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『第六話』
 
燃え盛る兵舎を見上げてナマエは安堵のため息をついた。これで自分が死んだと思ってくれる様な甘い連中ではないと思っているが、それでも時間稼ぎにはなるだろう。

「鶴見中尉、申し訳ありません!!火が回るのが早く、刺青人皮を持ち出せませんでした!!」
「それなら問題ない。ここにある」

白石はその中に混ざりながらも一番危険な鶴見中尉の近くにいた。そして納得する。道理で探して見つからないわけだと。
鶴見中尉は軍服の下に刺青人皮を着込んでいたのだ。

「(悪趣味な服だぜ変態中尉め)」

おかげで暑いと汗をハンカチで拭う鶴見を白石は横目に睨みつけた。
刺青人皮を持ち出せなかったと報告した軍人は続けざまにそれから、と少し躊躇った様子で口を開く。

「杉元と共にいた捕虜も火の中に、」
「・・・ふむ、案外この場に」

ギョロリと黒々とした鶴見の瞳が周囲を見渡す。そして一角を見つめてニヤリと笑った。

「居るやもしれんな」

鶴見の鋭い推測に白石の背に冷や汗が伝う。白石は今もなお燃え盛る兵舎を見上げるナマエを心の中で罵った。

「そこの君。兵舎を見上げている、そう君だ」

鶴見は呆然と燃え上がる兵舎を見上げる軍人に声をかけた。その人物は他の者に比べて比較的細い体つきをしており、捕虜であった少女に似ていた。
声を掛けられて挙動不審にあたふたする様子を見て白石はもうおしまいだと頭を抱えたくなった。

「こちらに来て、顔をみせたまえ」
「・・・・」
「どうした?いいからおいで」

戸惑いを隠せない様子のその人物に鶴見は唇をべろりと舐めて濡らす。

「なにかやましいことがあるのか?」
「貴様、顔をみせろ!!」

すかさず側に控えていた軍人がその人物のフードと軍帽を取り払う。

「(ああああああ!!もうおしまいだーーー!!)」

白石が目を剥いてその瞬間を見つめるが、現れた顔はパッとしない普通の男のものだった。

「ももも、申し訳ありません!!!自分が疑われてると思ったら動けなくなり!!申し訳ありません!!」
「・・・勘違いだったかな?いやはや年はとりたくないものだ」
「軍人ならシャキッとせんか!!」
「ひんっ!!ずみまぜん!!」

引っ叩かれた男はベソをかいて内股に座り込む。白石はナマエが見つからなかったことに安堵しながら気が付かれないようその場から離れて、火の手が見えなくなった所で背後から声をかけられた。それは先程まで案じていた少女のものだ。

「白石さん!」
「ナマエちゃん!もう、何処にいたの!?俺、変態中尉に見つかったと思ってヒヤヒヤしたんだから!!寿命が縮んだんだから!!」

白石に駆け寄ったナマエは一瞬キョトンとしていたが、合点がいったかのようにニカリと笑みを浮かべた。

「言ったでしょ。長居すればバレるって。だからすぐにその場から離れてた。自分は軍人ではないから立ち振る舞いですぐ分かるだろうし」
「それはそうだけど、一言くらい・・・かけられないか」
「いいじゃんもう。収穫はあったんでしょう?佐一さんと合流しよう!」

軍服を纏い中性的な見た目に見えるナマエを見据えて白石はどこか言いづらそうに口をもごもごさせる。

「どうしたの白石さん。追っ手がくるかも知れない早く」
「いや、アシリパちゃん?だっけ?物凄く怒っていたから、大丈夫かなぁって」
「アシリパがきてるの!?・・・そっか、そりゃ怒るよね。・・・うん、腹をくくるよ」



「このバカチン!!おたんこなす!!杉元もナマエも勝手なんだ!!私達はなかまだろう!!?」

ストゥという制裁棒でポカポカと殴られる(乱用は決して許されない)ナマエはやんわりと棒を掴んで下ろさせるとごめんねと謝った。

「ごめんねアシリパ。でもアシリパ、みんな君に何かあったら悲しむよ。だから、」
「だったら、ナマエはどうなんだ」
「え?」

俯いていたアシリパが睨みあげるようにナマエを見つめる。その瞳には微かな水の幕が張っていて、今にも泣きそうになっているのをこらえているような顔だった。

「お前は、あの綺麗な髪を切られて、乱暴されて、何も感じないのか!?お前に何かあったら悲しむ人間はいないのか!?」
「アシリパ、」
「少なくとも私は悲しい!!杉元だってあそこで落ち込んでいる!!白石は知らないけど、お前は一人じゃない!勝手に自分をおざなりにするな!!」
「っ、」

アシリパの心からの叫びにナマエは酷く心を打たれた。実質、ナマエは自身の身などどうなっても良いと考えていたのだ。見知らぬ土地、見知らぬ人、過去の時代。この非科学的現象を説明出来るような頭を持ち合わせていないナマエは有り体に言って諦めていたのだ。それどころか心の底で死んでもいいと思っていた。孤独に耐えきれないと、楽になってしまえと逃げていたのだ。
しかし、ナマエはもう一人ではない。アシリパや杉元、白石だっている。この孤独という荷物を、重石を誰かに預けて良いのなら、打ち明けて良いのなら、どれだけ救われる事だろう。アシリパはそれを許すと言っているのだ。

「ありがとう、アシリパ。ありがとう」

自分より頭一個分低い体をナマエは力一杯抱きしめた。




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