11月11日
『チョコのほうがいい。』
「別にいーけど、ならお前から来いよ。」
窓を締め切り、もうそれぞれの部屋を暖房ガンガンに付けているが、集まるのは談話室。誰も居ない部屋や施設に対して暖房が勿体無い、と言ったところでこいつらには右から左に受け流すほどの軽い事態なんだろう。
仕事もなく、特に予定のない俺らは談話室になぜか集まる。ここにいれば、誰かが飲み物を入れ、つまむものがあるからだ。
しかし、この中で唯一、部屋を共同にしている厄介なペアがいる。付き合っているわけでもない癖に、同室で過ごす、夫婦と呼ぶには幼く兄妹というには距離が近すぎるペアがまた何か下らないことを話ながら笑っている。
「ゔお゙ぉい…ありゃ一体何してんだぁ?」
「ポッキーゲーム、って言うらしいわよ。ワタシ達もする?」
「あ゙?」
机には器用に建てられたポッキーのタワー
様々な種類のポッキーが入っていただろう空き箱が散らばり、その中心にタワー、その隣にタワーとは程遠いポッキーの山。こっちは澪が見よう見まねで作ったのだろう。
『え?私から?いや、くわえて目つぶってるから来てよ。』
「チョコくわえてたら溶けっけど。」
『あー、ならクッキーのほうでいいや。』
「はぁ?今更変えるの無し。来いって、っしし、もしかしてお前できねぇの?まさか意識しちゃってんじゃねーの?」
『はぁ?バカにすんな。ん、くわえて。動かさないでね。』
売り言葉に買い言葉
単純な連中ばっかだな、新聞からそんな下らないことをする連中に目を向ける俺もだが。
『先に顔離した方が負け。』
「分かってっから。早くしろって。」
ん。
ニンマリと笑みを浮かべ、ポッキーをくわえたベルに、意を決してくわえにいった。くわえて、それから先に攻めたのは澪だった。3口ほど一気に進めて、来い、来てみろ、と目で訴えていた。
パシャ
『んん!?』
マーモンが吐息のかかるだろう距離の彼らの写真を納めた所で、形勢逆転。あ、これもうするな、って雰囲気を醸し出しながらベルは腕を澪の後頭部に回して、笑った。
一瞬にして紅潮した頬、仰け反るように勢いよく逃げた体。
「っししし、俺の勝ち〜。」
『手、は卑怯!』
頬を染めながら抗議する姿は、久しぶりにこいつを女だと認識させられたような気がする。案外、ベルも満更ではないのかもしれない。機嫌は最高潮に良さそうだ。
「つーか、スクアーロすげーガン見。」
『ベルとスクアーロでやれば?』
「却下。死んでも男とはしねぇ。」
『昨日私の下着見て、女の欠片もねーって言ったのどこのどいつ。』
「誰だってそー言うだろ。なぁ、こいつブラトップ着てんだぜ?男なら女がヤるときそれ着てたら萎えっから。」
『だーから、あれは寝るときだから!パジャマなの。お分かり?』
「へーへー。」
確実に痴話喧嘩。恥じらい、っつーかなんつーか。欠けてるこいつらに言いたいことはたくさんある。
「お前してくれば?
先輩あーみえて弱いから。こーゆーの。」
『おっけい。私がスクアーロに勝ったらポッキー代はスクアーロからとってね。』
「おっけー。」
待て待て待て、こいつらは人の都合なんざ関係なしに巻き込んでくる。ポッキーゲーム?このオレが?
『どのポッキーにする?』
「するわきゃねーだろ!」
『何々、意識しちゃってんの。いいって。事故ってことにして奪っちゃってもいーよ、私の。』
どこかで聞いた台詞。
本当に奪ったとしたらどうなるだろうか、なんて考えていたら差し出されたポッキー。座る俺に、上から見下ろすように笑うのは反則だ。
『ん。』
どこで覚えてきた、その目付き。
肩に手を置いて、前屈みに、顔を覗き込むように近付けるこいつが、いつにもなく誘惑してくるようで。
シてほしいなら、してやる。
そのまま、ポッキーもろとも奪ってやろうと。
ベルが後頭部なら、俺は、と対抗心を燃やしたところで扉が開いた。誰だ、と視線を動かしたときに不意に押された背中。
「あ。」
「あらま。」
『んっ』
勢いよくぶつかった顔面。触れ合う、と表現するには些か威力が強い。その証拠に、唇が切れてやがる。
「…何してんだ、カス共。」
扉から入ってきた人物に、こんなガキに弄ばれる瞬間を見られたことに頭を抱える。
唇を押さえながら、『ベル…あんたねぇ。』と怒りをみせる女はこちらを見ようとはしなかった。
『血、でてるんだけど。つーかガキかよ、キスさせよーなんて古い。』
「どうだった?」
『痛かったよ!鮫肌ってやつ?ほら、血。』
「下手くそかよ。」
『はぁ!?』
痴話喧嘩を他所に、マーモンは写真を見せて口止め料の請求をして来やがる。XANXUSはといえば、事の経緯をルッスーリアから話してもらいながらも時おり笑うから、少からず機嫌が悪いわけではなさそうだ。
「カス鮫と、てめぇがか。」
『だから、それはベルの陰謀で…。あ。』
こいつは、本当に時々、命知らずだと思い知らされる。ポッキーのタワーから一本。抜き取ったこいつはベル譲りのニヤリ、とした笑みを浮かべた。
『私が勝てば、1週間の有給休暇。』
誰もが口をぽかーん、と開けていただろう。あの、XANXUSに、下らねぇゲームを持ち掛けるこいつに対して。下らねぇ、と吐き捨てるのではなく、くつくつと笑ったXANXUSに恐れなく歩み寄るこいつ。
「てめぇは何をくれる?」
『ん?いっつも献身的に働いているのに。これ以上働けって?』
「どの口が言ってやがる。」
『この口。』
ん。と、ポッキーをくわえたこいつは、どこでどう育て方を間違えたのか。まさか、暗殺部隊のボスを手のひらで転がせると本気で思っているのか。
定位置のソファーに腰かけるボスの目の前までやって来たこいつが、XANXUSに倒れこむよう見えたのは一瞬のことだった。
腕を引かれ、前屈みになったところで襟を捕まれ引き寄せられた。
さらり、と私の髪の毛がボスの頬を滑り、首もとに垂れた。そんなことよりも、いま、私の目の前にいる人。
触れるか触れないか、そんな距離で止まったボスはそのまま耳元に口を寄せた。「大人をナメると痛い目見んぞ。」と、低く、ささやく声に体温が上がる。恥ずかしさと、悔しさとが混ざる。
一瞬の出来事は、私の頭をフリーズさせるには充分すぎる。いつのまにか、ポッキーを落としていたことにも気付いていなかったのだから。
足の力が抜けて、その場にしゃがみこんだ私。
嘲笑うかのように、頭に降ってきた言葉
「キスするときは目、閉じとけ。」
触れていないのに、ってかしてないのに!
無理矢理意識させられた私の顔は今、真っ赤になっているかもしれない。穴があったら入りたい。
『こ、ろす…!』
勢いよくホルスターから抜いた銃を発砲しても軽々と避けられて鼻で笑われる。レヴィが何事かと駆け込んできたことも。流石にやめろとスクアーロが止めにはいったことも。ベルが腹を抱えながら笑う姿も。どんなことが起きても、あの、深い赤色をした目を、忘れられなかった。
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