「ボクだよ。ボクが美咲の娘」


 ひらりと片手を上げて、教室に響いた声に応える。
 隣にいる梨蘭が小さく名前を呼んだ気がしたが、特に気にしない。反対側にいるスコルピオーネはスコルピオーネで、何処か楽しそうに笑って──というよりは、嗤っているように見える。
 右京先生の後ろに立っていた男の目が美夜に向けられた。殺気立った視線に怖気付くこともなく、その目をじっと見返す。


「用件は? 母への挨拶なら、ボクじゃなくて然るべきところへ届け出をしてほしいんだけど」
「挨拶、挨拶、ねぇ、残念ながらそんな甘いもんじゃねえよ」
「ですよねえ。で、なぁに?」


 授業の邪魔しないでほしいんだけどなぁ、と小さくこぼしてみれば「心にもないことを」と、梨蘭から言われた。図星だが、なんだか悔しくなったので唇を尖らせておく。
 そんな美夜の様子も知らず、男は言葉を続けた。


「俺はなぁ、一ヶ月前にあの女とデュエルした!
 あのデュエルには多額の金がかかっていて、あいつに負けるよう持ちかけた! ……なのにあの女は手加減もせずに……。
 そのせいで俺が借金に塗れるはめになったじゃねえか!」
「……いや、それ自業自得じゃん」


 男の言葉に若干被せ気味となってでてきた言葉はもっともなものだった。

 美夜の母──美咲は賭け事やそういった類のものが嫌いで、それ以上に嫌いなのが、デュエルで手加減をすることだった。
 娘である美夜は当然のことそれを知っているし、美咲自身様々なメディアでそのことを言っていたのにもかかわらず、そんなことを持ちかけて、馬鹿なのだろうかと真剣に悩む。

 男の借金に同情はすれど、真剣勝負に泥を塗るようなことをしたのが悪いのではないかと思ったりしたが、言ったところで相手の神経を逆なでする事になるだろうから、黙っておこうと思った。


「……まあ言いたいことは分かったケド。それで、結局どーしてほしいの? ボクを人質にして母さん達にお金をせびるの?」
「……ほう、さすがあの女の娘だな、理解が早い」
「おい、美夜……!」
「だぁいじょーぶだって遊馬ぁ、ボクだってそんなお人好しじゃないんだから」


 ふふんと笑って制服のポケットからデュエルの必需品であるDゲイザーを取り出す。
 その様子に意味がわからないと言いたげな男の目をまっすぐ見据えた。


「ボクだってタダで人質にはならない。デュエルしよーよ、おにーさん」
「……あぁ?」
「デュエルであなたがかったら、人質になってあげる。んーん、ただの人質じゃなくてボクから母さん達にお金ちょうだいって頼んであげる。
 でも、ボクが勝ったら……そうだね、あなたがこうやって中学生脅しに来たこと、マスコミに流してあげるよ」


 いいでしょ、右京先生?
 そう問いかけてみれば、右京はこくりと小さく首を縦に振った。刃物を突きつけられている以上、派手に動けないと悟ったかららしい。

 しばし、考え込む。
 やがて、その男は右京の背中からナイフを遠ざけ──美夜と同じようにDゲイザーを手に持った。


「ふふん、話はわかるみたいで安心したよ」
「……美咲はともかく、てめーみたいな餓鬼にこの俺が負けるわけがない」
「ま、言ってればいいよ。ボクはボクの全力を尽くすだけだからね」


 Dパッドも手に持って、席から立つ。無理するなよ、と梨蘭の声が聞こえた気がした。
 大丈夫、大丈夫。ボクを誰の娘だと思ってるの? そんな小さな囁きは、男は愚か、梨蘭や遊馬にすら聞こえない。


「さて……名を聞いても? 対戦相手の名前を知らずに戦うなんてしたくないんで」
「贄野(にえの)だ」
「そう。じゃあ贄野サン、ボクと楽しいデュエルを始めましょうか――」


 教室の前に出て、足を止める。
 何かの鱗を模したDゲイザーを目につけ、同じように何かの鱗を模した物体を放り投げれば、物体はみるみるうちに展開し、姿を変えた。


「デュエルディスク、セット!!」


 腕に嵌められる物体──から変形した、デュエルディスク。

 まるで竜のような、剣のような。
 そんな形をした物体は、ただそこにあるだけだと異質でしかないものだったが、美夜の腕に収まってしまえば、これ以上ない程に素直に空間に溶け込んでいた。

 続けて、美夜は言う。


「Dゲイザー、セット!」


 ARヴィジョンを介さず、精霊としてカードの姿が見える美夜にとって、Dゲイザーは不要なものといっても過言ではなかった。
 しかし周りはDゲイザーをつけることが一般的だし、そもそも精霊が見れることなんてほんの一部の人間しか知らないので、それを知らない周囲に溶け込むための、いわばカモフラージュだ。

 そして、それ以外にも理由は一つ。
 Dゲイザーをつけることによって、デュエルをする、という自分にスイッチをいれる。
 デュエルはいつでも全身全霊で──。
 そんな理念の下でデュエルをしている美夜にとって、その行動は大切な儀式のようなものだった。

 美夜がチラリと見れば男、贄野も同じようにDゲイザーとデュエルディスクをセットしている。
 それが目に入った瞬間、美夜の胸の内はどうしようもないくらいの高揚感に満たされ、意図せず口元が愉快そうに歪んでしまった。


【ARヴィジョン、リンク完了】


 それはデュエルの舞台が整ったという合図。
 機械的に聞こえてきた音声に心を躍らせ──とは言っても周りに悟られないようにではあるが──、美夜は高らかと、それ≠宣言した。


「デュエル!!」




(全力で相手してあげるよ。)


執筆…2014.11.24

僕らが生きた世界。