「な、何だか変なとこ来ちゃったね」
「……俺もそう思う」

杏が不安げに呟くと、ブン太もそれに同意した。意気込んで病室を飛び出したものの、病院自体が真っ暗でどこを歩いているのか分からなくなってしまった。ただでさえ広い病院だ。同じような部屋がいくつもあって、どこにいるのかさっぱり分からない。

おまけに今日は人の気配すらない。延々と続く廊下の奥のほうは真っ暗で何も見えない。杏とブン太は黙り込んでしまう。

「ねぇ、俺たち以外誰もいないって変じゃない?」

突然ジローが口を開いた。その言葉に杏もブン太もぎょっとする。二人とも心の中では思ってはいたが口に出したらもっと不安になりそうで、なるべく言わないように努めていた。

「矛盾してるかな? なるべくなら病院には人はいてほしくないのにいないのも変」

二人もそれは思っていた。理想と現実、というにはことが大きすぎるかもしれない。けれども他に言葉を知らない。

確かに今この世界は矛盾している。この学校は自分たちの理想の環境にある。それはとても素晴らしいけれどもそれを疑ってしまう。どこか別の場所に現実があるのではないか、これは夢なのではないかと。

この学校へ入学する以前、過ごしていた場所があった。けれど、そちらの方が夢だったのではないかと疑うこともある。外の世界は消えてしまったのではないか。学校から脱走した後、外の世界はまだ存在するのだろうか。

「理想と現実って反対の言葉だけど、いつも一緒だよね。それって人間は夢も見るし、現実も見るからだと思うんだけど、どう思う?」
「どう思うって言われても……」

そのあとの言葉はつづけられなかった。ジローはぼんやりしているようで、ときどきするどい。本当のジローはどちらなんだろうと思う事が多々ある。

ジローはそのまま何かに引き寄せられるように暗闇の中へ歩いていく。杏とブン太は後ろをついて行くしかなかった。

◇◇◇

そうしているうちに辿り着いたのは、暗がりの中の病室だった。ベッドがひとつだけ置いてある。その横には重そうな機械が数台あり、そこから何本ものケーブルのようなものが延びており、空のベッドにつながっていた。ついさっきまで誰かがそこにいたかのような感覚に襲われる。しかしあまりいい心地はしない。

「……おい、何だよここ」

ブン太がジローに向かって訊ねる。それには答えずに、ジローはベッドに仰向けになって眠る体勢に入ろうとしている。

「お前また寝んのかよ! つーか何でこんな気味悪ぃとこなんだよ!」
「……さぁ?」

あいまいな返事しかしないジローは、すでにもう眠くなったらしい。殴りかかりそうになるブン太を杏はなだめる。

「……だいじょうぶ。ちょっと寝たら……また……」

それはもう寝言にしか聞こえなかった。ついでと言うことで、そこで少し休憩をとることにしたが、杏とブン太は寝ることは出来なかった。そこはとても眠れるような環境ではなかったからだ。

「……俺、絶対こんなとこで眠れねぇ」
「……私も」

ジローの方を見ながら恨めしそうに呟く。

「しりとりでもするか」
「……」
「……」

暗くなってしまう気分を盛り上げるため、ブン太は明るい口調で言ったが、杏の冷めた視線に何も言えなくなってしまった。二人は改めて、いつでもどこでも眠れるジローに感心した。

◇◇◇

「あっれー!? 珍しい組み合わせ! どーゆーことぉ?」

雅治と学校の廊下を歩いていると、後ろから声がした。私たち以外には誰もいない廊下で、振り向くと赤也がニヤニヤしながら、こちらに向かってきた。

「へぇ、めぐみ、ブン太よりも雅治を選んだんだ? ふぅん」
「ち、ちが……!!」

私は必死になって否定する。赤也は私のその反応を見て驚いたようで、目をぱちぱちさせて何度もまばたきをしている。

「……熱でもある?」

そう言って私の額に手をあてた。その様子を見て雅治が訊ねる。

「赤也、こいつの違い分かんの?」
「ん? あ、あー、そういえば性格変わっちゃったんだっけ?」

なんてこと無いように赤也は言ったけれど、私はどんな反応をしたらいいのか分からなかった。
ならさ、と赤也は続ける。

「はじめとかに訊いてみたら? 何とかなるかもよ?」


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