雨の凪ぐ音



暗い海に投げ出された子どもを追って、波に飛び込む。
上から部下の呼ぶ声がしたが、それもどんどん遠ざかっていった。間もなく見つけられたその子の体を包み、水を蹴って上に上がる。

甲板に横たえたその子の唇に、ぬるい息を吹き込んだ。

子どもは苦しんではいけないんだ。
子どもは傷ついてはいけないんだ。

一度、二度、三度、四度目をやろうとした時。
止まっていた喉を競り上がり、その小さな口から僅かな水が吐き出された。
目が覚めてから、味わった恐怖からか胸にしがみついてきた子どもに、一瞬身体が強張る。

子どもは死なせてはいけないんだ。

毛布を持ってきた部下にその子を預け、早々に船の中へ引っ込んだ。




次に目覚めたときは、医務室のベッドの上だった。思っていたより身体が堪えていたらしい。
視界の端に苦い煙を認め、すぐそばにあった海軍コートに触れると、彼の指の背がこつんとぶつけられた。

「…こんなわたしでも……救えたんだなぁ……」

掠れた声に、乾いた喉が張り付く。
彼が手を伸ばし、目元を覆い隠すように、額に手を当ててきた。さら、と肌を撫で、親指が睫毛を掠めてこそばゆい。そして、のんびりとした口調で言った。

「お前が助けたガキがな、伝言をよこしたんだ。」

助けてくれて、ありがとう。

まろい頬が、優しかった。
怯えた瞳が、悲しかった。
冷たい身体が、愛おしかった。
一向にこちらに揺蕩い来ない白煙に、今だけは感謝した。
澄んだ目の奥に映っていた自分の顔が、脳裏に焼きついて離れない。死人のような顔をした自分に情けなさしか抱けない。



昔あの子を慈しんだ枯れた腹が、ひどく痛んだ気がした。