メメント・モリの約束
初めは、マーモン。それから、ルッスーリア。姿が見えないフランは、どこかへ逃げたのかもしれない。うん、逃げてほしい。彼はまだ、幼いのだから。
私が、目を覚ます度に誰かが居なくなっている。泥々に汚れた体を、ベルが綺麗に洗い流してくれていた。脇腹が破れたシャツ、右肩に穴の空いたシャツ。わたしは、まだ、死ねない。
月明かりに照らされた金髪が、こちらを振り向いた。
「…おはよ、」
その一言を、彼は物凄く言いにくそうに。それでいて、どこか期待を込めている。
『…私は、また、』
──死ねなかった。
メメント・モリの約束。
本部が落ちた、その連絡から早3日。間髪を入れずに攻め込む彼らは本気で殺しに来ていた。歯が立たない、それは可笑しな話だ。スクアーロは、全ての技を見切られた、と言う。いつ、どのタイミングでこちらの秘技が漏れているのか。また、術師を失った私たちには陽動も、晴の彼女を失うと、回復も出来ない。よく、こんな計画的に出来るものだ。
『今、…あれから。』
「半日くらい、まだ寝とけよ。あと数時間で日落ちっから。そっからまた、」
『…うん。』
あと、何人の死を見送るのか。
「スクアーロも、ボスも生きてっから。レヴィも、連絡とれねぇけど。さっき雷見えたし。」
『そ、っか。』
手のひらは、汚れてはいるものの傷ひとつない。ベルは、きっと滲む血を見えないよう隠しているのだろう。
「日が落ちたら、スクアーロと合致な。場所は、」
『沢田は、もう、死んだのかな。』
「…は?」
『獄寺も、山本も、』
「さぁな。ゴキブリみてぇな奴だし。しぶといんじゃねーの?」
…ゆりかご、みてーだな。
と、そっと呟いたベルに、もう結末まで見えているのかと、理解した。
頭が切れるからこそ、聡明だからこそ、分かってしまう。けれど、それでも逃げずに闘うのは彼らの誇りであるから?
「なぁ、頼むからさ。」
『ん?』
「庇って死ぬの、やめろよ。」
『…庇えなかったよ。』
結局、いつもそう。
マーモンのときだって、たいした時間稼ぎにもならなくて、結果的に私という荷物を引き摺り帰るベルの時間稼ぎをしたのはマーモン、結末は自殺。
ルッスーリアだって、庇えたと思ったのに。ベルのポケットに入るのは彼女の指輪と匣。つまり、そういうことなのでしょう?
「意識飛ばしたオレも、見捨てていけよ。」
『急に、どうしたの。』
「お前も分かってるっしょ。こっから戦況がごろっと変わるわけなんて無いって。」
『うん、分かってる。』
ここを乗りきったとしても、白蘭さえ出てこない戦線だから。チラホラ強いやつがいて、そいつが掻き回す。
日が暮れたと同時に飛び出した。一気に集合場所へと駆け走る。殺せる人を殺し、厄介なのは極力避け、ただ走り抜けることだけを意識して。正面に見知ったカエルを目に止めると、見え始めた古城。なんだ、逃げた訳じゃあなかったんだ。
「おっせーよ。」
「しょうがないじゃないですかー。こういう隠れ家とか見とかないと。長期戦になったら厄介なんですから。」
「何人のこってんの。」
「両手に収まるくらい、ですねー。」
緊張を一気に解すと、脱力したように座り込むベル。
「生きてやがったか。」
「まーね。…ん、これ。」
ルッスーリアの指輪と匣。ああ、本当に。残された方が辛いよ。
「スクアーロ、ボスは?」
「奥にいる。」
「りょーかい。」
珍しい、ベルがボスになにか言いにいくなんて。
何となくだけれど、ベルがしたいことが分かる。暫く、フランやスクアーロと話しをしたけれど、だれもこの戦況については話さなかった。もう、わかっている。結末を、代えることができないことを。弱音をはくな、なんて怒られるかもしれない。けれど、そんな奇跡を信じるほど、夢を見たくもなかったから。
交代しながら見張りにたっていると、ボスとベルが、こちらに顔を出した。もう、太陽が上がってきそうな空を背景に。
「なぁ。」
『んー?』
「悪い。」
何が、とはならなかった。こちらにみせるように手に取ったナイフ。その意味を私は知ってる。
「絶対、殺しきってみせるから。」
変な言葉だと思う。ふふ、っと笑ってしまったのは許してほしい。
首に、ワイヤーが巻かれる気配がする。ナイフより、痛みを感じずに死ねるかな。
『なに、情でも湧いた?』
「…湧くだろ、普通に。」
『快楽殺人鬼じゃあなかったんだ。』
「このまま、白蘭に盗られんのも。オレの知らないところでの垂れ死ぬのも、生きるのも。嫌、なんだよね。」
嘘つき。
『綺麗に殺してね。』
「一瞬で逝かせてやるよ。」
『ねぇ、ベル。』
そんな顔をしないで。
私が死なないとわかった、あの事件。苦しんだのは自分だけだったとは思わない。けれど、一番苦しんだのは間違いなく私自身。その私が、こうやって納得のできる生き方を見つけたのだから、信じてほしい。普通の女の子としての幸せとは違う。でもね、マフィアになり、暗殺者としてヴァリアーにいるからこそ、生きていると実感できたんだよ。それを、分かって欲しい。だから、そんな顔をしないで。
『本当に、ありがとう。』
最後は笑顔で。強がりなんかじゃない。本当に、貴方に殺されてよかった、なんて思う。変だよね。
何も言わず、見守るボスにスクアーロ、それからフラン。レヴィは、死んだのかな。って思っていれば、ボスの後で松葉杖をつきながらこちらをみていた。
「ん、オレも。」
その言葉を最後に、目を閉じた。一生、開くことのない目を。
ずっと、辛かった筈だ。出会ったあの日から取り残されたお前が、辛くて死のうとした。それでも死ねない、それはどんな苦しみなんだろうか。
その苦しみから解放してやりたくて。
“いつか私を殺してみせて” と、懇願したあの約束を、守ることになるなんてな。
何度も何度も、目の前で死んでいくこいつを解放してやるには、その約束を守るしかない。
閉じた目を最後に、一気にひいたワイヤー。あいつの最後の言葉がオレの耳にはりついて。何度も、何度も囁く。
しばらく、放心していたオレに、ボスは「退け。」と一言。
こいつは、骨まで残らないのだろう。
殺しきって、もう、2度とこちらで生きれないように。
1発の銃声と、燃え上がった炎。
同情はしない、こいつが、選んだ道なのだから。それに、きっと、すぐ同じ場所へ向かう。
「“ありがとう”って、馬鹿じゃねぇの。」
最後の最後まで、あいつは変わらない。薄暗い路地裏で出会ったときから。
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リクエスト:柊様
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