ブン太たちはまとめて病院の一室に閉じ込められた。その真っ白い一室には何もなく、椅子も何もないので床に座るしかない。ブン太は入れられたときからずっと暴れている。

「出せっての! ……この! 聞こえてんだろぃ!!」
「……ブン太止めなよ」

寝息を立てているジローの横で、杏はただ静かに、そして半分諦めたように言った。ブン太は肩で息をしながら、そちらへ向き直る。

「……止めてどーすんだよ。このまま大人しく引き下がんのかよ」
「終わったらすぐ帰してもらえるって」
「……お前知らねーのかよ」
「何が」

ブン太は吐き捨てるように言った。

「脱走に失敗した奴らは、みんな記憶を塗り替えられるって話」
「……噂でしょ」
「ああ。ただの噂だ。でも、めぐみがいい例じゃねーか。二度と脱走なんてバカな真似はしないよう、イイコにさせられて……。周りの奴らだって、変だって思ってる。でも何も言わない。逆らったらそいつの記憶も上塗りだからな」
「……」
「俺たちはまだ何もされてない。だからここに連れてこられたんだよ」
「……」
「でも、俺はゼッタイに嫌だね。ゼッタイ諦めねぇ」

ブン太はまたドアを蹴り飛ばす。杏は何と言っていいのか分からなかった。他人事のように、今の状態を受け入れるしかなかった。

◇◇◇

「……」

病院まで来たのはいいけれど、建物の中は誰もいないように真っ暗だった。
三人はここにいる。必ず助け出す。
そう思ってはいるものの、入る勇気がなかなか出てこない。私と雅治は黙ったまま、入り口の前に立っていた。

病院と言うのは、こんなにも静かなものなのだろうか。それに、真っ暗なのも変だと思った。

「よし。行くぞ」
「う、うん」

雅治が覚悟を決めたのか、先になって病院の玄関に向かう。私の声は震えていた。声だけではない。足だって手だって、がくがくと震えている。暗闇が怖いのか、幽霊でも出そうで怖いのか。やはり得体の知れないものは怖い。最初からこの雰囲気に呑まれている。

持ってきた懐中電灯で辺りを照らしてみるが、人の気配がない。本当に杏たちはここにいるのだろうか。

「どこにおると思う?」

雅治は病院の案内板を照らして訊ねる。ここはかなりの広さだ。ひとつひとつ見ていくには、時間がかかりすぎる。

「……うーん、とりあえず病室だとは思うんだけど。入院患者用の」
「ああ。けど千室はあるけん。急がんと」

急がないとどうなってしまうのだろう。今まで学校は、反発組に対して何も対策を打っていない、ように見えた。けれど、野放しにするはずがない。反抗できないように記憶を上塗りだとか、黒い噂は絶えなかった。

もしかしたら私も……。
そう考えると寒気がした。

「どうする? 二手に分かれるか?」
「……ハチ」
「え?」
「二○八号室……」

不意に頭の中に「二○八」という数字が入ってきた。入ってきた、と言うより誰かがそう言った気がする。この病院にもちょうど、その番号の部屋がある。

「二○八号室に行ってみよう。そこに杏達がいるような気がする」
「気がするって……」
「勘違いなら謝るよ。でも、すごく気になるから」
「……分かった」

私が冗談で言っているわけではないことに気付くと、雅治も納得したようだった。二階にあるその部屋へ、二人で向かう事にする。

エレベーターは止まっていて動かない。どうやら電気が止められているらしく、上へ行くには階段しかなかった。運動らしい運動をした覚えがない私は、それだけで息が上がってしまう。その後ろから、雅治が涼しい顔をして上ってきた。

「あれれー? めぐみ、もう疲れた? 情けねーなー」
「よ、余裕だね……」
「おう。お前さんも運動しんしゃい運動!」
「……気が向いたらね」

雅治はそのまま私の横を通り過ぎ、一つ一つの部屋番号を見て回った。そしてひとつの部屋の前で立ち止まる。番号は私の言った二○八。

「おい。誰かおると?」

ノックをした後に、雅治が外から声を掛ける。誰だ、と言う声が部屋の奥から聴こえた。

「ブン太か? 俺、俺、雅治じゃけん」
「まっ雅治ぅ!? マジ!?」

すりガラスの向こうから、ブン太の赤い髪が見えた。私も急いでその扉に駆け寄る。

「ブン太! そこにみんないる?」
「めぐみか? いるいる! 無事だぜぃ!」

その声を聞いてほっとする。しかし、扉を開けようとしても、鍵がかかっていて開かない。

「ね、そっちから開かない? 鍵がかかってるの」
「えぇ? ないぜ。なんもない」
「う、嘘ぉ……!」

今度は鍵を取りに行かなければならない。暗闇の中もう一度戻って、どこにあるのか分からないものを探す。そう思うと私はパニックになってしまった。

「ねえ、どうしよう……」

雅治の方を向くが、彼の視線は別の方向を向いていた。それにつられて私もそちらを見る。

その先にいる人物が目に映り、私ははっとした。その人物が誰なのか暗闇でも分かるくらいだった。整った顔立ちの少年。ずっと、行方不明だった……。

彼はにっこりと笑い、ブン太たちのいる部屋の扉へゆっくりと近付いていく。私も雅治もその場から動くことが出来ず、じっと彼の様子を見ているだけだった。

鍵の開く音がして、それと同時に扉も勢いよく開いた。

「めぐみ! 開い……!」

ブン太の明るい声が途中で途切れる。彼も扉の前に立っていた人物を見て、目を見開いた。

彼は青白い顔でそこに立っている。その瞳には生気が無い。それでも微笑んだ表情はとても美しい。

「……精市」

部屋の奥から出てきた杏が、名前を呼んだ。誰もが動揺を隠せない。その場に立っているのがやっとのようだった。


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完璧な庭