俺の見た夢。それはオレンジ色と水色の夢だった。懐かしい、と俺は思った。その切なさに胸が締め付けられる。でも居心地は良かった。ずっとここに居たい。そう思った瞬間に涙が溢れ、目が覚めた。

***

「言葉に出来ないんだったらね、文字にしたらいいと思う」

あまり話したことがないクラスの女子と、一緒に帰るのは何だかくすぐったい気分だった。その子は帰り際にそう呟いた。唐突なその言葉に、意味がわからなかった俺は首を傾げる。それを見て、彼女は決まりが悪そうに首を振った。

「あ、別に、余計なお世話だよね。ただ、その、何か悩んでるようだったら相談してくれても良いし、ええと」

ああ、さっきのことか、と俺は理解する。何気なく呟いた言葉に、真剣に考えてくれる人が居るなんて。俺は少し嬉しくなる。

「……ありがとう。俺、がんばってみるよ」
「……うん」

俺がそう言うと、彼女も安心したように笑い、俺もつられて笑った。信号に差し掛かった時、また明日、とお互いに手を振って別れた。

一人になってからも、さっきの言葉が頭の中で響いている。何だそれでいいんだ、と思うような何気ない解決法。でもそれでも俺はまだ悩む事だろう。その言葉をつづるのに時間がかかると思う。好きだとか、愛してるだとか。言っていいことだったらとっくの昔に伝えている。

「きみ、あぶな……」
「え?」

誰かが俺に向かって言ったらしい。でもその声は途中で遮られた。車のクラクションの音が近付いてる。

俺に向かって近付いていた。

でも、そのとき俺は決心していた。初めて想いを伝えてみようと。

***

めぐみ。

誰かが呼んだ気がして、目が覚めた。夕方の部屋は、オレンジ色に輝いている。ぼんやりしたまま部屋を見渡す。私が起きたなら、ジローが寝ているはずだったが、部屋には私しか居ない。別の部屋で寝ちゃったのかな、と家の中を捜す。階段を下りていくと電話が鳴った。

「はい。芥川です」
『あ、めぐみ? 起きてたのね。お母さんだけど』

電話に出ると母親からで、母は酷く慌てているようだった。「今病院にいるんだけど」と母親は早口で言った。

『慈郎が、慈郎が……大変なの! 意識不明で……!』

とにかく早く来て、と母親が言うので、私は受話器を置くと、すぐさま病院へ向かった。足が震えている。それでもとにかく走った。

***

手術が終わっても、ジローは機械に繋がれたまま横たわっている。それは見ているほうが痛々しくて、無意識にでも眉間にしわがよってしまう程だった。

病室で眠るジローを黙って見ていた。その表情はいつも見てた寝顔と何ら変わりない。それなのに悲しくなるのは何故だろう。

「ジロー」

名前をそっと囁いてみる。ピクリとも動かないジロー。優しく頭をなででやると、指の間に伝わる柔らかな髪の感触が心地よく、切ない。

いつかこんな『今』も甘酸っぱい恋の『記憶』として過去になる日が来るのだろうか。早くそんな日が来たらいいのに。

そのときは私たちが、せめてジローだけでも幸せでいてほしい。そんな願いを込めてジローの頬にキスをする。

不思議とやましさはなかった。



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