きみだけは、

男は通路の先に、とある女の姿を見つける。
彼女が見つめる先には、同じAチームの一員である少女──マシュ・キリエライトの背中があった。

「おや、キリシュタリア君」

彼女はAチームのリーダーであるキリシュタリアに気づき、こんにちは、とにこやかに微笑んだ。

「マシュとお話をしてみたかったんだけどね。どうやら間違えたようだ」
「間違えた、ですか」

その言葉の些細な違和感に、キリシュタリアは復唱する。

「そう、間違えた。挨拶を一言交わしただけで、それ以上の会話はさらりと切り上げられてしまったよ」
「彼女がその選択をしただけでは?」
「その選択をさせたのはきっと私だ。私がもう少し気を回せたり、彼女のことをわかってあげられたら、何か違ったと思うのだよ」

後頭部を掻きながら、彼女はへらりと笑う。
その笑みに、僅かでも自身への嘲笑の色がみえたものだから、キリシュタリアはそっと目を細めた。

「そうだとしたら、私もいつも、マシュとの会話で間違いを犯していることになる」
「君は間違ってないよ」
「……なぜ?」
「失敗はしていたとしても、それがいくら大きな失敗だったとしても、間違いではない」

質問の答えになっていないと思った。しかしキリシュタリアは黙って先を促す。最後まで聞かなければ、理解どころか知ることにも及ばないと思ったからだ。

「君のすること、為すこと、全てが正しい。間違いなんてひとつもない」

そんなことはない。あるはずがない。

「君を否定するのは、君だけで充分だ」

キリシュタリアは息を呑む。
微笑んだ女の瞳は、虹のような色彩を持ってはいない。星のような眩い輝きを持ってはいない。蛍光灯のように無機質な、色素の薄い、しかし確実な光。それは、キリシュタリアがたった今感じたものを、そのまま映したかのようにも思えた。

「おっとまずい、仕事を残していたんだった。呼び止めてごめんね、付き合ってくれてありがとう」

キリシュタリアが返事をする前に、女はくるりとスタッフの制服の裾を翻して去っていく。今、たった今、10分にも満たない短い会話。
その中に、かの魔術師の男は、一人の女の価値観を信じようとしていた。