02
「この話、他には流さないでくださいよ?ここだけの“秘密”にしといてくださいね。実は、彼女──あの、最強部隊唯一の女幹部は、“化物”なんだって話だ。…と言っても、私も聞いただけなんですけどねぇ。彼女、素性は一切分からない。実力も未知数、ただ元最強部隊の隊員がね、可笑しな事を言うんですよ。“知らない”と。」
最強部隊の女幹部、その単語が出てきたときに何となく裏の情報屋にしては優秀だと舌を巻いた。
「いやね?ヴァリアー以外のあの組織の連中に聞けばみんな口を揃えて言うんですよ。“普通の女”だと。なぜあの部隊に席を置いているのか、実力については見たことがない、とね。」
「ほぉ、興味深いな。つまり、君が言いたいのは元隊員は、正しくは“言えない”ということか。」
「他の幹部についても聞いたのさ、なら何て答えたと思う?素晴らしいお方だ、あの人たちには敵わない、人間を越えている、そんな言葉ばかりだったのに、彼女についてだけは“知らない、詳しくない”と。そんな筈はない。聞けば彼女はあの後継者争いにも出ていたそうだ、それから、アルコバレーノの時もね。それなのに、こんなことがあるのか。」
「私もね、姿はみたことがあるよ。ボンゴレのパーティだったかな。10代目ファミリーとも、門外顧問とも、あのキャバッローネやミルフィオーレとも対等に話す姿に周りを驚かせていたよ。」
「そうそう、彼女はヴァリアーのだれよりも明るい世界で生きている。それなのに、何もないんだよ、彼女の経歴も、北山澪という名前さえ本名なのか。」
そこで一度、男は言葉を区切った。そして、鞄から小さなパソコンを取り出した。
「これ、実はもう他に売ったんですけれどね。その人が、コピーでいいと。」
パソコンを開いて、映像を映す。監視カメラの映像は、暫く真っ黒な暗闇を映しているだけだった。しかし、一瞬、何かの影が通ると伝染するようにして次々と光が照らされる。
「これ、は。」
「日本での後継者争い、その後。ですよ。
ヴァリアーは本部にて監禁されて居たんですけれどね、何かの拍子で一斉に逃げ出した。いや、帰った。それも、幹部全員を引き連れて。」
その映像には、XANXUSを筆頭にスクアーロ、レヴィと本部から足を遠ざけていく姿が映し出されていた。
「これが、何なんだ?」
「まぁ、みていてください。」
XANXUSの隣を、一歩下がって歩く女がいた。銃撃戦のなか、たった一発。彼女は受けて、崩れ落ちるように力が抜けていた。直ぐ様壊れ物を扱うように受け止めたベルフェゴール。全てをかき消すかのように溢れた炎。映像は、ここまでだった。
「彼女は、撃たれて死んだはずなんですよ。」
「そんな、こと。…まさか、いや、知ってますよ。彼女が生きていたことは。ヴァリアーが、仲間の死をも利用した、この話は有名なとことです。」
「もし、彼女が、不死身、なんてこと。」
「っ…まさか、そんな、こと、」
「っしし、あるんじゃねーの?」
「ベル、殺すのは聞き出してからだよ。」
「わーってるって。んー。でも、それ。一人で十分だよな。」
暗い店内、客はサラサラと消えていく。そして、青ざめる二人の男は歪んだ笑みを浮かべている。殺すのは情報屋の目の前で、それも残酷にしてやろう。逃げ道を、楽に死にたいなら話せよって行って用意してあげる。
「っしし、なに、澪のこと知りてーなら教えてやるよ。」
あいつが、いつだって背負う痛みを一緒に。
きっかけは、本当に奇跡のようだった。
例の医者に近付くようにしてから早2日。
「紅茶でよかったかしら?」
『あ、はい。…お構い無く。』
どこか、違和感を感じながらもまさか本拠地に乗り込むことになるとは。買い物帰りに落した果物を拾ってくれたことからの縁。豪邸の中に呼ばれ、だれが断る?任務の要となる人物なのだから探らないとね。
「イタリアはもう長いんですか?」
『いや、まだ数年ですよ。だからイタリア語は辿々しいでしょう?』
「いえいえ、お上手ですよ。」
秘書、らしき女性。けれど、きっと只者じゃない。ふんわりと、血の香りがする。わたしも気を付けなければ。もしかしたら全てバレていて、殺されるかもしれないのだから。
「お待たせしたかね?」
年齢は40歳後半くらいだろうか。白衣の医者はこちらへきて、目の前の椅子に座った。…写真の通り。
「君が探りに来ることは予想した通りだよ。」
『…は?』
「ヴァリアーは厄介でね。とくに、XANXUSだよ。少しでもしくじれば嗅ぎ付ける。血に飢えた、ハイエナのように。」
それは、どちらかといえばスクアーロな気がするけれど。それより、なぜ、私を。
「ずっと、君に会いたかったんだよ。けれど君という女は、あの屋敷から出てきやしない。出てきたと思えば邪魔な奴等と。」
『…待って、なんで私?』
「君にしか、出来ないことなんだ。何人も試した。だめだ、君じゃないと。」
だめだ、話が通じない。興奮しているのか、それとも元々可笑しいのか。前者だろうけれど、この相手は厄介だ。
「仲間はこない、餌をまいた。君を大切にするあまり、君を殺してしまうんだ。」
『…っあはは、大切?大切にされているのかなぁ。』
私はある意味爆弾だ。彼らにとって、だから目を離さないだけなのに。
『私、報告するけど、全部話していいの?』
「そんな心配はない、君がこの建物に入った瞬間。僕の勝利が決定する。」
『勝ち負け?』
「この建物は、外界のあらゆるものをシャットダウンする。きみの通信機もただのがらくたさ。」
『だったら、自力で帰る。』
「…帰せない。ミーナが、待っているんだ。」
何をいっているんだ、こいつ。と、銃を構えたところで足元から電流が流れ、思わず床に倒れこんだ。
『な、何…!?』
「この床は、特殊でね。」
『うっ…!?』
倒れこんだ腕から、膝、全てから痛みを伴って込み上げてくる。まさか、こんな事で。片腕を捕まれて、注射器を刺された。ダメだと分かっていても、体は動いてくれない。
「ミーナ、いま、助けるからね。」
まぶたが重たい、どうしよう。とんだ、はずれクジをひいた。
<標的の自宅潜入します。>
昼前にやって来たメール。仕事が終わってから見るともう一通届いていた。
<今のところ怪しいことはなかった。>
それだけ。たったそれだけの簡素なメール。いつも通りの文面。ただ、ひとつ、
「なぁ、スクアーロ。あいつ、何の仕事?」
「あ?てめぇらが澪の事を嗅ぎ回る連中狩るっつーから遠ざけただけだぁ。今は下町に住んで」
「っしし、なんでこいつオレにメールしたと思う?」
公私混合はしない。仕事のことはスクアーロかボスに。それだけは、守っていたのに。
「たまたま外出先での思わぬチャンスに飛び付いた、から取り合えずてめぇに連絡したっつーことか。」
「それなら、なんで、報告もこいつオレにしてるんだっつの。」
メール画面を閉じて電話を掛けた。もちろん、澪に。けれど、電源が入っていないとか、そんな筈はないよね。
「っしし、やーっぱね。マーモンさがそっと。
殺されても別に死なねーアイツだけど、それバレんのもめんどくせーことになるっつーか。」
「ベル」
ふわふわとやってきたマーモン。ナイスタイミング。
「はめられたみたいだね。」
「…?」
「さっきの情報屋さ。澪の追っている医者に売ったみたいだよ。」
「あー、そゆこと。」
「ゔお゙ぉい…訳分からねぇ。どうして澪が狙われる?」
「知らね。まぁ行けば分かるって。」
GPSはある家の庭を指していた。用心深いあいつのことだから、いざというときのためにばら蒔いていたのだろう。例え、自らが死んだとしても、仕事を成功させようとする。その意気だけは認めてやらねーと。
「早くしないとね。怨恨なら殺されてるよ。」
「っしし、そんときはサボテンにしてやるよ。」
雲ひとつなかった空だったのに、いつの間にか雨雲が覆いポツリ、と頬を濡らした。車に乗り込んで、自分が何かに焦っているように、指で時を刻んでいたことに気づく。一体、何に焦っているのか。さっきまで軽口を叩いていた筈のスクアーロとマーモンも、車内は静かだった。
いや、ちがう。足りない。あいつが。
だから。こんなにも静かなのか。
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