錆兎という男は酒に酔うと面倒な性であった



少々、錆兎という男は酒に酔うと面倒な性であった。


「俺は!あいつに言われた言葉が一等腹が立った!十年たったいまだに腹が立ってしようがない!」


ガンッ、と音を立てて杯が打ち付けられた。
妹弟子の真菰と顔を見合わせる。


「おい、話を聞いてるか義勇!真菰!」

「…ああ」

「…うん、聞いてるよ」


錆兎という男は、実に男気にあふれ、少し頭は堅いがさっぱりとした物言いをする。しかし、酒に酔うといつも同じことで怒り、そしてそれを話したがる悪癖があった。


酔った時にだけ聞く、「弥生子」という名前。


曰く、同じ村で過ごした妹分で、村で孤立していた弥生子の面倒を一等見てやっていたのは自分であり、そして鬼に襲われたその日に言われた言葉に心底腹が立つのだという。


「俺に一等懐いていたはずだろう!いや、懐くような相手は俺しかいなかったはずだ!そもそも、器用なくせにいつもぼんやりして心配させやがって!挙句にあんな寂しそうな顔をしながら俺を突き放す奴がいるか!だいたい!なんで器用なくせに蝶々結びができないんだ!」


だいぶ酒が回っている。
錆兎は酒に弱くもないが強くもない。だが、一度酔うと件の「弥生子」の話しかしない。

最終選別のとき、怪我を負った俺を少年に預けたあと、鱗滝さんの育てた子供たちを尽く殺していた鬼に出会ったのだという。
冷静さを欠き、鬼の頸の硬さで刀が折れた時、走馬灯のようにいまだに怒りのおさまらない「弥生子」からの言葉を思い出したらしい。


「絶対にあいつの元に戻ってやると決めていた!ならば、あの鬼ごときに俺の命をくれてやる言われはない」


仇をうてなかったのは心残りだが、俺の代わりに炭治郎が頸をとったから問題ない。そう言って錆兎はそっぽを向いていた。

密かに、俺はその「弥生子」とやらに感謝の念を抱いている。

この世に錆兎をつなぎとめてくれたのは、どんな言葉であれ、錆兎の妹分の言葉であったから。
もしあの時錆兎が死んでいたなら、俺は後悔の念に押しつぶされていたに違いない。
真菰も、錆兎が生きていたのは弥生子ちゃんのおかげだね、と酔った錆兎に必ず声をかける。
だから、錆兎の妹分探しに、少しでも協力してやりたいとそう思っている。







「む、冨岡ではないか」

「煉獄か…」


「そういえば、先日面白い呼吸を使う隊士と任務に行ってな!鏡の呼吸というそうだ!」

「鏡の呼吸…」

「ああ!俺の炎の呼吸とそっくりの型を使ってな、実に驚いた!」


「鏡弥生子という名前の少女だ!」


聞き覚えのある名前だったが、弥生子という名前は別に珍しくもないし、錆兎から聞いた「弥生子」には苗字がないはずだからたまたま偶然だろうと、特に錆兎に話すことはなかった。






錆兎さんが生き残っているので真菰さんも怪我は負ったものの生き残りました。


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