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『第七話』

ナマエがアシㇼパと杉元達に合流した後、杉元が逃げるのに利用した馬の今後を決めかねて居た。

「軍が使って居た馬だから足が付くかもしれん。でも置いてくには惜しいし」

そう言った杉元に馬はブルルと鳴いてすり寄った。なぜかはわからないが懐かれたようだ。

「ホラ、もうこんなに俺に懐いてる」

まるで離したくないと言うかのように主張する杉元を白石は一蹴した。
曰く、連れて行くには目立つし、何より今後どんな落とし穴があるか分からないから証拠は消した方が良いのだと言う。それに便乗してアシㇼパも杉元探しに協力してくれたレタラにご褒美をあげたいと主張した。

「......」
「可哀想だけれど、しょうがないよ」

最後の砦であるナマエも馬の境遇に同情はするが、自分たちの今後を考えれば妥当な判断だと処分に賛成する。

「決まりだな」

白石は拳銃を取り出して馬の頭を撃ち抜くと、馬は力なく地面に倒れた。
アシリパが馬を解体している側で白石はダラシなく涎を垂らしながら馬肉といえば桜鍋だよなと呟く。

「桜鍋!!高級感あふれる贅沢なお鍋!!」
「さくらなべ??なんだそれは」

桜鍋と聞いて興奮するナマエと聞き慣れない言葉に首をかしげるアシㇼパに杉元は簡単にスキヤキのようなものだと伝える。
スキヤキすら知らないアシㇼパであるがその顔は期待と好奇心に満ち溢れている。

「その、スキヤキというのはうまいのか?」
「おいしい!とってもヒンナな食べ物だよ!!」
「そ、そうか、じゅる。とってもヒンナか、じゅる」

アシㇼパはまだ見ぬスキヤキに想いを馳せながら馬を捌いていく。白石は思い立ったようにナマエの手を掴むと一目散に走り出した。

「近くに農家があったしなんか分けてもらえないか当たってみるぜ!!」
「こんな夜遅くに分けてくれるかな」
「当たって砕けろだよナマエちゃん!行くぜ!!」
「ちょ、ま、」

走り去るナマエの手を掴もうと手を伸ばした杉元だが、その手は彼女の手を取ることはなく空気だけを掴んだ。

「あ、」

からぶった手を見つめる杉元にアシㇼパはため息をつく。

「杉元。過ぎてしまったことはどうしようもない。ナマエは気にしていないと言っていた」

そう言って口を噤んだアシㇼパだが、躊躇ったのち意を決したように続ける。

「杉元、お前は...ナマエに何を重ねているんだ」

杉元はアシㇼパの言葉に唇を噛んだ。そう、彼はナマエに妹を重ねている。だからとてつもない罪悪感と自分に対する不甲斐なさを感じていたのだ。
守ると誓った。傷つけないと己に言い聞かせた。でも実際は守る事も出来なかったし、あの綺麗な艶のある髪を乱雑に切られてしまった。

「アシㇼパさん。俺には妹が居たんだ。ヤンチャでじゃじゃ馬で、男に混じって遊ぶような女の子らしくない妹がさ」

杉元の話にアシㇼパはじっと耳を傾けている。

「妹は、あの子は体が弱くてよく病にかかっていたよ。その度ににいちゃんつらい、にいちゃん苦しいって言うんだ」
「...お前は、その妹の病を治すために金塊を探しているのか。それとナマエがどう関係しているんだ」

疑問を投げかけたアシㇼパに杉元はいいやと力なく首を振った。それは全部過去のことだと。

「いっただろ?居たんだって。
 妹は結核にかかって死んじまった。ナマエは、あの子は死んだ妹にそっくりなんだ。名前も顔も同じで、きっと生きてたら同じ位の年頃の娘になっていたはずなんだ」

あの子は俺が妹と重ねているのに気が付いているみたいだけど、と複雑な表情を浮かべて言った杉元をアシㇼパは只々見上げることしか出来なかった。

「助けて、やりたかったんだ」

それはどちらのナマエに宛てた言葉なのか杉元自身ですら判別できなかったのである。



牛蒡や卵に様々な食材や調味料を農家から貰ってきたナマエと白石はアシㇼパと杉元の間に流れる微妙な空気を感じ取って首を傾げる。
しかし、それもちょっとの間だけで白石は直ぐにも桜鍋の準備に取り掛かった。ナマエは何があったのか気になって仕方がなかったが、白石にナマエちゃんも手伝ってよと言われて仕舞えば無視するわけにもいかず、白石に倣って支度を始めた。

「やっぱ味噌だな、味噌ダレの効いた鍋がうまいんだよなぁ」
「あっ、味噌は、」
「ふんふふ〜ん!
 ん?ナマエちゃんどったの??」

白石が鍋に味噌を入れる瞬間を物凄い形相で凝視していたナマエに白石は頭上に疑問符を散らしたかのように目を白黒させている。

「あ、もしかして味噌嫌い??」
「いや、自分が嫌いなわけじゃぁないんだけど、」
「ん?」
「いやぁ、むしろ好きなんだけどぉ、でもぉ、うぅん。
 ...まぁ、いいかぁ」
「なんだよぉ、はっきりいってよぉ」

煮え切らない様子のナマエに白石がすり寄った。

「近い。離れて?なんか臭い」
「え!?臭い!?具体的にどう??」
「...なんか、おっさんみたいな、」
「おっ...さ、ん」

衝撃を受けたように固まった白石の手から牛蒡が転げ落ちた。ナマエはなんでも無いようにそれを拾い上げて皮をこそげ落として雪で洗う。アクは取れないが牛蒡のそれは天然毒などの有害なものではないので問題ないだろう。なにせ味噌ダレなのだ色も目立たない筈。

「白石さん何を固まってるの?早く作ってしまわないと、」
「ナマエちゃん!!俺、おれ!まだおっさんじゃないもん!!臭くないもん!!」
「はい?」

白石は傷ついたような顔でナマエに詰め寄って肩を掴むと揺さぶった。

「話がっ、見えないっ、」
「ひどい!!俺とナマエちゃんは親友なのに!!おっさん臭いなんてっ!!ひどい!!」
「え、いつ、親友になったんです??」
「白石とナマエゎ、ズッ友だょ」

アヒル口で上目遣いにそう言った白石の鼻の穴にナマエは躊躇いなく牛蒡を突っ込んだ。



鍋が出来上がったはいいもののアシㇼパと杉元の間に流れる空気は相変わらず重かった。白石とナマエのいない間に行われた二人の会話は相互理解を得られなかったのだろう。
白石はやれやれと言わんばかりに文句を垂れる。

「なんだよせっかくこれから食べようって時によ、痴話喧嘩か??うまい鍋食って仲直りしようぜ!!」
「そうだよ佐一さん、アシㇼパ。
 せっかくのご馳走なんだから!!」

ナマエが早く食べたいのか両手を合わせた状態で言うと、二人はお互いに目配せをして鍋に箸を差し込むとほんのりと桜色でもうもうと湯気をあげる馬肉と野菜を溶き卵に絡ませる。
ハフハフと息を吹きかけて一気に口に中に馬肉を放り込んだナマエはぱっちりとした両眼をこれでもかと見開き、あまりの美味さに瞳を輝かせた。

「おいしぃ〜〜!!あ〜!おいしぃよぉ〜!!」

金色の衣を纏った馬肉はキラキラとろとろしており、それを杉元やナマエに倣うようにアシㇼパは一思いに頬張ろうとした瞬間白石の何気なく、しかし強調するように放った味噌と言う言葉にピタリと動きを止めたのを見て杉元とナマエがしまったと言うように体を強張らせて白石を横目に伺う。

「杉元ぉ?ナマエ?
 今の本当か?これオソマが入っているのか?」
「なに?オソマ?」

おどろおどろしい声で尋ねたアシㇼパに白石は肉を頬張ったまま聞き返す訳でもなく、ただ鸚鵡返しに声をだす。
なんとも言えぬ表情で黙り込み、とき卵に沈む肉を睨むアシㇼパを見て味噌が嫌いなのかと問う白石だが杉元とナマエが言いづらそうに味噌をうんこだと思っていると告げれば彼は意外な部分で分かち合えなかったりするんだなと笑った。

「すまんすまん、アシㇼパさん。
 肉はまだ沢山ある。味噌なしで作り直そう」

そう言って箸を置いた杉元がアシㇼパを伺いみると、アシㇼパはえずくような仕草で馬肉を口に運ぼうとする。

「は.....はぁ......はっぷ...」
「アシ...ㇼパさん...」
「はっぷ、はっぷ、はっぷ」

アシㇼパに釣られるように杉元とナマエは眉根を寄せて口を開き、味噌ダレで煮た馬肉を口に運ぼうとする彼女を見つめる。その隣で白石はちゃっかり鍋を食べ進めながらその光景を見守っていた。

「はっぷ」

遂に意を決したのか、一思いに肉を頬張ったアシㇼパに愕然とした表情を浮かべる杉元とナマエ。あれだけうんこだと忌み嫌っていたのに、他所の文化に歩み寄らんとするその勇姿を二人は恐らくではあるが生涯忘れることはないだろう。

「......」
「......」
「......」
「......」

無言の空間でアシㇼパは肉を咀嚼する。その表情は喜怒哀楽を読み取れるものではなく、二人はただ彼女を見つめる事しか出来ない。
やがてゴクリと飲み込んだアシㇼパは、はぁと息をつくとキラキラとした眼差しでこう言った。

「オソマおいしい」
「うんこじゃねっつーの...」

杉元の目尻からホロリと流れた涙は味噌を未だにうんこだと思われている悲しみか、アシㇼパ味噌を食べれるようになった喜びか図りかねるが何はともあれ食卓に笑顔が戻ったのは良い事である。

「なんだかわかんねーけど気に入ったみてぇだな」
「ヒンナだね」
「ヒンナだぜ」
「ヒンナヒンナ」

夜の帳が降りた雪原にアハハウフフと楽しそうな笑い声が響く。

「オソマおかわり!」

アシㇼパはご機嫌に桜鍋をたらふく食べたのだった。




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