今日は散々な一日だった。否、これくらいで散々だなんていうのは、先人たちに失礼なのかもしれないが。
頭の隅でそんなことを考えながら、梨蘭は一人学園内を歩いていた。ローファーの底が廊下に当たってこつこつと音が反響する。
本当に、訳がわからない一日だった。
HRの時間には親友美夜を人質に取ろうと不審者が教室に乱入──美夜のデュエルによってボコボコにされた彼は警察に突き出されることとなった──し、授業でも同じクラスの九十九 遊馬がいつもどおり馬鹿を──本人はそれをかっとビングと言っている──しているし、まぁ後者はともかくとして前者はイレギュラーすぎる出来事で、直接関係がない梨蘭としても精神的に参っていた。デュエルをした張本人たる美夜は楽しそうに笑っていたが、もしあそこで負けていたらどうするつもりだったのだろう。
兎に角、今日は散々な一日だった。そして恐らく今日が終わるその瞬間まで、散々な一日というのは続くのだろう。なんとなくそんな予感がして、梨蘭は思わずふぅ、と大きなため息をつく。
ぎゅっと胸元のネックレスを握れば、そのネックレスにつけられた石が少し熱を帯びた気がした。
さて、と顔を上げる。梨蘭が学園内を歩いているのは何も目的がないわけではない。探し人をしているからだ。具体的には、兄である凌牙を。
彼は今でこそ札付きの不良などと言われているが、本当は脆く優しい少年だった。その凌牙という人となりを知っている者は、この学園には梨蘭以外にはいなかった。
彼がああなってしまったのには深い訳がある。凌牙にはきつく口止めをされているのでそれを口外するつもりは何処にもないが、それでも心配で仕方が無い。
あの事件以来札付きの不良と呼ばれるまでになってしまった彼は、どこまでも嫌われることを好んだ。強くあることを望んだ。
嫌われ、強くなり、人を侍らす。そうすることでしか、彼は自分を保てなかった。しかしそれは同時に、社会から外れることでもあった。
アンティルール。凌牙は他人にそれをよく持ちかける。デュエリストにとって命よりも大切なもの物を──デッキを掛けて、戦う。敗者は勝者にデッキを渡し、逆らうことは許されない。
凌牙はそれを持ちかけ、勝ち続けていた。そうすることで自らの強さを誇示し、そして居場所を作り続けていた。
勿論、褒められた行為ではない。寧ろデュエリストとしては軽蔑されるべき行動なのだろう。最も、それよりもひどい事件を見てきたので感覚が麻痺しているのは否めないが。
それでも梨蘭は、凌牙にそれをしてほしくはなかった。人間として壊れていく凌牙を見ていくのが辛かった。何より、入院している姉──凌牙にとって双子の妹である璃緒がそれを聞けば、きっと彼女は深く悲しむ。そして怒る。二人の姿を見続けてきた梨蘭にとって、それは耐え難いことだ。
故に、梨蘭は授業が終われば毎日こうして凌牙の姿を探しに行く。自分の前ではアンティルールのデュエルをしないことは分かっていたから、アンティルールデュエルをさせないために、自分の時間を殺して凌牙の元へ赴こうとする。それが梨蘭のできる、唯一の罪滅ぼし≠セった。
今日は授業の終わりが遅れてしまった。慌てて凌牙の教室へ駆け込んでみるものの、既にそこには凌牙の姿はなかった。どこにいるのかはだいたい想像がつくので、再び歩む。
そこで話は冒頭へ戻るのだ。
「……凌牙」
今何をしているのだろう。こうやって歩いている瞬間にアンティルールのデュエルが持ちかけられているのかもしれないと思うともどかしい。
自然と逸る足をなんとか走らないように自制しながら、凌牙のいるであろう場所≠ヨ向かう。どうにかこうにか凌牙のデュエルが始まる前に辿りつければいいのだが──と、そこまで思案して彼女は足を止める。
目の前にいる男子生徒が梨蘭の行方を阻むように立ち、こちらをじっと見ていた。やがて彼は、あの、と小さく声を紡いで。
「お、俺と結婚してください!」
「……………………は?」
「うわ、わ、間違えた、俺とデートしてください!」
何をどうしたら結婚とデートを間違うのだろう。そんな少々ズレたツッコミをしたくなったがぐっとそれを飲み込んで、梨蘭はまた歩みを進めようとした。
──やはり今日は散々な一日だ。
トラブル体質?
(……かもしれない)