07

入学早々、ガイダンスや説明会やらをすっ飛ばして担任にグラウンドに出るように言われた1年A組の面々。言われた通り、体操服に着替えて首を傾げながらグラウンドに出ると、担任の相澤が先に到着していた。
ユズリも相澤と少し話したことで着替えが遅れてしまったが、咎められるような遅刻にはならない範囲だったので、まあ大丈夫だろう。
クラス全員が揃ったことを確認して、相澤がグラウンドに呼んだ意図を説明し始めた。

「個性把握テストォ!?」

入学式は、ガイダンスは、と騒ぐ女子は、ヒーローになるならそんな暇ないよと一刀両断されている。
中学までは個性の使用は禁止されていたが、ヒーロー科にもなれば逆に個性を伸ばすことの方が優先される。それぞれの個性がどんなものなのかを把握するための、そして、各々が自分の最大限を先に知っておくためのテストだという。

「爆豪、中学の時のソフトボール投げ、何mだった」
「67m」
「じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なければ何してもいい」

爆豪、と呼ばれた男子が答えて、ぽいと投げ寄越されたボールを握る。
ソフトボール投げ、というのはその名の通りボールを投げるのだが、個性を使って投げる、というのはそれはまあ個性によるだろう。
爆豪の「死ねえ!」と物騒な掛け声で投げやられたボールは爆風を帯びて、すごい勢いで遠くへ飛んで行った。少ししてピピッと相澤が持っていた端末が鳴り、そのボールが何m飛んだのかの数字が映る。それは明らかに、個性を使用しない、生身の人間としての数値を大きく上回る705.2mという数字だった。

「なんだこれ!すげー面白そう・・・・!」

これまで個性の使用を制限されていたからだろうが、嬉々とした誰かの声で聞こえたその言葉に相澤が瞳を鋭くした。

「面白そう、か。ヒーローになる為の3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

その言葉に、空気がキンと張り詰める。
不快に思うのは仕方ない。
ヒーローは確かに子供の憧れの職業ナンバーワンといわれるだけのことはある。自分の個性を使いこなして、敵や災害から一般人を助ける姿はとても格好いい。だがそれはつまり、危険が常に伴うということでもある。ある意味、仕事のオンオフはあってないようなものかもしれない。いつ事件事故が起こるか分からないというのもあるが、相手が悪であろうと人の人生を変えるということは逆恨みされる可能性も作るから。
気を許しても、油断は許されない。自分の命と人の命を守らなければならないというのは、学生が進路として選ぶにしては本来であればかなり重い選択だ。
だからこそ、プロヒーローでもある相澤は「面白そう」という言葉に反応した。そして、彼等を追い詰めるため、個性把握テスト総合計評価最下位は除籍にする、と言い放った。

種目は全8種。
第1種目は50m走。
緑谷が同じクラスになりたくないと思っていたメガネの少年・飯田天哉の個性把握脹脛部分にエンジンを持っており、早々に3秒04というタイムを叩き出していた。その他にも、自分の個性を上手いこと使いながら各々タイムを出していく。
最下位除籍を聞いてからの緑谷の顔色は蒼白で、それをみたユズリは少しだけ不思議そうにしていた。
──が、彼の50m走を見て理解した。







最初に彼に会った時、ああ、この子がオールマイトの力を引き継いだ子かとひと目でわかった。というよりはひと嗅ぎでわかった。
前に八木に、ふとした時調子の悪さを感じて、そして違和感を感じた。それでも何も言わない彼に、特に口を出すつもりも無かったのだが、ある日紙で指を切り小さな傷から血を出し絆創膏を探すのを見かねて、ペロリと傷を舐めてやったことがあった。深い傷は癒せないが、小さな傷くらいなら治せるからとただそれだけの意図だったが、血から得た情報に眉を寄せた。そのままギロリと八木を睨みつける。

「あなた、本当に、かなり身体が悪いのね」
「え?」
「そして大事なものを人に渡そうとしている」

八木が忙しそうにしているのは知っていた。
他の誰かの、彼ではない何者かの汗の匂いを微かに感じることもあった。きっと誰かを鍛えているとかそんなところだろうと思っていた、それはハズレではなかったけれど、それだけではなかったらしい。

「しょっちゅうどこかに行くのはそのためか」
「待って、そんなことまで分かるのかい」
「え?ああ、内緒よ。あんまり心地いいモノじゃないし」

そんなことより、身体大事にしなさいよ、人間はいつかは死ぬんだから。
そう少しだけ眉を寄せて言ったユズリに、八木は少し下を向いて笑うだけだった。








その八木の大事なものをもらったのが緑谷出久。その大事なものが個性なんだろうなということは何となく予想がついていた。ただあの八木の超パワーを引き継いだと言えど、それを使いこなせるわけではないらしい。隣を走る爆豪の手のひらの爆風に押され流され、特に個性を使うこともなくゴールしたタイムは7秒02。決して早い方ではないタイムだった。

「次、蘇芳」
「私ひとり?」
「うちのクラスは21人だからひとり余るんだ」
「ええ、悲しい」
「いいからさっさとスタート地点につけ」

そっけない。
まあ今は教師と生徒でしかなく、他のクラスメイトに関係について疑問を持たれるのも面倒なので合理的ではある。
ふう、とひとつ息を吐きながらスタート地点へ向かおうとすると、あの、と声が掛かり、そちらへ振り返ると、黒い綺麗な髪を高い位置で束ねた整った顔立ちの女子がいた。

「髪、もし邪魔になるようでしたらこれをお使いください」
「髪?」
「ええ、私もそうなのですが、髪が長いと走る時顔にかかって邪魔じゃありません?」
「まあ、確かに。じゃあ、ありがたく拝借するわね」

ありがとう助かるわ、そう言って彼女の手の上にあるヘアゴムを受け取り、ぱぱっと手早く髪をまとめる。黒髪の女子は少しだけ嬉しそうに笑って、頷いた。
スタート地点へ着くと、既に先に計測を終えた他の者達が興味津々にユズリへと視線を投げた。個性は一目で分かるものから分かりにくいもの、様々で、先程の飯田なんかはかなり分かりやすい。そして50m走が彼向きだということも一目瞭然だ。
一方、ユズリはと言うと傍からまったくわからない。爆豪ように自己主張が強いわけでもなく、青山のように個性をひけらかす様子もなく、ただそこにいて色んなことを面白そうに眺めているだけだ。少しだけニヒルさも含んだような笑みが乗った顔がとても整っていて、似合っていて、女子も男子もちらちらと見てしまっていた。そんな彼女がスタート地点につき、彼女の個性を拝むべく視線を向ける。

「スタート」

特段スタートの体勢にはならずただ立っていたユズリが相澤の声と同時に、軽やかに地面を蹴った。
いや、跳んだと言った方がいいかもしれない。前に蹴り出したと言うよりは、少し高さを帯びて、跳んだ。
ストンッ。
軽やかすぎて、羽根でも生えているのかと思う程で、息を飲んで見惚れた次の瞬間、またも軽やかにゴール地点へと着地していた。

「2秒06」
「は、」
「はっえー!!!!!」
「いやそれよりも何!?何が起こったの!?跳んだ!?これ立ち幅跳びだったっけ!?」
「お前らうるさいぞ」

相澤の一声に多少静まるも、生徒の面々は変わらず歓声と言っていいのかもわからない驚愕の声が上がっている。
ユズリはと言えば、その盛り上がり様に少々戸惑っていた。自分はまあ個性ではないけれど、それにしてもそこまで目立つ動きではない。爆豪の時も盛り上がってはいたけれど、それをまた超えたような声達に不思議に思いながら元いた場所へ戻ると、先程の黒髪の女子とまた別の黒髪女子がテンション高めに話しかけて来た。

「す、すごいですわね……!」
「え?ああ、うん、ありがとう」
「ねえねえ、個性って跳躍とかなの?一瞬すぎてびっくりしたんだけど」
「跳躍、ではないわねえ」
「そうなの?でもなんかすっごい軽やかだし綺麗だし見惚れちゃった」
「ええ、天使のようでしたわ」

耳からプラグを垂らした女の子が冷静ながらも少し興奮した様子で言った言葉に、重ねられた天使という言葉。
あまりにも自分とかけはなれたその言葉に、きょとりと目を丸めた後に思わず笑みを漏らした。

「私が天使だったら世界は困ってしまうわ」