芥川慈郎はちょっと変わった人だった。
異常なくらいよく眠る。例えそれが、テスト前の大事な授業中だろうと、騒がしい休み時間の教室だろうと、お構い無しに寝ている。私は同じクラスになってから、寝ている姿しか見た事が無い(気がする)。

そんなジロー君の今日の格好はすごかった。ジロー君は遅刻して、二時間目の休み時間に登校してきた。

「あー……おはよー……」
「……何だよその格好は!!」

跡部君が珍しく声を荒げたので、声のした方をクラス全員が見る。クラスメイトの反応は様々だった。私はびっくりして声も出なかった。

ジロー君は、きちんと制服を着ていることは着ているものの、それは男子の制服ではなかった。……スカートをはいている。「似合う?」とくるりと回って見せる笑顔のジロー君に、跡部くんはおろか、誰も何も言えなかったようだ。

その後、ジロー君は職員室に呼ばれて行った。跡部君や他の人が、そんな格好をしている理由を訊いても、ジロー君は笑うだけ。でも私は、ジロー君が何の理由もなしに、あんな格好をするとは到底思えなかった。

●●●

放課後、忘れ物に気付いて私は教室へ向かう。教室には人影があった。誰だろう? と覗き込んでみるとジロー君だった。

声をかけようとして止めた。ジロー君が泣いているのが見えたからだ。涙のしずくが夕日にあたってきらりと光る。

教室の入り口で立ち尽くしていると、ジロー君が突然振り返り目が合う。どき、という音が聴こえた気がした。それが私からなのかジロー君からなのかは分からないけれども。

「あはは、見られちゃった」

ジロー君は笑った。逆光になっていてよく見えなかったが、ジロー君が悲しい顔をしたのはよく分かった。こんな悲しい顔をして笑う人だったっけ、と私は思った。どうしたの、と言いかけたが言葉が出てこない。声が詰まる。ジロー君の悲しそうな顔に私もつられてしまいそうになる。

夕日。
誰もいない教室。
涙。

それは身近なもの。けれど、それが一度にそろうとなんて切ないんだろう。ジロー君がゆっくりと口を開く。

「……好きな子の夢を見てた」
「夢?」
「うん。初めて夢に出てきたんだ」

私はジロー君がいつも寝ている理由を初めて知った。

その話を聞いてなんとなくめぐみちゃんのことを思い出した。去年同じクラスだったジロー君の双子の妹。めぐみちゃんは学校に来ない日もあった。理由は知らなかったけれども。去年は半分くらいしか来ていなかったけど、その半分はジロー君が来ていた。

「私たち二人で一人なの」

そう、めぐみちゃんが言っていたのを覚えている。

「でも、夢の中でその子を呼んでも全然気付いてくれないんだ。それどころか、どんどん遠くに行っちゃってもう見えなくなっちゃう」

ジロー君は窓の外を見ながらぼんやりと言った。その横顔は、双子だから当たり前だけれど、めぐみちゃんと重なって見えた。

「その子にちゃんと好きって言いたいけど言えないんだ。言いたくて言わないと苦しくてしょうがないのに言う方法が見つからない」

どうしようか、と苦笑いするジロー君が切なかった。私はただ黙っていることしか出来ない。何を言っても傷つけるような気がして、何と声をかけたらいいのか分からなかった。
ただただ私は、ジロー君の気持ちが伝わりますようにと、心の中で願った。

●●●

「ジロー君、その格好どうしたの?」

教室から一緒に出て行くとき、私はずっと思っていたことを口にしてみる。ジロー君はきょとんとして、スカートのすそを片方つまんだ。よく見るとブレザーも女子用のものだ。そこまで徹底しているとは恐れ入る。

「女の子の気持ちになってみようと思ってね」

ジロー君はまた笑って言った。



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完璧な庭