錆兎は少女と朝寝がしたい

本編後の話。
雰囲気R15くらいなので15歳未満の方はご遠慮ください。






怒りに感情が振り回される。
いや、怒りと言うよりも苛立ちに近くて、無力感への後悔に近い。

「い、たい、痛いよ錆兎くん…」

ぎりぎりと弥生子の細い手首を握りしめた。
細い、細い細い。
女だ、確かに弥生子は女だ。でもまだ十五だ。まだ、子供なんだ。

苛立ちにたまらなくなって、片手で彼女の顎をがっちりと掴んだ。

「さ、錆兎くん…?」

弥生子の目は困惑していた。
それもそうだ、夜中にいきなり男が部屋にやってきて、挙句の果てに自分に覆いかぶさってきた。
叫んで助けを呼んだっていいのに、弥生子はそうしない。
この女は、どうしようもない馬鹿だ。

「なあ、どうだった?」

「…え?」

「その幼い身体に男を受け入れた時、どうだった?どう思った?何をされた?」

「ま、待って?錆兎くんは何の話を、」

理性を働かせて止まるべきだ。
でもこの感情のままに流されたいとも思う。

最早言葉もままならなくて、弥生子の唇にがぶりと噛み付いた。
がちんと前歯同士がぶつかって血の味がするが止まらない。
彼女の怯んだ唇に引き寄せられるように、べろべろと口の中を舐めまわした。

呼気のこぼれる音が部屋に溢れる。


こんなに情けないほどに感情に振り回された発端は、弥生子と炭治郎の会話を聞いてからだった。











「女装して花街に潜入かあ、それは大変だったね」


それは稽古の合間、同期である弥生子と炭治郎の水を飲みながらの会話だった。

「もともと宇髄さんが蝶屋敷の女の子たちを連れていこうとしてたから…」

「そう…。私がもう少し早く起きてればよかったんだけど」

今となっては現役を退いてしまった音柱の宇髄天元が"上弦の陸"の頚を斬った時のことだろう。
その任務に連れて行かれた炭治郎たちも酷い怪我を負い、炭治郎に至ってはふた月目を覚まさなかった。
一方の弥生子は炭治郎たちが目覚めてもなお眠りこけていたので、この代の隊士は無茶をするものだと、密かに息を吐いた。

「確かに弥生子は女性だけど…危ないぞ」

「もちろんそれもあるけれど、花街にいたことがあるから、多少は慣れているし」

その弥生子の言葉が聞こえた瞬間、全ての思考が停止した。

花街にいた?弥生子が?

手に握った木刀を取り落としそうになるほど、手が震えた。


「え?花街に?」

「期間はそう長くなかったし、ずっと新造をやってたけど、師範に買われて花街を出たんだ」

今となっては俺自身の階級も甲となり、付き合いで渋々花街へ着いていくこともなくなったためもう何年も遊郭へは行っていない。
男の欲に塗れた夜の街は、とても自分の肌に合うものではなくて、それどころか花街へ行く男をどこか軽蔑していたし、そこで生きる女たちを憐れんでいた。

しかし、いざ身近な人間が花街で生きていたことを知ったら、自分自身どうすればいいか分からなくなってしまった。

しかも、弥生子はなんと言った?
「師範に買われて花街を出た」?

師範ということは、弥生子に"鏡の呼吸"を教えた人物であり、きっと水の呼吸にも縁のある人物だ。
それが、「花街で弥生子を買った」。
そんな男と弥生子は数年間を過ごしたというのか。

いや、そもそも花街で買われた、ということは、既に水揚げも済ませているということになる。
…男と、床を共にしたということか。

弥生子はまだ十五だ。
修行の期間を差し引いて、彼女が客をとったのは…。

そこまで考えて、頭に血が上った。
指先が冷たい。

考えてもしようがない。それは分かっているが、もし俺の家が鬼に襲われていなければ、あいつが花街に行く必要はなかったのではないか?
あいつがほかの男に身を許すようなことはなかったのではないか?

俺は、弥生子と別れてからの彼女の人生を、あまりにも知らなすぎる。











小さい舌の根に吸い付く。
じゅくじゅくという水音がやけに耳についた。
流石に血の味の薄れた口内で、もごもごと弥生子が何か訴えようとしているが、それを聞く勇気がなかった。

馬鹿の一つ覚えのように、ただ彼女の口にむしゃぶりついた。

それでも、必死になって彼女の口を吸って、ふいに目に付いた、生理的な涙に溺れた弥生子の目玉に、頭が冷えた。

表に出た迷いは弥生子にはバレバレで、口を離したその一瞬で、俺の頭を彼女の胸元に抱え込まれた。
とくとくと聞こえてくる鼓動の音は、きっと俺のそれよりも弱い。

「…どうしたの、錆兎くん」

弥生子の顔は見えない。でもその声音が、心から俺を心配する音で、酷く恥ずかしい気分になった。

「お前が、花街にいたって…」

「うん」

「師範に買われたと聞いて、お前が男と床を共にしたのだと思ったら、」

とても腹立たしかった。

自分より一回りは小さい手にゆっくりと頭を撫でられる。
腹立たしかった。
悔しかった。
…俺以外の男にこいつの初めてが奪われたのが、納得出来なかった。

まだ同意の上ならいい。弥生子の好いた男に抱かれたのなら許せた。
…受け入れられるかは、分からないが。

ああ、俺は、この幼い女が、好きなのか。

すとんと、その言葉が胸に落ちた。

「あのね、錆兎くん」

「…ああ」

耳を塞ぎたい。きっと、花街であった事実を教えてくれようと言うのだろう。
現実を突きつけられたくなくて、きつく目をつむった。


「私、水揚げしてないよ」


「は?」

思わず顔を上げてしまった。
俺を見やる弥生子は、こちらが恥ずかしくなるほど慈愛に満ちた顔をしていた。

「師範はね、姉さん女郎の話にも、楼主の話にも内儀の話にも耳を貸さないで、私を買ったんだ。まだ私は水揚げをしていなかったから、そもそもお客は取れないのに、私を気に入らないって理由だけで買い付けた」

特例ってやつだね。
…だから、私はまだ処女だよ。

その言葉を聞いて、弥生子の腕に抱かれたままなのも忘れて項垂れた。

俺の、早とちりか。
今度は羞恥で血が頭に上っていく。顔が、どうしようもないほど熱かった。

「…すまん」

「ううん。あとね錆兎くん、言いづらいけど、」



ずっと当たってるの。


ちらりと見上げた弥生子の耳は赤い。頭の中で"当たっている"という単語を反芻して思い当たったその事象に、俺は弥生子から勢いよく身を離した。

「わ、悪い!!」

俺はこれまでにないほど赤面しているに違いない。
咄嗟に彼女から隠すように腕で自分の股間を隠した。

それはない、それはないぞ錆兎!

彼女の口を吸うのに必死になって、あまつさえ一人で勝手に興奮するとは思春期の餓鬼か、俺は!

頭を抱えたくなるが腕をどかす訳にもいかない。…なんと格好の悪い。
地面にのめり込むほどに項垂れたくなる心地だった。


「錆兎くん」

「…なんだ」



「いいよ」



色を含んだ、女の声がした。
びくりと自分の身体が揺れる。


「私、錆兎くんなら、怖くないよ」


ぎりぎりと唇を噛み締める。
やめろ、それ以上言わないでくれ。


「錆兎くん、」

「自分の身を削るようなことを、言うな」

他の男と床を共にしていないことにほっとした。
俺がこいつの初めての男になれるかもしれない事実にほっとした。
しかも、自分が心を寄せた女が「お前ならいい」と言う。

腹の奥を、激しい波のようなものが暴れ回る。

「俺はお前を好いてる」


ひゅっと弥生子が息を飲む音が聞こえる。


「だから勢いでお前を抱くような真似はしたくない。…くそっ、こんな格好悪い告白があってたまるか…!」

額に滲む妙な汗を袖で拭う。
弥生子から視線を外したその瞬間に、自分の太腿に真白い手が乗せられた。

白魚のような手ではないけれど、女らしい手だった。


「駄目ですか?」


砂糖のような、甘ったらしい声が耳殻を叩く。
びりびりと脳内に閃光が走るような心地だった。


「私も、すきだよ」


お願いします。


ごつん。
小さな頭が、畳の上に打ち付けられた。




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