「待って、待ってください! 話、聞いてください!!」
「…………」
頭痛を覚えて思わず眉間に指を押し付ける。指圧したところでこの頭痛がなくなるわけではないが、何もしないよりはマシだった。
デートしてください、などと言われて。怒ったり通報したりしようとしていないだけ、梨蘭はかなり我慢していた。ただ、それだけ「聞いてやる必要が無い」と思っているだけ、な節がなくもないが。
そのまま無視して立ち去るつもりだった。だが、目の前の男子生徒はそれを許さない。すれ違おうとした梨蘭の前に先回りして、やはり立ちはだかるように立っている。
すれ違おうとする、立ちはだかる、すれ違おうとする、立ちはだかる。それを何度か繰り返して、もうすぐ廊下が終わり外へ出るという時、ようやく梨蘭がほんの少しだけ折れた。
「……なにか」
「や、やっと! 話聞いてくれた!!」
「手短に頼む」
凌牙を探さなければならないし、とは言わない。あの兄は自分が探されてるなんて言いふらしてほしくはないだろうし、梨蘭だって別にそんなことを望んでいる訳では無い。だから紡ぐことはないが、それでも梨蘭は少しだけ焦っていた。
長話をしていては、凌牙がまたアンティルールのデュエルを仕掛けてしまう。それは、梨蘭にとっては何よりも避けたいことだった。入院している姉のため、そして何より──本当は優しい、兄のために。
故に、早くこの場から立ち去って凌牙のことを──と、思っていたのに。
「あの、あの……俺、神代さんのこと好きなんです、だから一回、デートできたらいいなあ、って」
「……要件はそれだけか? 生憎、私は今のところ色恋沙汰というやつに興味は……」
「興味が無いのなら興味を持たせます! だから、とりあえず一回だけ!」
何がとりあえず、なのだろう。この男子生徒の言うことはよくわからない。
そもそも、この男子生徒と梨蘭は今日初めて言葉を交わしたのだ。もし彼が元から梨蘭と何らかの交流があって、その交流の中で自分に好意を抱いてくれた、というのなら分からなくもない。そうだったとしたら、梨蘭だって恋愛感情ではないにせよ、一度のデートに応じてあげた可能性だってある。
しかし、この男子生徒はそうではない。今まで言葉を交わすこともなく、おそらくは外見だけで梨蘭のことを好いたのだろう。……正直、あまりいい印象は抱けない。
姉は昔から外見で人々の好意を寄せていたのだし、梨蘭はその姉と、ついでに顔の整った兄の妹なのだし。多分、自分だってそれなりに見た目がいいのだろうけれど。
(璃緒の苦労を、まさかこうやって体感することになるとは)
こんなこと、未来永劫あるなんて思わなかった。自分は姉とは違って、言葉遣いは女らしくないし、割と粗雑だし。見た目だって、彼女ほど気を使っている訳ではない。自分の親友──美夜のような、見ている人を明るい気分にさせるような性格だって持ち合わせていない。
だから、こういうことがあるとは思っていなかった。故に梨蘭はこの男子生徒をうまくあしらう方法を知らないのだ。
どうしたものか、と頭を悩ませる。本当はこんな時間すら惜しいのだが、一度話を聞いてしまった以上、それを無碍にすることはなんとなく憚られる。……少しだけ、ほんの少しだけ、自分の律儀な性格を恨んだ。
とはいっても。
梨蘭にはこの誘いを受けるつもりは毛頭なかった。第一そんなことをあの兄が許してくれるだろうか、という疑問と、少し面倒だと思う梨蘭の心情と、あとは──やはり、自分だけが自由に行動してしまえば、凌牙を一人にすることになる。それがたまらなく嫌だったという梨蘭の不安感が、梨蘭に「はい」とは言わせない。
暫し、逡巡して。
「……わかった」
「! じ、じゃあ!」
「私とデュエルして、君が私に勝てたら、デートしてあげよう」
梨蘭がたどり着いた答えは、これだった。
この世界において、デュエルモンスターズというのは大きな地位を占めている。それこそ、その大会が大規模に開催されたり、その開発のみを行っている企業などがあるくらいには。
デュエリストのすべてはデュエルで決める、なんて言葉が生まれたこともあったらしい。詳しくは知らないが。
だから、梨蘭はその言葉に乗ってみたのだ。見たところ相手もデュエリストらしいし、それならばその権利すらデュエルで勝ち取ってみろ、と。
正直、相手がこの提案に乗らなくてもいいのである。というか、梨蘭は乗らないことを願っていた。デュエルの誘いを断ったことを口実に、デートの誘いを断ればいいのだから。これなら時間もかからないし。
相手がそれを受け入れれば……仕方ないがそれはそれ、梨蘭が勝てばいいだけの話。無論、簡単にそれが成せるとは微塵も思っていないけれど。
どうする、と視線を投げかけて数秒。その男子生徒は意を決したように梨蘭へと視線を向けて、小さく言った。
「……わかりました、やりましょう」
決闘者たるもの
(その意気込みは買ってやろう)(ほんの少しだけ好感度は上がったがそれとこれとは別)