ラッピングに隠された秘密

 憂鬱で憂鬱で仕方がない。大きくため息をついた私は机に一度突っ伏した。私の隣の席の璃緒があら、と小さく声を出したのは聞こえないふりをした。

 二月中旬、バレンタインデー。普段なら友達とチョコレートを交換してきゃあきゃあ騒ぐだけのイベントだけど、今年は違う。
 その、なんというか。私にもいるんだ、意中の相手というのが。だけど相手はまったく私のことそういう目で見ていないんだろうなぁ、なんて思うと虚しくなってくる。はぁ、ともう一つ息を落としてみれば、璃緒の手が私の頭を撫でた。


「どうかしたのかしら? いつもより元気がないように見えるけれど」
「……うー、」


 璃緒の手が心地いい。なんか眠くなってきたけど流石にこの状態で寝るわけにもいかない。……璃緒に言うのもどうなの、って話だけど、こんなこと璃緒にしか言えない。
 このままじゃ璃緒に声聞こえないかなぁ、なんて思ってゆっくり顔をそちらに向ければ、璃緒が優しい目で私のことを見下ろしていた。


「……もうすぐ、さ、バレンタインデーじゃんか」
「えぇ」


 突然何を言いだすんだ、って言われてもおかしくないような話の切り出し方だったなぁ。それでもこういう言い方しか思いつかなくて、私はそのまま続ける。
 疚しいことを言ってるわけじゃないのに、ひどく緊張する。どうしよう、言っていいのかな。


「……好きな人に、あげたいじゃん」
「そうね、名前の気持ちはもっともだと思うわ」
「でも、私料理下手だし」
「あぁ……」


 深く納得された。当然だ、私の料理を食べた凌牙が一度死にかけたことがあるのだから。あの時は本当にごめん、凌牙。
 この場にいない凌牙への謝罪を心の中でしておく。口に出しても仕方ないし、なんて。そんなことを一人でしていると、璃緒ちゃんが「でも、」と言葉を落とす。


「市販のものでも良いでしょう? 愛を込めれば、相手には伝わると思うのだけれど」
「それは、そうだけど、……ほら、ドルベさん、モテるから」
「……否定はできないわ」


 意中の相手というのは、一つ上の学年にいるドルベという人だ。璃緒と凌牙の友人で、璃緒を通じて知り合い、何度か言葉を交わし時間を共にしているうちに……私はドルベさんに恋してしまった。

 私は生まれて14年、一度も恋愛というものをしたことがなかった。つまりこれが所謂初恋というやつで、どうしたらいいのか分からない。
 本当なら気長にできることをやればいいのだろうけれど……ドルベさんはその整った容姿故に人気が高い。あまりにぐずぐずしていると他の女子生徒に取られてしまう、と思うと悠長になんてしていられなかった。
 それに加えて、バレンタイン。きっと女の子たちはこぞってドルベさんのところにチョコレートを渡すはずだ。市販のチョコレートだと頭があってもおかしくないし、印象に残らないのが怖い。
 ……これだから、憂鬱なんだ。


「……そうねぇ、ねえ名前」
「……?」


 璃緒が提案するような声音で言った。何? と視線を璃緒に向けると璃緒はとても楽しそうに笑顔を浮かべている。
 猫みたいだなぁ、なんて思ったけど、そういや璃緒は猫が嫌いだったはずだから黙っておいた。


「よかったら一緒に作りましょう? 食べた人が倒れないくらいになるとは思うわよ」







 ……そんなこんなでバレンタインデー当日。璃緒と一緒に作ったチョコレートをもって、ドルベさんの教室に来ていた。となりには璃緒がいる。
 三年生の教室に来るのは初めてではないけれど緊張する。はぁ、と大きく息を吐く私を気にせずに璃緒はがらりと扉を開けた。……少しくらい待ってくれてもいいのに。

 そんなことを思っていても仕方がないので璃緒の後ろをついていく。三年生の生徒たちが物珍しそうに私たちを見ていた。璃緒からチョコレートをもらえないかという期待の眼差しも混ざっているのはなんとなくわかる。
 教室の奥。女子生徒に囲まれるようにドルベさんはいた。机の上には既にたくさんのチョコレートが置かれている。やっぱり、人気だなぁ。

 ぱちり。ドルベさんと目があった。ふっと軽く微笑んで、彼は私たちに手招きをする。
 三年生の女子生徒に睨まれてる気もするけれど、風紀委員たる璃緒がいるから難癖つけられることは、たぶんないだろう。


「ドルベおはよう」
「お、おはようございますドルベさん」
「おはよう璃緒、それに名前」


 ずるい、とか聞こえてきたけどそんなのは全て無視しておく。わざわざ立ってくれたドルベさんにお辞儀して、彼の目を見つめた。
 睫毛長いなぁ、綺麗だなぁ、女の子に人気なのもうなずける。三年生の皆さんのチョコレートに叶う気はしないけど。


「相変わらず人気ねドルベ。何日かに分けて食べないと胸焼けしそう」
「そうだな、特に手作りものから先に食べなければ……」
「ええ、ダメになってしまっては勿体無いもの。ねぇ、名前?」
「えっ、あ、うん、そうだね!?」


 急に話を振られて声が裏返る。驚いたように目を見開いたドルベさんに小さくごめんなさい、と謝罪しておく。本当に申し訳ない。
 璃緒がこう言ったのは渡し易いように……なんだろうけど、逆にやりづらい。どうしよう、と悩んでもしかたないのでドルベさんに向けて包みを差し出した。


「あの。これ、よかったら……どうぞ」
「私にか?」
「……はい」


 璃緒が暖かな目で見守ってる。その目止めて、と身振り手振りで伝えてみるものの璃緒はそんなもの聞くわけなくて。
 ううん、でもやっぱりこんなにもらってたらチョコレート邪魔かなぁ、なんて考えていると私の手からチョコレートが消えた。
 え、とドルベさんの方を見ると、ドルベさんは今すぐにでもそのラッピングを解こうとしていて。


「ありがたくいただく」
「あ、わ、待って、くださ……!」
「……?」


 慌てて止めればドルベさんの手の動きが停止する。あらあら、なんて呆れたような目を向ける璃緒を少し睨んでみたけど見事に無視されてしまった。
 自分の口から言うことになるとは思ってなかったけど、仕方ない。少し目線を落として、口を開いた。


「……その、私料理下手で、璃緒と一緒に作って、たべれるほどにはなったけど。見た目は酷いから、今見られるの恥ずかしくて……、だから、できたら私がいないところで開けてほしいな、って、思ってまして。
 ……ら、ラッピングは! ラッピングは頑張りましたから……!」
「君の手作りか?」
「璃緒と、ですけど! あの! 凌牙が毒見しても倒れなかったんで食べられます! 見た目はあれですけど食べられます! ので! では……!! 行こう璃緒!!!」
「あら、照れ屋さんね」


 璃緒の手を無理矢理引いて、教室から脱出する。出るときに女子生徒さん達がぽかんと私のことを見ていた。うう、恥ずかしい。
 もう、もう。なんだが今世紀最大の勇気を出した気がする。取り敢えず、あの場で開けられなくてよかった。そう安堵していると、後ろをついてくる璃緒が一言。


「ハート形、うまくできていたじゃない」
「う、」
「まぁ、他の女子生徒に見られるよりは一人で見て欲しいものね」


 ……どうやら、璃緒にはバレていたらしい。あの不恰好なハートは、ドルベさんだけに見て欲しかった、なんて。



ラッピングに隠された秘密
(……まったく、可愛いことをしてくれるな、君の……凌牙の友達は)(馬鹿言うんじゃねえ、俺は一回あいつに殺されかけてるんだぞ、手作り料理で)



Title...ポケットに拳銃
2015.06.22 執筆
僕らが生きた世界。