両親が離婚したのは、三ヶ月ほど前。
もともと喧嘩ばかりだったから、二人の仲が悪いことは子供の私でも知っていた。

朝起きてすぐ、ギスギスした雰囲気の中、二人の間に入って朝食を食べる。何も味がしなかった。テレビから聞こえるアナウンサーの声だけが救いに思えた。だから逆に離婚して良かったと思える。

そして、私に何の相談もないまま、母が私を引き取った。

「紗江、努力したら結果はついてくるのよ。だから、一生懸命勉強してね。そうしたら……に行けるから」

母は、偏差値が高くて有名な大学の名前を口にした。私はただ頷くだけだった。なぜなら、まだ中学生の私には、大学なんてはるか遠い未来にしか思えないから。それでも、良い成績を修めると、「すごいじゃない、紗江」と母は褒めてくれる。それが嬉しくて、私はひたすらに頑張った。

「四天宝寺中学校なんて、聞いたことないわ。本当にそこは大丈夫なんですか? 進学率などはどのくらいでしょう?」

転校先を決めるとき、母は担任の先生に詰め寄った。「どこか良い学校を探してほしい」と依頼したのはこっちだと言うのに、母は紹介される学校にあれこれ文句をつけては、「もっと真剣にやってください」「娘の将来がかかってるんです」と声を荒げた。
当時の担任は、若い女の先生だった。母の勢いに押され、涙目になっている彼女を、今でも覚えている。
あの先生は元気だろうか。名前すら覚えていないけれど、迷惑をかけたという自覚はある。時間ができたら挨拶にでも行こうかな。


「次は、終点東京、東京です。どなた様もお忘れ物など無いよう、お手荷物お確かめの上……」

飛び乗った新幹線のアナウンスが終点を告げる。いつの間にか眠っていたらしい。オレンジ色だった外の景色が、気付けば紫色に染まっている。
あくびをひとつして、のろのろと他の乗客に続いて新幹線を降りた。

ホームはたくさんの人と音であふれている。誰かと電話をしているサラリーマンや、旅行帰りの家族連れ。そんな中で、一人制服姿の自分は異質な気がしていた。けれども誰も気にかけない。

ふと、自分ひとり取り残されてしまった気がして寂しくなる。けれども、今更戻れない。戻ったって私の居場所なんかない。だったら確実な方を選ぶ。

ここには私の家がある。そこには父もいるはずだ。何も言わないまま来てしまったけど、実の娘を受け入れないはずがない、そんな自信があった。嫌なことを考えないよう、頭をぶんぶんと降る。

大丈夫、大丈夫……。
自分に言い聞かせて、新幹線の改札を出た。

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ほんの数ヶ月離れていただけなのに、この街は以前と違うように見える。目まぐるしく変化するこの街は、どこまで行ったら変わることをやめるんだろう。

自宅の最寄り駅に降り立つ。ここから自宅までは歩いて十分もかからない。

もし、家がなくなっていたら。
そんなことを考えて、すこし気分が落ち込んだ。そんなことはないと思いなおすが、家に近づくたびに、不安は徐々に大きく膨らんでいく。小さいころから通いなれた道。それが、こんなに歩きづらくなるなんて思ってもみなかった。

角を曲がった先、そこに、我が家が確かに存在していた。私はほっと胸をなでおろす。父はまだ帰っていないのだろう。電気がついていなくて真っ暗だった。一緒に暮らしているときからそうだったので、そのことは想定内だった。私は持ってきた鍵を差し込む。

「あ、あれ……?」

鍵が上手く入らない。何度試してみても途中で止まってしまう。鍵がかかっていないのかと思い、ドアノブをまわすが、がっしりとしたそれが動くことはなかった。

「……鍵、変わってる……」

これは想定外だった。
焦った私はカバンの中から携帯電話を取り出し、父へ電話をかける。けれども聞こえるのは呼び出し音のみで、繋がることはなかった。

そこで今度はこちらに住んでいたときの友人へ電話をかける。十回ほど呼び出し音が鳴り、ようやく繋がった。

「あ、えっと」
『おかけになった電話番号は現在使われておりません……』
「……」

しかし、電話の向こうから聞こえてきたのは、懐かしい友人の声ではなかった。当然と言えば当然だ。私は転校して以来、彼女とは全く連絡を取っていない。それどころか、ろくに挨拶もないまま、大阪へ向かうことになった。

親友だと思っていた。けれど、彼女にとってはそうでもなかったらしい。

ここでやっと、私が何の考えもなしに行動していたことに気づく。
もうどこにも私の居場所はない。


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