一番近いはずで、遠いはずで
雲雀の部屋は、沢田のところとは違い、和、一色だった。こんな時間だというのに、招いてくれた上に茶まで出てくるものだから、なにか裏がありそうだ。
着替える。といって消えた雲雀。そうして茶菓子とお茶をすすること数十分。正座がそろそろ、と足を楽な姿勢にしようとしたときに襖は開いた。
「待たせたね。」
『…いや、そこまでは。』
和服がこれほどまでに似合う男がいるだろうか?
「何?」
『…和服なんだなって。』
「別に君には関係のないことさ。それで、あの肉食動物どもに食われかけたのかい?」
『そんなことはないよ。…怒られた。普通に。』
「昨日の件?君が怒られるような失態を起こしたとは聞いてないけれど。」
さすが、情報が早いな。
『負傷者、居たでしょ。それ、私がね、やったの。』
「だから?」
『その、中途半端だって。
殺すなら殺す、寝かせるだけならもっとましな方法でって。…ほら、笹川や三浦がいたのに、中途半端なことだからって。』
「…はぁ、君もうるさいあの外国人も。素直じゃない。」
素直じゃない?
「君は今でもヴァリアーが危険因子とされ、本部から監視されているのは知っているの?」
『…そりゃあ、逐一本部に報告しているのは私だし。』
「その君が、ヴァリアーの中でも穏健だと思われていることは?」
『それは、』
私に、実力がないから。
「君は自分のことを過小評価しすぎだよ。沢田綱吉みたいに。
それが嫌なんだろう、彼も。君にはもっと堂々と振る舞ってほしいんだよ。」
『…気持ち、悪い。』
「…?」
『雲雀が、そんな事言う?』
「失礼だね。僕は弱い群れた草食動物が嫌いなだけさ。君もそうなら、噛み殺してあげる。」
『鬱憤、晴らすにしては相手が違うかな?』
手元にある武器を確認して、見せる。
弾が無くなれば、ベルのナイフがある。
「ワオ、君がまさか歯を剥き出すなんてね。」
『雲雀には恨み所か、本当は感謝しなくちゃいけないんだけど。ちょっと付き合って。』
「…来なよ。」
彼が口角をゆっくりあげるのを見届けて、私は立ちあがり、床を蹴った。それなのに、足が正座のせいで縺れて、すぐさま床にご対面したのは墓場まで持っていこうと思う。
「…ねぇ、君さ。」
『うるさい。』
こういう時の方が調子がよかったりする。だんっと足をたてて立ちあがり、銃を構える。大丈夫、最強だと唄われたって、所詮人間。隙はあるし、癖もある。一発くらいぶち込もう。
『明日は仕事?』
「どうして?」
『腹に穴、ぶち開けてやろうかと思って。』
「ふぅん、やれるならね。僕も君の、その鼻をへし折ってあげるよ。」
草壁の、抑止の声を浴びながら、互いに構え殺気が飛んだ。この場所で、この相手と戦う。恐怖なのか、楽しみなのか。この瞬間が、一番楽しい。きっと手加減も同情も要らない。
さぁ、始めよう。
合図のように、銃声をならした。
やはり、雲雀はただ者じゃなかった。
目が覚めたのはボンゴレの、沢田の方の医務室。
目を閉じれば浮かぶのは、雲雀の不適な笑みだった。攻めしか知らないのかって言うほどには攻められた。防いでも、防いでも掻い潜りトンファーが鼻先を掠める。
『…あ、折れて、ない。』
「バッカじゃねーの。お前が雲雀に挑むなんて。」
『…あ、ベル。』
「30分後、出るから。」
『ねぇ、雲雀って、なんであんなに強いんだろう。』
「は?」
決して、雲雀は速い動きというわけではなかった。目で追うことができたのだから。ただ、予想しづらい動きはしていた。ゆらり、とゆれる幽霊みたいな。
「っしし、何お前。分かってきた?強い敵と殺り合う楽しさ。」
『…いや、もうしたくはないけれど。』
「訳わかんねーの。」
『スクアーロは?』
「さぁ?山本とかと遊んでんじゃね?」
『ん。探そっと。』
痛っ。筋肉痛かな。普段使わないような筋肉を使ったから。
昨日はあれほど頭に血が上っていたのに。基本的に、怒りは持続せず、少ししてからどうでもよくなってしまう事が多い。得な性格ではあると思う。
「なぁ、お前を幹部にあげたの、誰だと思う?」
『…ボスじゃないの?口添えはベルで。』
「違ぇよ。あのリング争ったとき、お前の洞察力に目をつけたんだってよ。スクアーロが。それから、ゴーラモスカはあくまで作戦のため、本当に必要な雲として、お前が選ばれたのは、一番ヴァリアーに拘るくせに、ヴァリアーっぽくねぇって。」
『誉めてる?』
「“何ものにもとらわれることなく独自の立場からファミリーを守護する孤高の浮き雲”」
そんなの、ただ言葉を並べただけの建前じゃん。
「他の幹部にはいない、独自の立場からヴァリアー背負ってんだろって。だから無理してこっちに来なくていいんだよ、お前は。」
『ヴァリアー、辞めるって言っちゃった。』
「逃がす訳ねーよ。」
『スクアーロ、結構怒ってるからなぁ。』
「んー、怒ってるっつーかあれは、」
「ゔお゙ぉい!!さっさと支度しやがれ!そのまま任務だぁ!」
「だってよ、…澪?」
このままでは、帰れない。
やっと、わかった気がする。この旅の、終着点が。
私とベルのケンカも、スクアーロとのケンカも。
「…何の真似だぁ。」
こうやって、さっきも負けたばかりなのに。
残弾はあまりない。けれど、リングはある。いざとなれば、炎を使う。
『気に入らないことがあるなら、いつだって拳で従わせてきたでしょう?』
だったら、互いに素直になれないのなら。こうして、拳で語ろうよ。
『私相手に加減は必要ないでしょ。』
自らの弱さ故に、私を死なせた未来から覚ましてあげる。スクアーロ、私はあの記憶であなたを恨んだこともないのに。過保護になったね、私を死なせまいとしているのでしょう?そんなの、らしくない。建前なんて、本当に建前でしかない。ボスの顔に泥を塗る?確かに、分かるよ。分かってやっているのもある。ボスがこの世で嫌いな存在の元へ逃げ込むのだから。そりゃあ嫌だよね。ごめんね。でも、そういうものでしょう。嫌がらせってのは。
「白旗上げんなら、さっさと上げろよぉ゙!!!!」
攻め込むときは、いつだって利き脚からだよね。それから、私が左に逃げようものならあなたは行く手に火薬を飛ばすの。そうして、ブレーキをかけた所に振り翳す刃。潜り抜けて頬へ一発平手をかます。爪先しか掠りはしないけれど、それでも一発は返してやった。
『伊達に、一番近くで見てきた訳じゃない。』
遠かった。みんなの存在が、酷く遠くて泣いた日だってあった。それでも、私を捨てずに鍛えてくれた。
思い出すのは、辛くも楽しく、生きていく日々。
『もう、守られなくてもいいってことを、証明する。』
あなたが弱くても、私はもう死なないんだって。無限の命だろうと、私は粗末に扱ったりはしない。
「ちったぁ、ましな構えになったな。だが、まだまだ弱ぇえ゙!!!!」
向けられる殺気も、刃も、鋭い眼光だって。
全て越えてやる。私にできることは、そうやっていつまでもあなたたちに食らい付いていくだけなのだから。
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