結局どっちなの、って君の視線が咎めた気がして





痛いことは嫌い。されるのも、するのも。けれど、仕方のないことだって思うようになったのはいつからだろう。

死ななければ、それ以外はいいだろうって。

今、目の前で太ももを抱えるように呻き声をあげる男も、仕方がないよねって。だって、このままここにいてね。動かないでねって、お願いしても無駄でしょう?後から、私たちが不利になるなら、いま。手を打たないとって、そのやり方。間違ってた?


「北山さん…?」

『…いこ、はやく。銃声で来ちゃうね、人が。』


二人の拘束をほどいて、廊下へ出る。真っ暗な廊下は月明りと、部屋から溢れる光だけで歩かないといけないのか。


「あ、あの、さっきの人…。」

『殺してないって、動けなくしただけ。』

「でも、…怪我とか、」

『あんなので死なないよ。さっさと沢田と合流しよ?あいつなら敵でも治療するだろうし。』


自分でしたことなのに。自信が持てない。ごめんね、嫌だよね。そりゃあ。善かれ、と思ってした行動が否定されるのは。

この話を終わらしたくて、無理矢理思考を放棄した。
階段…。上に昇るか下るか。悩むところではあるけれど…下だね。敵も血眼でわたしたちのことを探しているかもしれない。逃げ出す道はばれているはず…。


“作戦漏れていたのに、突っ込むなんて命知らず。”


だめだ、過去の自分が思い出される。
命知らず、確かにね。けれど、このままかくれんぼのように隠れていても仕方がない。

沢田が来ているかもしれない、だから待っていてもいい。


「向こうから…足音が…!」

『…走ろ。』


ごめん、ベル。
突っ込んで行っちゃった。私も、命知らずかな。















05.再帰
















山本の雨燕が建物内に雨を降らし、出来る限りの敵を眠らせていた。指輪を持たない敵だったからこそ、こんな風に穏便に済ませたのかもしれない。けれど、俺らはやっぱりまだまだ経験値は少なくて。
敵わないくらいの敵ばかり相手をしてきたことしかなかったから。


『沢田!』


声がしたほうを振り向けば、京子ちゃんとハルの後ろから様子を見るように走る北山の姿がみえた。一直線にこちらに向かって走る彼女たちに、俺も同じように走った。よかった、と思うけれど、まだ安心はできない。3人が、こちらに来るまでは、まだ。

ふと、走る足を止めたのは北山だった。オレは彼女の視線を辿った。その先には、数人の男の姿がある。
そいつらは、銃を向けながらこちらに走って──


「ツナさん!」


京子ちゃんとハルが抱きついてきたから、優しく受け止めながらも、オレの視線は離せないでいた。

まるで、映画のワンシーンのようだった。時間が止まったように、彼女は足を止めていた。全身を、顔を、そして表情でさえも。
男たちは彼女に、オレらに、銃を向けながら焦っている。やがて、誰かが。彼らの中の誰かが1発、発砲すると同時に続くように鳴り響いた発砲音。そして、彼女は動いた。
周りに、山本も獄寺くんもいたはずなのに。オレの目には北山の姿しか入ってこなかった。オレらに向けて撃たれた銃弾を、彼女は自身の銃で撃った弾とで相殺させた。一発しか発砲していないのに、雲属性の炎の影響なのか、数十発ほどに膨れ上がった散弾で。


『ちょこざいなぁ。』


銃撃戦のようになったこの場に土煙が上がる。
その時、垣間見える彼女の顔は、不安げな二人とは違い、どこか楽しそうで。それでいて挑発的な笑みを浮かべていた。強い敵を見つけたときの、雲雀さんそっくりな笑みを。


「北山…!」

『大丈夫、こいつら、貰うね。』


そして、彼女のとなりにはベルフェゴールの姿があった。いつ、どのタイミングで現れたのか。
しかし、彼女は驚くこともなく、銃の残弾を確認し、服の汚れを払った。


「盗まれた荷物、取りに来たんだけど。」

『荷物はね、箱を出て自力で戻るんだよ。』

「っしし、よく言うぜ。
久々に戦闘モードじゃん。…ついてこいよ。」

『…ついていくよ。』


一瞬、二人が重なるようにオレには見えた。この時間と空間とを楽しむように、畳み掛けに走る彼らの姿に、誰しもが視線を奪われただろう。嵐の炎で周りを囲まれ、激しく炎が燃え上がるように、彼女とベルフェゴールも動いていた。二人の影が、呼吸をするように揺れた。















湯船にゆったりと浸かり、鼻歌を歌いながら外に出た。ふかふかのタオルで全身を拭き、浴室を出てからさらにバスタオルに包まれるように髪や体の水気を取った。ドライヤーがめんどうだが、少しでもここにいる時間が欲しくて、念入りに。すべての髪の毛が乾くまでゆっくりと丁寧に乾かしてから、ようやく脱衣室を出た。部屋にいくまでに時計を見ると、およそ一時間半ほど、入浴に費やしていたらしい。


「おせぇ。」


部屋までまだまだ距離はあるのに、彼は何もない廊下で待っていた。


「考えてること丸わかり。」

『…参ったなぁ。』

「飯。寿司くいてーの。」


それだけ。たったそれだけなのに、少し緊張した。怒られるかな、とか。呆れられたかな、とか。

返事を待たずに彼は歩き出す。だから、わたしもその背中を追いかけた。






prev目次next
ALICE+