寄り道と副産物



「学校祭の係?」
 元気に頷くクラスメイトと対称的に私のテンションはだだ下がり。子のクラスメイトは陽気キャラで、私がどんな状況でも仕事をこなす性格なのをよく知った上で誘っている。こういう人を世渡り上手、と言うんだろう。人の功績を盗むわけではないから構わないけど。
「今年の係はどうするの?」
「模擬店係にしようと思ってるの。大丈夫?」
「うん。模擬店の企画、楽しみだね」
「うん!」
 断らないのを知っていて聞いてくるあたりが策士だと思う。いらない駆け引き。これが女子はめんどくさいと言われる所以なんだろう。猫をかぶったように答える私も私、か。
 黒板にネームプレートが張られていく。模擬店係は毎年人数の枠に余裕ができるから早めに名乗り出れば確定する。確定してしまえばこの時間は何もすることはない。
 さっきのクラスメイトは席が離れているため、自分の席へ戻っていった。女子なんて仲良くなければその程度。ほんと、めんどくさい。
 なんとなく哲次の所在が気になって黒板を見ると、ちょっとだけテンションが上がってプラマイゼロ寄りになった。
 模擬店係。
 本当に少しだけ、救世主に見えた。友だちがいないわけじゃないけど、昔馴染みがいると理由もなく落ち着くものだよね。


 学校祭準備一日目。
 模擬店はフリースペースのようなカフェに決まった。最初の案は違ったものだったけど、他のクラスと被って予備案のカフェをすることになった。開放的なイメージで作るらしく、教室の装飾に手はかからない。
 模擬店係の他には学級旗係クラス発表係が合ってどちらも大仕事。そのため模擬店係から数名人事異動が行われた。まぁ、私は該当しなかったから関係ないけど。
 準備期間の最初の一週間は案を固めたり動き始めたり。この一週間で今後のクラスの動き方が大体わかる。
 平和に暮らしたい。
 スマホをいじっていた手を止めて電源を消した。

 学校祭準備三日目。
 ようやく生徒会から備品が回されて本格的な作業が行えるようになった。どうやらこのクラスはテキパキ動くクラスのようで、アクションが起こしやすい。ただ、自分たちだけの作業を行っていればいい訳ではないのが学校祭準備のひとつの悩みどころ。クラス発表の練習が一番悩ましい。
 これからが本格的な勝負の始まり。本当に何もなければいいな。
 作業していた手を止め身体を伸ばした。

 学校祭準備二週間目、土曜日。
 熱い日差しが頬を温める。アスファルトの上では陽炎が躍っている。窓の下の陰で涼んでいると財布を差し出された。
「箱アイス人数分。あ、棒付きね。ダッツはやめてね」
「え、箱を人数分?」
「そんなわけないでしょ!」
「大丈夫、分かってるから。ダブルソーダ買ってきてもよろし?」
「うん。これ経費だから」
「良くないわ」
 冗談冗談、と笑っているクラスメイトから差し出された財布を受け取る。よく見なくてもその財布はどう見ても私の財布。どうして抜き出されたのかは分からないけどアイス食べたいから気にしないことにする。え、人の財布持っておきながらダッツ駄目って言ったの? やっぱり策士じゃん。
 財布のチャックを開けて中身を確認する。
「千円貸して」
「ごめんね。私ちょうど持ってないんだよね」
 その場にいるクラスメイトから徴収してアイスを買いに行った。徴収金は一人頭二十円。

 学校祭準備最終週、日曜日。
 なぜか備品が足りなくなったり追加備品が出てきた。というわけで、
「誰か一緒に買い出しに行く人ー」
 って、いるわけないか、と小さくこぼす。
 ほとんどのクラスメイトは目の前のやるべきことに集中している。今までのツケがたまったかのように、やることがホコリのようにたくさん出てくる。叩かなくても出てきているからヤバいかもしれない。
 学校祭関連の買い出しというのは、行きはよいよい帰りはこわい、という言葉の塊。ここでのこわいっていうのは、どこかの方言で体調がすぐれないときに使うもの。めんどくさい、という意味でもいいと思う。思いついた私すごい。
 荷物が持てるなら女子でも男子でも構わないんだけどな。
「あ。荒船哲次、買い出し付き合ってーー」
「荷物多くないだろ」
「どうせ暇でしょ? ボーダーの話して手止まってたの知ってるんだからね」
 なんで知ってるんだ、って顔してるけど監視カメラみたいなことしてたら聞こえてきたんだよ。切羽詰まるとやることあるのに手を余す人続出するのって不思議。私も、そうだけど。ぼんやりしてる人を狩り出せばてっちゃんの空きは埋められるはずだし大丈夫だよ。きっと。
 哲次をなんとか引っ張り手首を掴んで廊下を歩いていれば、抵抗を諦めたのか隣を歩き始める。廊下から見える他のクラスは千差万別。構成員が違うのだから当たり前なんだけどさ。
 みんなしっかり休日返上してるのえらいなぁ。やらない人もいるからなのかな。
 階段を下りていくのと同時に気分が重くなっていく。アイスを何食べようか考えて気を紛らわしていると、下駄箱の前まで来たところでようやく隣から声が聞こえてきた。
「いつもこの時間何に使ってんだ?」
「人間観察と衣装とかの微修正。あいつはやらないな、って思われたのか分からないけど、衣装系の微修正は任せられる」
「もっと協調性持てよ」
「協調性は持つ人だけが持てばいいみたいな集団だもの。嫌だよ、めんどくさい」
 頭が良いクラスのはずなのにどうしてこうも温厚な部分が少ないのかね。
 靴のつま先を地面で叩いて外へ出れば、見上げた空に快晴が広がっている。そして暑い。こういうのをカンカン照りって言うのかな。バスも電車も、風邪ひくくらいの強さで冷房を点けるから寒くて寒くて仕方がない。
 ショッピングセンターへは循環バスが一番近いためそれに乗って買い出しへ行き、帰りもそれに乗る。今は十時くらいで平日ならそこまで混む時間ではない。でも、今日は平日の日曜日で混んでるかもしれない。
 バス停の陰で休む暇もなく直ぐにバスがやってきた。今日は混んでないみたいだ。





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