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障子の隙間から透き通った陽の光が差し込んでいた。


天にまします我らが父よ


手の中で順々に十字架に繋がる珠を手繰り寄せる。
口の中で主への祈りを呟きながらひたすらに煉獄家の人々の顔を思い浮かべた。

神も仏も無いことは知っている。
いたとして、慈愛の手を差し伸べてもらえるような人間でないことを知っている。

けれどせめて、どうか我らが主のように煉獄杏寿郎という青年を連れていかないで欲しいこと。
そして、私が彼らの為に命を尽くして死ねるような幸福をくださいと、祈るくらいは許して欲しい。






ことことと汁の煮立つ音がする。
木蓋を取ると、ふわりと湯気と出汁の香りが上っていった。
お玉を鍋に沈めて味噌をときはじめた時、ばたばたと勝手場に向かって来る足音が聞こえてきた。


「光子さん…!今日は朝から任務に立つと言ってたじゃないですか!」

「おはようございます、千寿郎さま。朝ごはんを作ってから出ようと思いまして」


忙しなく割烹着に腕を通す千寿郎さまのてっぺんの毛は、ひょっこりとあらぬ方向を向いている。ずいぶん慌てて来たらしい。


「いつもより早くお支度してますから、まだ寝ていて良かったんですよ?」


そう彼に声をかけると、千寿郎さまはまるい頬をぷっくりと膨らませ、さも不機嫌ですという様相をとった。


「光子さんがお出かけになるから、今日はお弁当も作ろうと早起きする予定だったんです!…まさか先を越されてしまうとは…」


所在なさげに佇む彼が実に年相応で、私は思わず笑みを漏らした。


「もうっ!光子さん!」

「ごめんなさい。千寿郎さまのお弁当、楽しみにしております」


勿論です、と腰に手を当て意気込む千寿郎さまに、頬が緩くなった。

料理を覚えた時のことを思い出す。
私にその術を教えてくたのは瑠火さまだった。

煉獄家へ来る前も、もちろん食事を作ったことはあったけれど、私にとってそれはただの生命活動を続けるための燃料に過ぎなかった。
はじめて彼女の料理を食べた時、これが母親というものが作る味なのだなと、そう思ったことを覚えている。

瑠火さまの容態が悪くなるにつれ、彼女の生い先がそう長くないことを察した私は、その味を自分に叩き込もうとするのに必死だった。あるいは剣の稽古の時よりも危機迫っていたかもしれない。

お出汁は昆布と鰹節で、味噌汁の味噌は江戸甘味噌で少し濃い目。
白米は固めに炊くこと。
卵焼きは少し酒を多めに入れること。

完全な瑠火さまのそれとは到底言えないけれど、他人の私の料理よりも、母親の気配の残る料理の方がいいに決まっているから。


「あっ、光子さん!」

「はい」

「おはようございます!」



貴方たちのその笑顔が見れるなら、きっと私は幸せだ。












「行ってまいります、槇寿郎さま」


返ってくるものはない。
いつもの事だ。

槇寿郎さまの部屋の前に朝食の膳を置いて、障子越しに頭を下げた。
障子紙に朝日で照らし出される姿があるので、彼はもう起きている。
昨晩はそれほど深酒をしていないらしい。
…普段に比べれば、だが。

瑠火さまが亡くなって、我を失った槇寿郎さまを更に追い詰めたのは、彼の兄弟弟子が任務で亡くなったという報せだった。
それから、槇寿郎さまは私に声をかけることは無くなった。
名前も呼ばぬ、罵倒もせぬ、当たり散らすこともせぬ。
彼は徹底的に私を無視した。

実に人間らしい人だ。


「あなたのせいではないのに」


きっとその言葉を彼は受け止めてくれないけど。






左腰の刀に手をやった。
もうすでに任務に立つ準備は済んでいて、千寿郎さまが作ってくださった弁当も持った。

玄関で草鞋を履いて、後ろに立つそっくりな顔の兄弟を見やる。


「千寿郎」

「はい」


千寿郎さまの返事とともに、硬質な音が鳴る。
火打石で任務からの帰還を祈るこの家の習慣は変わらない。


「光子」

「はい、杏寿郎さま」


朝の日に輝く、炎のごとき髪が眩しい。
杏寿郎さまの大きな目は、私を見てぎゅっと細くなった。


「無事に帰りなさい」


あなたのお言葉通りになりますように。
私はめいいっぱい口角をあげて見せた。





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