「はじめなら図書室にいるよ」

そう彼のクラスメイトが教えてくれたので、赤也と雅治との三人で図書室へ向かう。

大きな窓が並んだ図書室は、日が入る分、廊下と比べて暖かい。図書室の中は、いつも他の教室とは違う、本の匂いが漂っている。

はじめの姿が見当たらないので、奥の方まで探していると、そこには珍しい人物もいた。この場所には、あまり似つかわしくないその人物は、机に向かって真剣に本を読んでいる。その横にも、かなりの量の本を置いてあった。

何の本読んでるんだろ、と目的を忘れて覗き込んでみると、そこにあったのはマンガだった。呆れていると彼がこちらを向いた。オレンジ色の頭が印象的な清純だ。

「あれ? めぐみ久しぶり〜! 誰か探してんの?」
「うん。はじめ見なかった?」
「さっき外文のコーナーにいたよ。まだいるんじゃない?」
「……ガイブン?」

聞きなれない言葉を私が繰り返すと、清純は後ろの棚の方を指差した。
なるほど、外国文学、略して外文か。
礼を言って私はそちらへ向かう。

外国文学のコーナーは、色の暗い表紙のどっしりとした本ばかりが並んでいて、威圧的な雰囲気が漂う。清純の言った通り、はじめはそこにいた。なにやら重そうな本を取り出して、パラパラとめくっては棚へ返している。声を掛けると、彼は柔らかな微笑を浮かべてこちらに応えた。

「おや。お久しぶりですね。何か用ですか?」
「あ、うん。えーと、その、はじめにお願いがあって……」

◇◇◇

「何だよぅ! ケチ! 別に一回でも二回でも同じじゃん!」
「えー赤也にも言うの面倒くせ! 自分で探しな」
「キィー! 腹立つ!! こんのエロ純!」
「……なぁ、何でこれこんなんになっとると? ちょお、そっち貸してくれん?」
「あっ! 何で俺より雅治の方が先に読んでんだよ!」

先ほどの、清純のいたテーブルのあるコーナーへ戻ると、何やら騒がしい。見ると赤也は癇癪を起こしているし、雅治はマンガに夢中になっている。「何してるの」と話しかけるより先に、赤也がこちらに気付く。

「ちきしょー……あんの女たらしめぇ……! 聞いてくれよ! あいつ俺が『はじめいる?』って訊いたらめぐみに言ったからもう言わねーって言いやがんの!」

雅治は雅治でマンガ読んでんし、と赤也は愚痴った。私はとりあえず赤也をなだめる。

「で、はじめいた?」

機嫌を直した赤也がそう訊ねると同時に、はじめは難しそうな本を抱えてやってきた。その本はやたらと大きくて分厚い、百科事典のようなものだった。

「何? その本」
「ユングとフロイトは知ってますか? 心理学では有名な人物なんですけども。この本は、その二人の学説や研究について、詳しく載ってるんです」
「ふ、ふーん」

よく分からない名前に、適当に相槌を打つ。そんな私に気付かず、はじめははりきって説明をしている。何だか長くなりそうな雰囲気だったが、断るにもこちらが割り入る隙も無い。赤也は早くもあくびをし始めた。

「おーい! どうでもいいから早くやっちゃってよ」

そう急かしたのは清純で、いつの間にか雅治と共にこちらに来ていた。きっと二人とも面白がっている。急かされたことにはじめは少しむっとしたようだが、何とか始まるようだった。

イスを引いて座るように促されたのでそれに従う。全員が注目してるのが分かると、何だか緊張してしまう。ゆったりとした、静かな声ではじめが続けると、それにつられてか何だか眠くなってくる。

「目を閉じて。リラックスして……何か、見えますか?」
「何も……真っ暗」
「本当に?」
「……うん」
「じゃあ……は? ……える?」
「……」

はじめの声が途切れ途切れに聞こえる。何かを訊ねているのは分かるので、それに答えようとするのだけれども、私は眠くてしかたがない。適当に返事をしてはいるものの、それが夢の中なのか現実なのか分からない。

そして何も見えない、何も聞こえない状態になった。

◇◇◇

そのときの私は、夢の中を夢の中だと思っていなかった。

気がつくと私はオレンジ色の光に包まれていた。まるで夕日の中にいるみたいだ。寒いとかそういうのはない。何となく暗闇の中じゃなくて良かった、と思った。

それと同時に一人というのも嫌だと思った。
天国に一人でいることほど苦痛なことはない。
その言葉を思い出す。
そう言ったのは誰だったっけ?

誰かいることを期待して、ただひたすらに、真っ直ぐに歩いてみた。けれど、どこもかしこもオレンジ一色なので、どこがどこなのか分からない。

「オレンジ色が嫌いになりそう」

そんなことを思わず呟く。他の色はないのだろうか。

そう思ったとき、前方に人影が現れた。私はほっとしてその人影に駆け寄る。後姿が見える。
あの、と声を掛けようとしたときだった。

「行かないで」

はっきりとした声が、後ろから聞こえ、驚いて後ろを振り返る。けれど、振り向いても誰もいない。きょろきょろと辺りを見渡すと、またさっきの声が聞こえてきた。

「行かないで。めぐみ。ずっとそばにいてよ」

「誰?」と訊ねてみても答える人はいない。そうこうしているうちにいつの間にか人影は消え、辺りが真っ白になり、私の意識も飛んだ。


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