時には女磨き





赤と青の調節が、なかなかに難しい。同居人は、どちらかと言えば温い温度。わたしは熱いのを浴びて、風呂上がりにポカポカとしながら寝付くのが好きだ。
ひと粒ひと粒の水滴を顔に浴びながら、徐々に熱くしていく。お気に入りのシャンプーは以前スクアーロが使っていたもの。の、レディース版。同じブランドだけれど、ほのかに香るはちみつに空腹をそそられながら頭を泡立てていく。ああ、気持ちがいい。

ルッスーリアから貰ったバブルバスも完成している。久々のゆっくりとしたお風呂。この日のために買った髪の毛パックの袋を開ける。うん、なんだか女の子っぽいことしてる、私。髪の毛を纏めて体を洗う。手のひらよりもすこし大きいスポンジは鮫の形。これは誰だったかな、ああそうだ。跳ね馬と買い物に出たときに見付けたんだった。

髪の毛のパックは15分〜20分。お風呂に入る時間としてもちょうどいい。本当はサウナマシーンがあるルッスーリアの部屋を借りたかったけれど、今日は仕事でいないし。家主のいないあの部屋は不気味で、どうも一人でお風呂に入ろうなんて思えない。


『〜♪』


鼻唄歌うのも仕方ないよね、ゆっくりと足を浴槽に。泡の中へと消えていく右足を見送っているときに、事件は起きた。

瞬間、消えた視界。電気が消えた。それを理解する前には叫んでいた。


『い、やぁぁぁぁあ!!』


真っ暗な視界、あわてて磨硝子の光を求めて扉へ。外開きの扉が開く、まさか!


『ベル!?』

「…何?お前、…どーしたんだよ。」


なぜかナイフを構えながら扉をひいたベルとこんにちは。ってそうじゃなくて、


『で、でん、電気!消した?』

「はぁ?消してねーよ。っつーか、」

「ゔお゙ぉい!!どーしたぁ!?」

「…っるせ、」


スクアーロが扉を蹴破ってきたぐらいの勢いで入ってきたのがわかる。鍵かけたはずだから、やっぱり蹴破ったのかな。それよりも、


『嘘!消してない?本当?なら、これ、電気きれた?』

「あー、切れてんじゃねーの。つーか電気なくてもいけるっしよ。いつも真っ暗な中で銃ぶっ放してる癖に。」

『それとこれとは別!ねぇねぇ、今すぐ替えれる?お風呂入ってたんだって、ゆっくりしたいんだよ。お願い、無理ならベッドの側にある間接照明貸して?』

「はぁ?…あー、あれ。つーか、あれでよくね?ロウソクとか。」


そこまで話したところで扉が急に閉められた。ちょ、だからここ、暗闇になるんだって!と、扉を開けようとしたときだ。


「ゔお゙ぉい!!今すぐ服を着るか諦めて風呂入るかどっちかにしやがれぇ!!」


…あ、私。裸だった。
















あいつが珍しく風呂の順番を言うもんだから、また風呂に変なもん入れるんだろうなってことは理解した。別にいいけど、湯には浸からねーし、掃除もアイツがするし。生活リズムなんて言葉は存在しないここでの生活に、あいつと風呂を取り合った記憶も、ケンカをした記憶もない。
強いてあげるなら、風呂よかテレビ。あいつ、自分でもテレビを持っているくせに、妙に寂しがりなところがあるのか、ベッドに潜り込んではチャンネル変えやがる。別にこだわりがある訳じゃねーけど、勝手にされんのはムカつくし。


『い、やぁぁぁぁあ!!』


そんなアイツの声が、聞こえた。半分寝かけていた頭が一瞬にして晴れた。アイツ以外の気配はない、が、と扉を開ければ飛び出してきたのは、いつもおろしている髪の毛を纏めてあわてふためく女。

聞けば電気が切れた、だけ。別に暗闇が苦手ではないはずなのに。隠すことを忘れて、ほんのり湿った手で俺の腕をつかんでは、それは必死に電気がほしいと訴えてくる。
電球なんざ、内線かければ直ぐかえるだろーし。間接照明引っ張ってくるのだっていい。…んー、まぁでもそう言ってやらねぇのは、いま見ているこいつの姿を、こいつが気付くまで見てられるからだけど。


「ゔお゙ぉい!!今すぐ服を着るか諦めて風呂入るかどっちかにしやがれぇ!!」


それなのに、あいつの悲鳴に駆け付けたバカ鮫が扉を閉めるから、あーあ。ぜってーバレたし。


「邪魔すんなよ、つーか扉直せよ。」

「ベルてめぇ」

「せっかく珍しいモン見れたのに。」

「てめぇ、後で澪に殺されっぞぉ゙。」

「無いね。たぶん矛先は隊長だろ。王子かんけーねーし。わざわざ部屋に来て覗きに来たとかサイテーじゃね?」

「べ、別にそんなつもりはねぇ゙!!
…つぅか、あんなガキ見たところで──」

『へぇ、見たのは見たんだ。』


風呂場の扉から顔だけ出して、怒りを声にのせて話すのは話題の主。ほら、あいつ、オレには怒らないんだよね。知らねー振りしとけばいいのに。そーゆーとこ、デリカシーつーの、かけてるよな。


『あーあ、噂回そ。ヴァリアーの隊長、スペルビ・スクアーロは部下の風呂を覗くって。』

「ゔお゙ぉい!!大体、てめぇがあんな悲鳴あげっから…つーかはやく服着ろ!」

『ん、なら入ろ?一緒に。ほら、私怖がりだから。私の体見てもなんともないんでしょ?ほらほら、はーやく。』

「はぁ?それは無理。なんで鮫をオレの風呂に入れることになるわけ?電気なら持ってきてやっから。湯冷める前に入れって。」


結局、スクアーロに運ばせた照明を風呂の扉を半分開ける形で照らし、ほんのり漂う甘い匂いと湯の香り。

小1時間ほど堪能したあいつは、そ知らぬ顔で頭を乾かして、何事もなかったかのようにベッドに潜ってチャンネルを変えはじめる。


『あのさ』

「ん?」

『…今日見たことは忘れてね。』

「ん。」








(スク〜♪聞いたわよん。貴女、澪ちゃんのお風呂覗いたんですってね。)
(あんのクソガキィィィ!!)






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