「でさ、あれが丸井くん! 丸井くんってさ、すげぇんだぜ!」
「ふーん……」
「何だよそれ! めぐみってばちゃんと聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる」

よく晴れた日曜日。
ジローに連れられて、私はテニスコートに来ていた。どこかの学校が試合をしているらしく、ユニフォーム姿の選手たちがボールを追いかけている。ジローは楽しそうに、自分のお気に入りの選手を私に紹介してくれた。

買い物したかったんだけどなぁ、と口には出さずに目で訴えてみるが、ジローは気付かずに声援を送っている。元々、テニス部員でもマネージャーでも何でもない私が、ここにいること自体が異様だった。

つーかここ神奈川? 遠出しちゃったなぁ。来るだけでお金つかっちゃったよ、などとボールを目で追いかけながら他のことを考えていた。

あの事故の後、ジローは奇跡的に回復した。後遺症もなく元気に普通の生活を送っている。それと同時に、私とジローが交代で眠り続けることもなくなった。けれどもジローの体は、まだそれに慣れていないらしく、居眠りの時間が多いままだった。

おかげで私は、毎朝寝起きの悪い彼を起こさなければならない。

起きているときのこのテンションの高さもどうかと思う。周りの人の視線が気になり、私は恥ずかしくなって俯いた。

「ねぇ、ひとつ訊いていい?」

ジローが突然訊ねる。それが私に向けられた言葉なのだと気付くのに、すこし時間がかかった。

「めぐみさ、跡部のこと、好きなの?」
「……は?」

いきなりの脈絡の無い質問に、思わず訊き返す。「何で私が跡部のことを」と言いかけて言葉が出てこなかった。口をパクパクさせて混乱した頭を整理していると、それを見たジローは笑い出した。

「……なーんだ。よかった!」
「何それ! 気になるじゃないの! 言いなさいよ!」

勝手に一人で安心してから、ジローはまたテニスコートの方に視線を戻した。私はジローの腕を掴み、逃がさないようにする。きゃあ、めぐみの乱暴者! とジローはふざけた声を上げる。

結局ジローは、そのことについて何も言わないままだった。
……なんだか腑に落ちない。


「なぁ、あいつら双子?」
「んー?」

試合が終わった丸井は、ベンチに戻るなり、仁王に話しかける。「知らねぇよ」と言うかわりに、仁王はニヤニヤと笑って丸井の方を見た。

「何? 一目惚れ?」
「はぁ!? なんでそーなるワケ!?」
「あれれ? 丸井クン、顔が赤くなっとうよ?」
「うるせー!!」

殴りかかる勢いで丸井は仁王に飛び掛る。すんでのところでかわした仁王は、幸村のところまで逃げる。

「なぁなぁ、幸村! 丸井が好きな子おるんやって!」
「へぇー。どの子?」
「幸村くん! 違う! 仁王が勝手に言ってるだけだっての!」
「何なに? 何スか? 楽しそうッスね」
「おめーはいいんだよ!」

丸井の抗議に仁王と幸村は知らないフリをして、二人で丸井の片想い(?)の子を探している。そこへ切原もやってきたものだから、収拾がつかない。

すると突然後ろの方から丸井を呼ぶ声がして、その大きな声に驚いてそちらを向く。立海ベンチの上の方に、金髪の少年が興奮した様子でそこにいた。

「丸井くんすげーかっこよかった! 俺、芥川慈郎っての!」

丸井はもちろん、仁王も切原も幸村も、そのテンションの高さに押されてしまった。「何お前」と丸井が言いかけたとき、ジローと言った彼の少し離れたところにいる少女に仁王が気付いた。指差して仁王が幸村にこっそりと言う。

「あ、あの子じゃあ。丸井の好きな子」
「だーかーらー!!」
「おしいね。片割れに愛されちゃった」
「幸村くんまでー!!」

丸井の泣き言にも近い悲鳴と、ジローの歓喜の声。交じり合ったものが私の耳に届いた。

「丸井君のところへ行くから一緒に行こう」

そう言われ、ジローに引っ張られてきたのだったが、恥ずかしいので少し離れたところでその様子を見ていた。と、後ろから肩をポンと叩かれ、振り返ると女の子がいた。テニスバッグを肩にかけているのを見ると、どうやらテニス部らしい。

「賑やかな子ね。兄弟?」
「あ、うん。私の双子の兄」
「道理で似てると思った。私、橘杏って言うの。あなたの名前は?」
「え? あ、私? 私は芥川めぐみ」

あれ? と思った。この感覚はついさっきもあった。
ジローの言っていた丸井くんとその丸井くんと同じ学校らしい仁王くんと切原くん、そして部長の幸村くん。それからそれから……。
杏と名乗ったその子に訊ねる。

「ねぇ、前に会ったこと、ない?」


2004.03.END.


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完璧な庭