たまらず涙があふれる。 生垣の下のコンクリートに腰掛け、まるで子供みたいに膝を抱えて泣いた。 悲しい、寂しい、暗い、怖い、寒い、痛い。 マイナスの感情だけが体中からとめどなくあふれる。 これからどうしたらいいんだろう。 まだ子供の私だけでは、ここで暮らすことはできない。 住む場所も食べるものも着るものも、大人の手を借りなければ手に入れることができないから。 かと言って、あんなに酷いことを言って出て行ったあの場所へ、のこのこと戻ることもできない。 全て自分のやったことだから、仕方がないと思う。 勇気を出して謝ったところで、きっと彼らは私を許しはしないだろう。 暗い気持ちでそう思った、そのときだった。 「やっ……と見つけた!」 「へっ!?」 どこかで聞いたことのある声。 そうだ、私はこの声の主を知っている。これはたしか……。 恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはやはり遠山がいた。 「あ、あんた……何で……」 「電車で! あと、走ってきた!」 「いや、そういう意味じゃあなくって……」 そう言いかけてふと気付く。 暗がりでよく見えないが、うっすらと汗をかいているのが見える。 走ってきたというのはあながち嘘ではないらしい。 あの野生児が、力が抜けたようにその場に座り込むと、ぜえぜえと肩で息をしている。 呆気にとられていると、遠山が思い出したように顔を上げる。 「せや! ケンヤは?」 「は?」 「ケンヤは? まだ来てないみたいやな。よっしゃ! ワイが一等賞や!」 「……」 先程までの疲れた様子はどこへ行ったんだろう。 そう言って無邪気に喜んでいる。 やはり遠山は遠山だった。 許可も得ずに私のとなりへ腰を下ろすと、まじまじと私を見上げる。 「……紗江、泣いてたんか?」 「!」 指摘されて慌てて涙をぬぐった。 最悪だ。よりによってこいつに見られてしまうとは。 「また誰かにいじめられたん?」 「べっ、別にあくびしてただけ! 何でもな……」 「嘘や」 強い口調で言い切られて、私は思わずたじろぐ。 「何でもないのにこんな遠くまで来るはずないやろ」 「……」 人一倍そういうことには鈍感に思えた遠山が、まさか気付いているとは思ってもみなかった。 驚いた私は何も言えなくなってしまう。 「前に言うたやん。ワイが守ったるって」 そう言うと、遠山は大きく口を開けて笑った。 その笑顔を見て、止まっていたはずの涙がまたあふれる。 「えっ、あっ、どないしたん!? 大丈夫か?」 恥ずかしい台詞は簡単に口に出来るくせに、慌てた様子の遠山がおかしくて、つい笑ってしまう。 すると遠山は、 「泣くか笑うかどっちかにせぇや。ワイどうしたらいいか分からへん」 と困ったように言った。 その様子にまた笑ってしまう。 「……ごめんなさい」 「? なんで謝るん?」 「今まで、私、みんなに悪いことしてきたなあって思って」 私は嫌な奴だった。 自分だけが世界で一番不幸みたいな顔をして、いつだって助けてもらうのを待っていた。 それなのに、周りから差しのべられていた救いの手を、私には釣り合わないと見下しては振り払っていた。 今更謝っても、もう遅い。 それを分かってても謝罪の言葉を述べるのは、もしかしたら、この人たちなら許してくれるかもしれないという、 わずかな希望を抱いているから。ずるいことは分かっている。それでも、こうするしかなかった。 遠山からまっすぐ自分に向けられる視線が怖くて、頭を下げる。 目線を落として、罵られる覚悟を決めた。 「ホンマやな」 頭上から声が降ってきた。 誰だろう。遠山じゃあない。 恐る恐る顔を上げると、そこに立っていたのは財前だった。 「え? あ……何で……」 その質問は今日二度目だ。 財前はわざとらしくため息をひとつついた。 「何でやあらへんわ。誰の所為でここまで来た思ってんねん」 「えっ……もしかして私を迎えに?」 そう訊ねると、財前に無言のまま睨まれる。私は口を噤む。 「あのままいなくなられたら後味悪いしな。……はあ、おかげで今月のこづかいなくなってしまったわ」 「……」 恐らく照れ隠しなのであろう。財前は悪態づいた。 あのとき、傷ついたのは私だけだと思っていた。 でも本当は先輩や、悪口を言われた財前も傷ついていたに違いない。 私はずっと、友達が欲しかった。 でも作り方が分からなくて、かまってほしいのにかまってもらえなくて、突き放していた。 「……あ、あの……っ」 喉の奥から声を絞り出す。震える声はなかなか言葉にならない。 財前も、遠山も訝しそうにこちらを見ている。 「あっ、その……私……」 「?」 まるでどこかに置き忘れたみたいに、声が出てこない。 ぱくぱくと口を動かす様は、さぞかし滑稽に映っていることだろう。 「私とっ、友達に、なってください……っ!」 「……は?」 財前が明らかな困惑の表情を浮かべた。 一番言うべき言葉を飛ばして、やっとのことで出てきたのはそれだけだった。 いやいや、違うでしょう。 それは分かっているが、訂正するのもおかしい気がした。私たちの間に微妙な空気が流れる。 きっと、お互いが何か言うのを待っている状態だった。 そんな空気を良い意味で壊したのは遠山だった。 彼は心底不思議そうに、 「ワイらもう友達ちゃうん?」 私と財前を交互に見てから告げた。 その様子に財前も拍子抜けしたようで、頭をかきながら言った。 「……まあ、面倒やからそういうことにしたるわ」 「あ、ありがと」 そう言い終わるか終らないかのタイミングで、先輩たちがやってきた。 恐らく、近くで聞いていたのだろう。全員が安堵の表情を浮かべていた。 ← → TOP |