テストも全日程が終了し、放課後の部活動が再開された。 また部員に捕まると面倒なので、人の波にまぎれるようにして帰る。校門までの道の途中にテニスコートがあるため、なるべくそちらを見ないように早足で歩いていた。……それなのに。 「やーん、紗江やん。今日は部活寄ってかんの?」 遠くにあるはずのテニスコートから、甘えた声で話しかけられる。見ると一人の男子部員が、こちらに向かって手を振って向かってくる。 どっから声出してんのよ! ぞわりと全身寒気がして、思わず立ち止まってしまった。 「たまに身体動かさんとぉ、授業中ずっと座りっぱなしやろ? 老廃物でリンパの流れつまるで」 「はぁ……」 「ウチがマッサージしたろか? 足出しぃや」 「いりません!」 足を触ろうとしてくるそいつの手を乱暴に払う。手を打たれたそいつは「あん。痛ぁい」と気色悪い声を出して手を押さえた。 その様子を見ていたのであろう、もう一人がこちらへ慌てた様子で駆け寄った。 「小春ぅう! どないしたん? 赤くなっとるやん! 小春の白身魚のような手が!」 「なんやねん白身魚て。白魚やろ」 「さすが俺の小春や。頭良すぎやろ」 何なんだこいつらは。 へたくそな演劇でも見せられている気分だった。呆れて何も言えない。全身からその様子が伝わっていたのだろう、後ろから助け舟が出された。 「二人ともいい加減にしぃ。紗江は慣れてへんのやから」 振り返ると部長と忍足センパイがいた。二人をとがめると、今度は私に向かって訊ねる。 「紗江は今日部活出ぇへんの?」 「塾がありますので」 「そか。残念やなぁ。今日はオサムちゃんのお笑い講座やったのに」 「せやった? あかん着替えてもうたわ」 いつもみたいに流せばいいものを、何故かそのときばかりはできなかった。自分でも気付かないうちに、テスト期間のストレスがたまっていたらしい。能天気なことを言う彼らについ、かみついてしまった。 「……練習はしないんですか?」 「ん?」 「そんな、下らないことしてる暇があったら、いくらでも練習できるでしょう」 苛立ちを隠さずに、一言言ってやる。その瞬間、空気が凍ったみたいに、ぴたりと止まった。その様子に、さすがの私もしまったと思った。けれど正論だから仕方ない。それに私は普段からこういう態度だから、いつもみたいに流してくれるに違いない。 実際そうだった。……ただ一人を除いて。 「何なん? その態度」 それは低い静かな声だったが、十分に私の元まで届く。振り返ると、同じクラスの財前が、冷めた目でこちらを見ている。 「ろくに部活出てへんくせに、言える立場なんか?」 「なっ……、客観的に見て、言ってるだけよ」 「客観的てどこがや。めちゃめちゃ私情入っとるやろ」 だから何? 何なの? じゃあ何なの? あんたは何が言いたいの? せっかく私が、この私が、時間を割いて、たまにだけど部活に来てやってんのに。あんたらはテニスしてれば推薦もらえて、良い学校に行けるっていうのに、何、毎日毎日ふざけてんのよ。 やるんだったらもっと真面目にやりなさいよ。 握った手に力が入る。最近爪を切るのを忘れてたから、伸びた爪が刺さって痛い。けれど、こうでもしてないと、怒りで頭がどうにかなりそうだった。 そんな私にお構いなしに、財前は続ける。 「自分、性格悪すぎ。どうにかならんの?」 耳の奥のほうで、何かがはじけた。キーン、と音が響いて、それ以外は何も聞こえなくなる。 どうして同い年の男子って、こんなにも幼稚で馬鹿なんだろう。同学年に限らない。こいつら、全員アホ。馬鹿。死ね。くたばれ。消えろ。ウザい。 「財前! 言いすぎや」 部長が止める。 いやいや、全部言わせておいて今更止めるってどうよ。 「紗江、悪いな。こいつ元から口悪……」 部長が私の顔を覗き込む。思わず顔をそむけた。自分の目に涙が浮かんでいるのが分かっていた。そんな顔を見られたくない。あんな奴に言われたことなんて気にしたくない。 私はもっとずっと強いはずだから。 それなのに。 自分の思いに反して、涙があふれて止まらなかった。私は何も言い返せないまま、その場から走り去るしかなかった。 「紗江!」 後ろから誰かが私の名前を呼んでいる。 でも、そんなの、もうどうでもよかった。 ← → TOP |