ああ、逃げ出したいなぁ





「幹部って肩書きで、オレより技術上回ってるつもりかよ。」


屈辱で、顔が赤くなりそうだった。目の前の奴に、一言、浴びせてやりたかった。けれど、そんなことを言えるような立場ではない。分かっているから、彼の言っていることが<正しい>と言うことを。

それなのに、私は、分かっているのに言ってしまった。ちっぽけな、プライドを守るために。


『作戦漏れていたのに、突っ込むなんて命知らず。部下を怪我させた、上司としては失格。』

「上回ってたっしょ。実際、オレの方が強い。
部下が怪我をした?バカじゃねーの。元はといえば、人質になったあのカスが悪いんじゃね?
お前もさー、よく知ってるはずだろ。弱者は消す。その手で、ルッスーリア、手にかけ…」


思わず振り上げた手は、寸での所で止めた。


『…結果論は、ね。けれど、あの場合は退いて、囲んだ方がよかった。そうしていれば、損害も少なく──』

「お前が待機とか言い出すから、場が乱れたんだよ。」

『もし、あの場にいた人質が非戦闘員なら頭ぶち抜かれて死んでた。避けれたのは彼がヴァリアーだったからで…。』


そろそろ、閉じないと。この、生意気な口を。


「お前さ、何様?いつから王子に向かってそんな口きけるようになったワケ?」


そうだね、分かってる。今ちょっと頭に血が昇っているの。


『何様とかじゃなくて、私はただあの場にいたから!』

「居た、だけっしょ。」

『…!』

「荷物の癖に、オレに何か言…」


私が振り上げた手を止めたように。彼もまた、言葉を止めた。
ぐさり、と心をえぐられるような鋭い一言。それは、分かっていたことじゃないか。理解していた筈なのに。


『…言えば?』

「やめよーぜ、もう。過ぎたことだし。」


そう。過ぎたこと。
何を言っても結末は変わらないもの。
だけど、言いかけたそれは、今のことでしょ?


『言えば良いじゃん!何にも出来ない足手まといは黙ってろって!何、それ。思ってたんでしょ?だったら、はっきり言えば?』

「ゔおぉい、澪、一旦落ち着け。」

『スクアーロだって!思ってる癖に!
だったら、初めから幹部になんてさせないでよ!
邪魔なら殺せば、って。ずっと、言って…。』


泣くな。


『言ってるじゃんか…。』


なんで泣くの。私。


『一丁前に、持論展開して…。』


もう、黙れ。私。


『みんなして鼻で笑ってるんで…っ!?』


スクアーロの、拳が頬にめり込んだ。
身構えていなかった私の体は、後ろに跳ねるように飛んで。そんな私の体を、ルッスーリアが優しく受け止めた。
一瞬の事で、何が起きたのか分からないけれど。じわじわと込み上げてくる痛みに、視界は更に歪んだ。


「頭、冷ませ。」


冷たく言い放たれた言葉に、もう何も言える気力だってない。虚しさが、どんよりとした雨雲のように胸に広がった。いまから、どうすれば良いのか。進む道が見つからず、かといって後戻りもできないと言う絶望感に押し潰されそうだ。

フラフラと立ち上がって、痛む頬を押さえていると、ベルと目が合って、反らした。踵を返し、部屋に帰ろうとしたときに、ボスが。あのボスが、壁にもたれ掛かって私を、この一部始終を見ていたのだと知ると、もう、今すぐに逃げ出したかった。

私は、どうやって生きてきたんだっけ。
ヴァリアーであって、ヴァリアーじゃない。幹部であって、幹部じゃない。つまりは、マフィアであって、一般人と大差ない実力なんだ。

情けない。

情けなさに、心が震えた。















01.逃走

















澪からその宣言がされたのは、あの口論の翌日だった。明け方早くに、控えめなノックをしたと思えば、返事を聞かずにドアノブをひいた。が、勿論のこと鍵はかかっており、そんな急ぎで何かと扉を開ければ、姿はなく、ぽつん。とおかれた封筒がひとつ。


“スクアーロ、昨日はごめん。ちょっと、頭に血がのぼってた。”


昨日、確かにこいつはやけに食ってかかっていた。
いつものように、ベルの仕事へついていったと思えば、口論を繰り広げられることになるなんざ誰が予想しただろう。

後に、怪我をしたと言う部下に話は聞いた。


「私の、不注意で、頭に銃を突き付けられたのです。我々が、どこから攻めてくるかを見事当てた勘の鋭い標的が、私が部屋に入った瞬間に殴り拘束しました。そして、お二人の足手まといになってしまい…。」


つまり、作戦を見事当てたが、どう足掻いても生き延びられないと感じた標的が人質をとって逃げようとした。
その時に、ベルは人質を構うことなく特攻を。
澪は一度待機、体制を整えて再度攻撃を。
どちらも悪くはねぇ案だ。だが、ヴァリアーなら間違いなく前者。殺しに時間をかけることが、暗殺者にとってどれ程リスクなことか、分かるはずだ。ならば、犠牲が出たとしてもスマートに行けば良いだけの話。

そんな、意見の食い違いが生んだ口論。


“少しだけ。放っておいてほしい。”


思わず、廊下の先を見た。しかし、もう影も気配もない。
いつもはだらしねぇほどに垂れてる気配も。こんなときは上手いこと消しやがる。


「ゔおぉい…起きてるやつは今すぐ澪を探せぇ゙!!…あんのクソ女!!」


ガキみてぇな理由で、放っておけ、だと?ふざけるのも大概にしろ。



“ps.殴ったことは許さないから。”


ぐしゃり。、と、潰れた紙が床に転がった。





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