れないよ」

吸血鬼というのは、昔からその見た目はとても美しいといわれている。それは、できるだけ難なく人間の血を手に入れるために、魅了し引き寄せるためだ。物語によく登場するのは男の吸血鬼だが、女の吸血鬼もまた、その美貌は人間離れしているという。
ユズリも例外なく、その見た目は美しい。
ほんの少しだけ吊り上がった目は、意思の強さが感じ取れて、また妖艶にも見える。
ほんのり桃色がかった、腰まで伸びたブロンドは触れば気持ちよさそうなほど艶やかだ。引き締まって、でも出るところは出ている身体もまた、その魅力のひとつだ。
その容姿で苦労もあり、吸血鬼だと知られるとそれはそれで苦労があったのは、事実だ。

「君は行くところがないって、オールマイトが言っていたけれど、本当かい?」
「……ええ、そうね。どこか違う世界から私は来たようだし。でも、戻ったところで行くところも、待っている人なんていないわ」

少しだけ、鼻で笑うような音を含ませながらユズリは言う。その様子を見ながら、根津はそのつぶらな目をまっすぐとユズリに向けて言葉を続ける。

「ひとつだけ聞きたい」
「何かしら」
「君は人間に危害を加える気はあるかい」
「っ、校長!」
「大事なことだ。失礼なのは承知な上で、答えてほしい」

根津の目が、ユズリから一切逸れない。
ユズリもまた、根津の目を見つめていた。
少ししか会話をしていないけれども、根津が切れ者だということは明らかだ。もしこれで、ユズリがその気を否定しなければどうなるのか、想像はつかなくても良くは転ばないことなんて予想がつく。
それでも、それを避けるためではない、思っているままを答えることが、ユズリに失礼を承知でと思いやりを添えてくれた根津に対する誠意だと思った。

「ないわ、そんな気は」
「……」
「私は、吸血鬼よ。そして私はそのことに誇りを持っている。醜く人間を襲ってまで食事したいなんて思わない。──同じように、人間も思ってくれればいいんだけど」

ぽつりと思わずこぼれ出た言葉に、根津はゆっくりと頷いて口元を緩めた。

「君をここで保護しよう」
「保護?」
「うん。君は人間に危害を加える気はない。でも、君の正体が政府やどこかの機関、そして何より《ヴィラン》に漏れでもしたら、恐らく、いや間違いなく彼らは君を狙ってくるだろう」
「そうかもしれないけれど、だからといって私をあなたが保護する理由にはならないでしょう」

根津の言うことはとても分かるが、普通はそれを理由にユズリを保護する、なんて思考にたどりつくことはない。実際に今まで言われたことのない言葉に、ユズリは少しだけ眉をひそめていた。そんな彼女を見ながら、根津は明るい声で何でもないようなことのようにそれに答える。

「オールマイトから君がこちらに来て行ったことは先に聞いている。君は人間を、ここに住まう者を守ってくれたんだ。それだけで充分だよ」

君は恐らく人間を襲わないだろうことは何となくわかっていたけど念のため聞いたのさ!とあっけらかんと続ける根津に、ユズリはしばらく目を丸々とさせたあとそれをゆるりと細めた。
その小さな笑みがとても整っていて、見ていたオールマイトと根津は逆に息をのむ。

「じゃあ、お世話になろうかしら」

これが、ユズリの雄英高校での物語の始まりである。