海の向こうのがらんどう




遠征から戻ったスモーカーが医務室の世話になっているというので、見舞いに顔を出してみた。


「おやまぁ、…これはまた、随分と男前が増したな。」

その言葉にぎゅっと眉根を寄せたあと、呆れたように短く息をついた彼。
苛立たしげに、もうなんともないってのに、と舌を打つ彼に苦笑を零し、すぐにでもベッドから飛び出して行きそうなその勢いに、医者の言うことは絶対だぞと釘を刺しておく。
すると今度は葉巻を取り出して躊躇いなく火をつけた。咎める視線を送ったが、すぐに諦めた。まあこの男にとってはむしろ吸わない方が身体に悪いのかもしれないとさえ思う。
彼を跨いで向こう側の窓を開けてやってから、ベッドの端に腰掛けた。投げ出された無骨な手を見つめて、新しく出来た傷を数えてみる。

ふと顔を上げると、彼が窓の外を見ながら大きく煙を吐いたあと、どこか物言いたげに視線を布団に落としたので、なんだ、と問うた。
ちら、とこちらを窺うかのような目。しかしすぐに逸らされ、そして深呼吸するかのように深く息を吸ってから、暫しの沈黙の後に告げられた。

「あの男が…、捕まったそうだ。」

あぁなるほど、言うのを躊躇ったように見えたのは気のせいではなかったのか。

「………そうか、……まったく、馬鹿な男だなぁ。」

そう薄く笑うと、らしくもなく気遣わしげな目が向いた。それにまた、特に深い意味もなく微笑み返す。
徐に伸ばした指を、彼の手のひらに添えてみた。曲がった指を押し広げるように動かす。すると、するり、と摩るような動きで人差し指を絡め取られた。
ちらりと前を見遣ると、彼は伏せられた睫毛の下でまっすぐと、戯れる手を見ていた。

「………本当にな。」

口の端から煙を吐きながら、そう呟いた。

無意識に腹に触れようとした片手を止めて、下ろす。
絡めていた手を解く。代わりに目の前の男のこめかみに手を伸ばし、その真新しい傷をひと撫でした。

そのまま依然として生ぬるい視線を背中に感じながら、医務室を後にした。