04
どこか遠くで声が聞こえる。
怒鳴るような声、それから私の名前を呼ぶ声。
身体中が、どうしようもなく辛いんだ。重たくて、目蓋も開けれない。右手が、じんわりと暖かい。そして、そこからゆっくりと感じる感触。腕から肩へ、肩から胸、胸から腰。そして波紋を広げるようにゆっくりと感覚が戻ってきた。
「生きてんの?」
「は、はい。しかし、その、心臓から送られる血液が身体中に回ってはいるのですが…このままだと…失血の恐れが。」
「なんとかしろって。」
「そう、言われ、ましても。」
ベル?大丈夫だよ、治るから。時間は、かかるけれど。いつだってそうでしょ。1日くらい、寝れば。
「なぁ、…死ぬな。」
そんなこと、言うはずがない。
微睡む意識の中で、ベルが泣いているように見えたのも、気のせい。
抱えあげたこいつの顔は、真っ青で。いまにも鼓動が止まりそうだった。待機させていた車を飛ばして医療班を呼びつけたが、こいつは見せても仕方がない。あいつの事を担当とする医師に、死なせたら殺す。なんて言っても意味のないことはわかっている。報告はスクアーロに任せて、つーか、忘れてただけだけど。
「休め、ベル。」
「別に…こいつが手離さねぇだけだから。」
本当は、弱々しいこの手も引っ込めればすぐ外れるだろうに。それでもひんやりと冷たい手を離す気にはなれなかった。
どうして、こいつは此所に居てくれないのだろう。
この世界で、自分の存在を認めるものは何一つ無く、生きているのか死んでいるのかも定かではない存在の癖に。
オレが、オレだけがあの路地裏で見つけた存在がだったのに。いつの間にか、ヴァリアーという組織を家に、人を家族にしてあげたお前は、跳ね馬や日本のガキ共だけでなく、白蘭にも存在を認めさせ生きている。
「なぁ、スクアーロ。こいつ、時々死なせた方がいいんじゃねーの、って思うんだけど。」
こちらで存在が消えたとして。こいつは、もしかしたら元居たところで人殺しなんてこともせずに、日本のガキ共みたいに、学生やって。普通に生きていけるんじゃねーかって。
「そいつもコイツが決めんだろ。こいつは、本当に死んじまうくらいならてめぇの前には飛び出しやしねぇよ。」
─いや、そんなことは、ない。と、直感が告げる。
「こいつを、オレは無理矢理ヴァリアーに入隊させて。手も汚させて、戻るにも戻れない生活にさせたわけよ。オレは。」
居場所を与えてやった、なんて到底言えない。どちらかと言えば、幽閉した。この、世界に。
「その癖に、こいつは。恨むことも嘆くこともしないで。自ら自分の世界に鍵かけてさ。その鍵はオレらに預けて。止まった時間を、何度も繰り返すように死んで、生き返って。それでまた死んで、生きて。でも、何も変わらない。」
「だから殺して解放かぁ?てめぇらしくもねぇな。起きたら伝えりゃあいい、笑ってバカにして、そんでいつも通りの言葉を吐くだろうよ。」
“わたしはどうやら死ねないらしい。一人残るのは、いやなんだよね。だから、いつか、──”
『あ、れ…?ベ、ル?』
繋いでいた手が、やんわりと握り返された。うっすらと開いた目と目が合った。
『ベル!』
何かに驚くように跳び跳ねて、苦痛に顔を歪めながらも頬に手を当ててきた。
『あ、よ、かった。…あはは、怒らないでね。ベルがさ、泣いてるように見えて。よかった、夢だ。』
「まーた、死にやがったな。てめぇ。」
『ごめんなさい、死体回収なんてさせちゃって。重たかったし、面倒だったでしょ。』
「もう、死ぬなって。」
『ん、ごめんって。でもほら、生き返っちゃうし。時間はかかるけど。それに、私に出来るのはそれくらいだしさ。…でも確かに、死体持ち帰るのって気持ち悪いね。大抵血だらけだし、これじゃ、ルッスーリアのことも笑え…』
「黙れって。」
もう、何も話してほしくなくて。殺気がこもるように言葉を吐いた。すると、ばつが悪そうに、小さく『ごめんなさい。』なんて言って。
「…違う、そうじゃねぇよ。」
なんでお前が謝るんの。
「死ぬな。っつーのは…ああクソ。やってらんねーよ。」
繋いでいた手は、やんわりと離れた。目が覚めたから、と近くにいたナースを呼べば慌ただしくなった病室。
なぁ。どうしたらいい。
お前に、死ぬな、って言った意味を。どう伝えればお前は自分を責めないで済む?
「澪が君を怒らしたって、言ってたけど。」
「はぁ?怒ってねーし。」
「君も澪も似た者同士だからね。」
「オレはあんな自傷趣味ねーよ。」
「今晩にも部屋に帰れるらしいよ、澪は。流石だね、あの回復力。」
「…いらねぇよ、あんなの。」
不老不死なんざ、ただの地獄だろ。
病室を覗くと、片手に目をやったまま微動だにしない澪の姿があった。
「気分は?」
『ああ、スクアーロ。…ありがとう、助かった。もう、大丈夫。』
愛想笑いでオレに言葉を返してきた。これは、何かあったな。
「ベルか?」
『…おかしいよね。だって、あいつ。私に死ぬな、って。』
「てめぇに死んでほしくねぇ。それのどこが可笑しい。あいつにだって情のひとつふたつ、」
『ちがう、』
何かを否定するように、首を振った。
「あ?」
『…あいつは、そんな、情とか。…ないよ。今も昔も、興味がなくなれば殺すよ、あいつは。だから、』
そんな言葉、手を見ながら話すもんじゃねぇよ。
「本当は、分かってんだろぉ?認めりゃあ良いものを。
オラ、見舞いの品だ。報告書、てめぇが死んだところからは書いてやった。それまでの経緯はてめぇにしか分からねぇだろ。」
捨て台詞のように、立ち上がった。これ以上は、同じ話の繰り返しになる。さっさと、認めちまえばいい。
『スクアーロ』
「あぁ゙?」
『手、握ってみてくれない?』
深刻そうな声色とは裏腹に、澪は手のひらを差し出してきた。その行動に、何かの意味があるのだろうか。
『…やめた、やっぱりスクアーロとベルは違うや。』
「あんなガキと一緒にしてもらっても困る。」
『だよね。…んー、見舞いはメロンが良かったな。報告書ね、書きます。だから睨まないで。』
うるせぇ、もとからこの目だ。睨んだ覚えもねぇよ。
『ベル、ただいま。』
こうやって眺める景色も、今、目の前にいる人もみんな存在しているのかな。本当は、いつか覚める夢なのかな。これから、私は、いちいち確かめないといけないのかな。
『あのさ、私。』
「もーよくね?生きてんだし。」
『なら、一言だけ。』
「あ?」
『ベルは、生きてますか?』
あなたは生きてますか。あなたは存在していますか?私はどうですか。あなたと、同じ世界で生きていますか?もしかして、私は、あなたは、夢なんですか?現実じゃないなんてこと、ありますか?
ぐちゃぐちゃな頭は、こんな言葉しか言えないのか。
ふと、手のひらが暖かいものに包まれて目の前まで上がった。
少し離れていたベルが、目の前までやって来て、私の手を、手のひらを合わせて鏡のように真っ正面に立っている。
「生きてんじゃねーの?少なくとも、これは現実だろ。」
目の前で、ニヤリと笑うベル。ああ、そうだね。現実だよ。
「お前を殺すのは、オレだけっつー事。忘れてるかもしんねーけど、お前。オレが見つけたから、飼い主オレなわけだし。」
『最後まで面倒見てよね。』
「…ん。」
例えそれが、貴方にとって、苦しい選択になったとしても。
自惚れていいのなら、私は、ベルにとって死んでほしくない人。なんだろう。
けれど、そんなの聞いたら「バカじゃねーの」って言うだろうから。知らない振りをしよう。
いつか別れがあるとすれば、それは“死”だけで。
それに打ち勝つことはできない。
あなたは「死ぬな」って言うけれど、もし、あなたを奪うのなら、何度だってわたしは捧げようと思う。この身がたとえ、あと一度だけだとしても。
アムリタの聖杯を
End 2017.1.19
Thanks supporter, urei
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