ずっと続くはずの平行線





『終わっ…た。』


目の前の紙の束が消えた。あれから2週間。我ながらよくやった。飯を食うな、という宣言はボスが時おり投げて寄越すお菓子、それから使用人さんが運んできてくれるご飯もあり、餓死は免れた。早朝から書類とにらめっこしては、ご飯を食べ。息抜きという名の射撃訓練。そして一汗流しに部屋へ戻り風呂、また書類の世界へと旅立つこと2週間。目の前の山は消えた。隈は消えない。
寝よう、少しだけでも。いや、これだけ頑張ったのなら昼過ぎまで寝てもいいんじゃないか。


「…あー、てめぇだけか。XANXUSは?」


そんな時に執務室へやって来る空気の読めない男はこいつだ。そして手にもつ書類には思わず顔をしかめる。


『まさか、これもしろと?』

「違ぇ。こいつはさっき本部が寄越してきたもんだ。」

『よかった、ボスなら奥の部屋で寝てる。私も寝る。』


ベスターもいない。私をこの部屋に閉じ込める存在はいない。される理由ももうない。自分の部屋で、マイルーム、マイベッド、あの温もりに今包まれるんだ、と踏み出したが、抑止される。だれに?


『スクアーロ?どうして、』

「一杯くらい付き合え。」

『え、いや。私。』


ものすごく眠たいんですけれど。















09.無窮
















目の前に置かれたココア。マシュマロが浮かべられたココア。その目の前に座り、嗜むのはお酒。分かっていない、こいつは。相変わらず。はじめから最後まで、この騒動の根幹を。


「あ?なんだぁ、その目は。」

『別にー。私さ、見た目変わらないけど中身は20を超えたいい年したお姉さんな訳よ。』

「酒が飲みてぇならそう言え。」

『あーー違う。』


グラスをもうひとつ用意し、注ごうとした鮫を抑止する。


『子供扱いしすぎ。』


まだまだ、子供だけれど。それでも一人で立って歩いていけるほどには、成長しているはずだ。


『女はね、男なしでも生きていけるくらい強いんだよ。』

「てめぇを怒らせたら面倒だっつーのは分かったが、まだまだだな。それに、ベルみてぇな人殺しがしたいわけじゃねぇなら、そいつはいざというときしか持つな。」


そいつ、と顎で指されたのは銃。
いつになく、真剣に言うものだから思わず頷いてしまった。


「ひょっこりこっちに引きずり込んだが、てめぇはそこにいろ。こっちまで落ちる必要はねぇ。」

『ばかだなぁ。それだよ。その気持ちはありがとってなるけれど。俺の隣を歩け、背中は任せたってなりたいんだよ。私は。』

「なら、行くか?コイツ。」


SSランクの任務を見せられる。これは、さっきスクアーロがボスに持ってきたやつだ。


「失敗すれば殺されっぞ。」

『私単独?』

「んな訳あるか。」

『スクアーロは誰と行くつもりだった?』

「XANXUS。」

『え。』

「他の連中には任せられねぇ極秘を含んだ事案だからな。マーモンでもいいが、アイツはコストがかかりすぎる。」

『…一個だけ聞かせて?リング戦のときも、未来の記憶でも、どうして1歩踏み込ませたことを教えてくれるの?それなのに、1歩も踏み込ませてくれないの?』


ゴーラモスカを教えてくれたこと。白蘭に近付くこと。他の幹部よりもボスに近い私なのに、ヴァリアーとしては一番遠い場所にいる。ずっと疑問だった。


「さぁな。XANXUSの気紛れだろ。使えるもんは使う。」

『かといって給料がいいわけじゃないし。』

「あ?足りねぇのか?」

『むしろありあまってるよ。死ぬまでに使いきれるかも危ない。』

「死なねぇくせに。」

『殺してくれるんでしょ。その時私を殺せた人にあげようか、お金。』

「マーモンに殺されるな、それなら。」


あはは、間違いないね。
そう言って暫く、会話は無かった。うん、大丈夫。もう元通りだ。思い残すこともない。はっきりと、吹っ切れた。


「2日後」

『ん?』

「こいつをオレとてめぇでやる。十分だろ。」

『背中は任せて。』

「言ってろ、ガキ。」


ぐいっと、お酒を飲み干したスクアーロが部屋を出ていく。私も、ココアを飲み干して任務の詳細が書かれた紙を片手に部屋を出る。真っ暗な廊下に。
















『SSランクの任務。行ってきます。』


隊服に身を包み、なぜか気合いをいれての化粧。お守りだとナイフを一本拝借するね。と、壁に突き刺さるオレのオリジナルを引き抜いて靴に仕込んでいた。めかしこんで行くのが血生臭い任務だなんて、どこで何を間違えた。そう思いながら笑顔で出発したのが7時間前。

明け方に屋敷が騒がしくなったので目が覚める。何だ、うるさい、王子の眠りを妨げたら許さねぇって殺してやろうかと思っていたら聞こえたのは澪が重体だという声。まさか、任務にはスクアーロも居たはず、と寝起きの頭はフル稼働して医務室へと足を運べば、へらり。と笑うあいつの姿があった。


『しくじった。』


聞けば、もみくちゃになるような戦いだった、らしい。スクアーロが見たときには、部下を自らの体で庇い、その体に何十もの弾丸を受けて彼女は部下を守った。時間を稼ぎ、自らを盾としてでも殲滅しろ。澪の命令を受けた隊員も厄介な上司を持ったな。


『私の取り柄を生かさないとね。でもね、今日は気絶しなかった。』


した方が、苦しくないんだけど。なんて言うあいつの顔を直視はできない。命の重みをオレが語るしかくはないかもしれないが、こいつは、自身の重みを軽く見積もりすぎだ。何度、オレはお前を殺すのだろう。死よりも辛い、現実で。何度も、何度もオレらに殺され続けるのだろう。それでも、へらりと笑って自らの力不足だと笑うのだ。
あの、未来でも。


『スクアーロ、怒ってるかなぁ。』


弾丸を全て摘出してからの回復は早い。体は治せても、心は傷がついたままなのに。


「お前さ、やっぱデスクワークの方が向いてんじゃねーの?」


こいつの弱さは、武力なんかではない。他人の痛みを引き受けようとする、その自己犠牲だ。周りの奴等を陥れてでも自らを勝者とするオレらとは真反対の生物。


『…うん、確かに。足手まといだな、これじゃあ。』


違う。そう、言ってしまえればどれほど楽なのか。
どうして、伝わらない。お前が怪我をする度にオレらはゆっくりとお前を殺している。暴力なんかよりもずつと質の悪い殺しを。
守らなくてもいい、いっそ見捨ててしまえばいい。
それなのに、澪は守る。澪の世界を守るために。それをオレらが守ると、澪は自らを弱い弱いと自己嫌悪する。その、永遠の平行線の先にあるのは。


『強く、なりたいなぁ。』


SSランクが一人でもできるように?
他人を身でかばうより先に敵を倒せるように?


「お前は十分、だろ。」


十分、よくやっている。無償で仲間を守るお前だからこそ、オレらも守る。お前が、怪我をしないように。いつかひょっこりと死んでしまわないように。弱いゆえに体を張る強い心を持つお前を。


「死ぬときは、オレが殺してやっから。」


だから、死ぬな。






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