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『第八話』

馬肉を余す事なく食べ切った翌日、杉元とアシㇼパは鹿を借りに出かけ、白石とナマエは刺青人皮の情報を得るために街へと降りる事にした。
ナマエの来ていた元の服は第七師団の兵舎と共に燃えてしまったため奪った軍服となんとか持ち出した真剣しか持っておらず、外套に縫い付けられた同じ素材の頭巾を深く被り顔を隠す。

「思ってた程この格好は目立たないのね」
「そりゃお膝元だからな」

何気ない会話を交わしながら人々の間を縫って歩きながら白石とナマエは二手に分かれて情報を集める事にして二人は分かれ道でまた後でと声をかけて各々別の方向へ歩き出した。
別れる寸前白石の鼻の下はだらしなく伸びていたのでもしかしたら女郎屋へ向かったのかも知れないと眉を顰める。ああいった大人にはなるないと胸に誓ったナマエであった。

「失礼、少し聞きたいことがある。ご協力頂けないだろうか」

なるべく低めの声に、堅っくるしい話し方を意識して道行く人や店を営む店主に聞き込みをしていく。

「変わった刺青を彫った男を見なかっただろうか?どんな些細なことでも良い。
実は罪を犯した人間なのだ。不甲斐ないことだが未だに捕らえられていない。近隣住民の安全のため情報提供にご協力お願いしたい」
「律儀な軍人さんだねぇ。
でも、申し訳ないがウチにはそんな輩来ていないよ。変わったもんもんってもねぇ...」
「そうですか、すみません。時間を取らせました。
...ご協力感謝します」

詮索をされないようにナマエはそそくさとその場を離れようとすると、ちょっとまちなよ軍人さんと呼び止められる。

「...なにか?」
「いやね?あっしも知り合いの毛皮商のオヤジから又聞きした話だが、実は以前捕まった二瓶鉄造って凄腕の猟師がひょっこり顔を出したってんで...」
「二瓶鉄造?」
「ええ、なんでも数年前に三人も殺してるとんでもねぇ奴で二人は撲殺、三人目は首の骨をねじ折られたとか...」

変なもんもんは関係ないんだが不安でねぇ、と漏らした店主にナマエは安心させるように笑みを浮かべると巡回の強化を提案しますのでご安心くださいと伝えて足早に店を去った。
刺青人皮に関係ある情報かナマエには確かめる術もないがとりあえずこの二瓶鉄造と言う人物に付いて掘り下げていこうと毛皮商を探すべく明日を動かしたのだった。

「それにしても、女の子みたいな軍人さんだったねぇ」

店主の呟きは誰にも聞かれることなく室内に溶けていった。さて仕事の続きをと腰を上げたところで再び店の引き戸がガラガラと音を鳴らす。

「今日はなんだか尋ね人が多い日だね」
「失礼。聞きたいことがあるのだが」
「おやまあ軍人さん!さっきも女の子みたいな感じの良い軍人さんがいらっしゃいましたよ」
「女の子?なんのことだ?」
「いえね、変な刺青を彫った男を見なかったかと聞かれたんですよ」
「その軍人は何処へ行くと?」
「さぁ...でも店を出て右の方に行かれたので」
「すまない。感謝する」



不死身の杉元に逃げられ兵舎を燃やされた日、焼け跡をどれだけ探そうと見つからない焼死体があった。
杉元と共に捕らえられた少女の遺体だ。
鶴見中尉曰く協力者の手を借りて逃走し、死んでいないはずだと言われていた少女。あの場から怪しまれることなく脱走するために軍の服を奪って着ていたと思えば辻褄が合う。

「やはりあの少女も刺青人皮を...」

軍人、月島は街ゆく人々に女みたいな線の細い軍人を見かけなかったかと聞けば見たという人間が多い事。
詰めが甘いと思いながら、例の少女に尋ねられたと言った人物が教えてくれた毛皮商の所へ向かう。捕らえて杉元の潜伏場所や協力者を聞き出さねばと月島は歩を速めた。



視線を感じる。
そうナマエが感じたのはようやく辿りついた毛皮商と話をしている時だった。殺気でもない、ただ此方の動きを見ているような視線。
勘付かれないように辺りを眼球の動きだけで探るナマエに毛皮商にどうしたのかと問われると、ナマエは少し腹を下したと言って地面を力一杯踏みしめて駆け出した。

「追手!?早くない!?」

上手く人並みを縫いながら走るナマエを人々が何事だと見送るが誰も進行を邪魔しようとはしない。
ナマエがちらりと後ろを振り向けば見慣れた軍服を纏った鼻の低い特徴的な顔の軍人が追いかけてくるのが見えた。その人物が己を尋問していた人物だと理解したナマエはこのままでは追いつかれると思い家屋が密集して出来た隙間へと体を滑り込ませる。細身のナマエだから出来る咄嗟の行動だ。
往来で発砲出来なかった男は隙間に入る事なく銃身を突っ込んでナマエに照準を合わせる。殺しはしないと考えているのか狙いは頭や心臓などの急所ではなく今もなお忙しなく動かされている脚だ。
引き金を引こうとした瞬間ナマエが男を振り返る。その手から放たれた物を男は咄嗟に撃ち抜いていた。

「靴?」

地面に落ちたのは何処かの住民のものであろう片っ方の靴だった。
男は銃身を下げてナマエの逃げていった隙間を見つめる。光が入ってくるその先には沢山の人が歩いており、ナマエの姿は何処にもない。男は逃したかと呟くと銃を肩にかけて駆け足でその場から離れた。

「はぁっはぁっ!撒いた!?...はぁ〜捕まるかと思った。白石さんには悪いけど先にクチャに戻ろう...」

膝に手をついて呼吸を整えたナマエは頭の中で変な顔で笑いかける白石に届かぬ謝罪を口にすると駆け出したい気持ちを抑えて人並みに溶け込むように今朝杉元達と別れた小屋へと向かう。
山に入ってから体が重く感じていたが、走り回った疲れだろうとナマエは休憩することなく背後に気を配りながら足を動かし続ける。ついて来ている人間も動物もいない。完全に一人で辿り着いたナマエはクチャの中に入ってなけなしのサバイバル知識でなんとか火をつけるとその場で横になって目を瞑る。

「体が重い。グルグルする...」

ナマエは縮こまって熱を逃さないように両腕で自身を抱きしめる。

「お母さん、お父さん...おにいちゃん」

眠ればきっと良くなる。
ナマエはそう信じてじわじわと登って来た睡魔に身を任せた。
 
「...ちゃん。ナマエちゃん!」
「!!...あ、白石、さん」

入り口から日差しが入って来ていた事からナマエは眠ってからそんなに時間は経ってないと思っていたが白石の焚き火も付けずに寝てたから驚いたという言葉にナマエの方が驚いていた。空を見れば太陽はすでに昇りきっており、ナマエは無防備のまま一日中眠りこけていた事になる。良く野生動物に襲われなかった物だと己の幸運に感謝する。

「ナマエちゃんは昨日からここに居たのかい?俺心配したんだから!」
「心配...っていう割にはその抱えているお酒は?」
「こっこれは、アレだよ!杉元に差し入れを...だからそんな目で見ないでぇ?おねがーい?」
「私は軍人に追われて大変だったんですよ?ふーん白石さんはおねーさんとパフパフしてお酒買ってたんですかへぇー」
「聞いてナマエちゃん!俺ちゃんと情報収集してたからぁ!!」

あと女の子がパフパフとか言わないの!と白石とナマエが下らない言い争いをしていれば外からザクザクと雪を踏み締める音が二人分聞こえて来たのでニュッとクチャの入り口から白石とナマエが顔を覗かせれば、なんだただの白石とナマエかと杉元が言った。
 
「おやおや?ソイツは鹿の皮か?
獲れたのかい?丁度良い時に来たようだな」

そう言うと白石は乗っかっているナマエの下から這い出て懐に抱えていた酒を見せるように持ち上げる。

「手土産に酒を持って来たんだ!
新鮮な鹿肉にうまい酒!今夜は宴だな!!」
「本当にいい時に来たな白石、ナマエ」
「「?」」

白石とナマエからは死角になっていて枝のようなものしか見えないが、にこやかに二人を歓迎する杉元の背には鹿の頭がくくり付けられていた。
 
「うまいか?杉元」
「ヒンナ」
「うまいか?ナマエ」
「ヒンナ」
「うまいか?白石」
「肉は?」

杉元とナマエが真顔でもくもくと脳みそを咀嚼している側で白石は死んだような目で文句を漏らしていた。そんな白石をアシㇼパは無視して次に鹿の肺を三人の前に差し出す。

「鹿の肺だ。これも生で食べる」
「......」

困惑を通り越して絶望的な眼差しを肺に送る白石に構う事なく杉元は鹿の肺にかぶりついたが、弾力がありなかなか食いちぎれないのか変な顔になっている。ナマエはアシㇼパの隣でチタタプの準備をしながらアシㇼパが続いて取り出した鹿の気管をじっと見つめていた。

「チタタプ、チタタプ」
「ねぇそれ重くないのぉ?ナマエ、刀重くなぁい?銃剣かそうか?」

 杉元に絡まれながらもナマエは真剣でセウリ(気管)を一心不乱にチタタプする。

「うるはい!!剣士たる者、刀を手放さないのは常識らろ!!」

ナマエは好奇心に負けてアシㇼパと一緒に酒を飲んでしまい、たった一口とは言え酔ってしまったらしくフラフラと刀を持つ手はおぼつかない。

「あーチタタプ、ちたたぷ」
「ナマエちゃんそれ地面だから、チタタプ出来てないから」

酔っ払いに刃物を持たせておく事は何よりも恐ろしかったため杉元と白石はうつらうつら船を漕ぎ出したナマエのてから刀を奪い取り地面に転がした。
うーんうーんと唸りながら口元に差し出されたチタタプを食べたのち眠りに落ちてしまったナマエを気にする事なく宴は続いた。



「こりゃひどい熱だな」

ぼんやりとした声と冷たい手が額に触れるのと同時にナマエは目を覚ました。

「お...は、」

自分の喉から老婆よりも酷く掠れた声が出た事に驚いたナマエだったが体を起こす元気も気力もなくなされるまま地面に横たわっている。瞬きを何回もしているはずなのにぼやけた視界は一行に晴れない。
杉元はリンゴのようにまっかになった頬と息苦しそうな姿を見て自身の妹を重ねて、ぎゅぅと力強くナマエに手を握りしめる。

「すまないナマエ。私はレタラを守りたい。
...すぐに戻るからこの毛皮を被っててくれ...行くぞ杉元!」
「...ナマエ」
「そんなにナマエちゃんが心配なら俺が見ててあげようか?」
「バカ言え、二瓶鉄造を確認できるのはお前だけだろ」
「えー!せっかく行かずに済むと思ったのにぃ!!」
「わたしは、いいから。レタラの所へ」
「ああ。ありがとうナマエ。
 行こう。囚人を捕まえてレタラを守る!!!」



アシㇼパ達が出かけてからどれだけ経ったか、ナマエは見覚えのない天井を見つめて何処だここと呟いた。

「アイヌのチセだ。ずっと目を覚まさないから心配していたぞ」
「え...」

ナマエはどうやらアシㇼパのコタンの中にある家で看病されていたらしい。アイヌの男はアシㇼパと杉元達はクジラを狩に海へ向かったと言った。

「お前に伝言を預かっている。
置いて行ってすまない。コタンで栄養ある物を食べて早く元気になるんだぞ。とアシㇼパが言っていた」

さあ、立てるか?男はナマエに肩を貸して立たせると出口に向かって歩く。

「外の空気を吸った方がいい」
「あ、剣」
「これか?杖代わりになるだろう」
「剣は杖じゃない...助かります」

男のチセから出たナマエは眩しい日光に目を細めたのち、目玉が転げ落ちそうになる程瞠目した。
嫌な汗が身体中から吹き出すのを感じる。

「あっ」
「お前は杉元といた女!!」

アシㇼパのフチのチセから出てきた二人組。片方は前髪を後ろに撫でつけた男で此方にはナマエに見覚えはなかった。
しかし、もう片方の坊主頭で特徴的な鼻を持つ男は第七師団に拘束された際にナマエを痛ぶり、髪を切り取った双子の片割れだった。





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