「そうか」


 口では冷静に答えつつも、梨蘭は胸の奥の高鳴りを隠しきれていない。自然と上がる口角に、おそらくは男子生徒も気づいただろう。
 別に彼のことを好きになったからだとか、そういうものではない。梨蘭は、良くも悪くも根っからのデュエリストだ。だからこんな状況とはいえ──デュエルできること自体は、喜ばしいことなのである。……時間はあまりかけたくないけれど。


「では、早速始めようか。幸い、中庭はすぐそこだ」
「は、はい」


 スタスタとローファーの音を鳴らして梨蘭は廊下から外に出た。一瞬、このまま逃げてしまおうかという考えが浮かばなかった訳では無いが、それはなんだか卑怯な気がしてやめておく。
 一応、中庭に出て一通り外を見渡してみる。やはり凌牙は見つからなくて、ほんの少しだけ落胆した。予想していなかった訳では無いので、落胆する、だけだったが。
 適当な広さが空いている場所を見つけて、足を止めた。くるりと体を回転させて男子生徒を見れば、Dパッドを手に握っている。
 ふ、と小さく笑う。ネックレスを握りしめるように胸元で拳を結ぶ。すぅ、はぁ、と幾度か深呼吸をして。


「──デュエルディスク、セット!」


 兄や姉のものとはデザインの違うそのデュエルディスクは、梨蘭にとっての宝物である。
 氷のような冷たい様相で、しかし梨蘭にとってはその冷たさが何よりも温かく感じられるもの。今は怪我で動けない姉、璃緒との──。


「Dゲイザー、セット!」
【ARヴィジョン、リンク完了】


 レンズを通して、見える世界が変わっていく。デジタルに染められていく世界が、この学園で行われているデュエルのモンスターたちを映して。
 ──気づく。


(……潜航母艦エアロ・シャーク……!?)


 男子生徒の向こう側に透かしてみた景色に浮かぶ、オレンジ色の潜水艦のような姿で繋がれた2体の鮫。そのモンスターの名前を、効果を、梨蘭は知っている。
 見間違うはずがない。間違えるわけがない。なぜならあれは、自分が幼い頃から幾度となく目にし、対峙し、戦ってきた──。


(……凌牙のモンスター。まさか、デュエルしているのか……?)


 梨蘭が知る限り、あのモンスターを一番上手く扱える人は凌牙だった。だからその姿を見て、凌牙がデュエルしているのではないかと思うのはひどく自然なことである。

 ぞ、と心の奥が冷える感覚がする。もし、──もし、凌牙が今デュエルをしていて、そのうえアンティルールだったとしたら。
 正直、凌牙が負けることは危惧していない。彼は紛い無く、──もしかしたら、現在の極東エリアのデュエルチャンピオンに勝つことだってあったかもしれない、実力者なのだから。
 梨蘭が心配しているのは、むしろ凌牙が勝ってしまうこと。勝って、アンティを執行してしまうことの方が怖い。凌牙は、もはやそれでしか自分を誇示出来なくなってしまっているけれど。
 だからこそ、梨蘭がそれを止めていたのだ。凌牙が自分でそれをやめることは出来ないから、梨蘭がそれをずっと止めてきた。たとえ彼がそれを望まなくても。


「……梨蘭さん?」
「あ、あぁ……すまない。では、始めようか」


 凌牙のデュエルに想いを馳せてぼうっとしていたらしい。不思議に思ったデュエル相手の男子生徒が不思議そうに梨蘭へと声をかける。
 今からデュエルだというのに少し失礼だっただろうか、と少し息を吐き出して気を引き締める。仕方ない、このデュエルを早く終わらせて凌牙の元に向かうか、と決心し、軽く両の頬を叩いた。
 スイッチが、入る。


「「──デュエル!!」」



鹿
(それにしても、凌牙は一体誰とデュエルしているのだろう)

僕らが生きた世界。