ポケモンセンターに入ること自体は何度かあったが(晴琉くんの健康診断など)きちんと利用するのは初めてだな、なんて思い出したのは一息ついてからだった。
ロビーのソファに腰をかけ、ふぅと息を漏らす。
指摘された前髪はトイレの鏡とにらめっこしながら少しだけ整えたが、自分で完璧に、とはいかず焦げてチリチリになった部分をエチケット用のハサミで切り落とす程度になってしまった。隣に座る晴琉くんの視線が辛い。

前髪のことはひとまず置いておいて、さっきまでの出来事を思い返す。
黙り込んでしまった澄ちゃん。私、何かしてしまっただろうか。

「……澄のこと、あまり気に病まなくていい。きっと拗ねてるだけだろう。」

……拗ねている?何に?
焦げた前髪、原因の喧嘩、とびはねる、気絶したヒトカゲを掴む澄ちゃん。
それを見て私は何をしたんだっけ。……そうだ、澄ちゃんを怒ってしまった。お礼を言う前に。
やり方は乱暴だったかもしれないが、澄ちゃんの行動はきっと私のためにやってくれたこと。なのに、話も聞かず、自分の仲間ではなく、野生のポケモン達を心配してしまった……。
きっと神妙な顔をしていたのだろう。そんな私を見て、晴琉くんは苦笑いのような顔をして続ける。

「たった数時間でも、チサトは澄の特別になったんだろう。ポケモンにとって、トレーナーってのはそういうもんなんじゃないか?」

特別
そっか、特別に思ってくれてるんだ……。トレーナーだって、思ってくれてたんだ……。

「……まあ!俺は澄じゃないからな、本当にそうかはわからない。」
「……澄ちゃん、どれくらいで戻ってくるかな?」
「見たところ無傷だろ。すぐ戻ってくるさ。」

ぽんっと大きな手のひらが頭に乗る。意識があるうちに、人の姿の晴琉くんに触られるのははじめて。頭を撫でられる、なんてそう多い経験ではないけれど、とても落ち着く。
落ち着くし、眠くなってしまう。
体力のない私にとって、勢いに任せてとったこの一連の行動は結構疲れるものだったようだ。

「……眠そうだな。昨日の夜からきちんと休んでいないもんな。……澄が帰ってきたら起こしてやるよ。」
「……でも、まってなきゃ……。ねちゃう、なんて……。」
「大丈夫、ここは家じゃない。二度寝したって怒るやつもいないし、急かすこともないぞ。」
「……ぅん、そうかも……。ちゃんとおこして、ね。……ぼーる、かいにいくの……。すみちゃ…ごめ…ね………。」
「ああ、わかってる。」

もう限界だった。まだ見慣れないはずの晴琉くんの肩に頭を預け、力を抜いた。未だ撫でてくれている頭、頼った肩、触れたところからゆっくりと晴琉くんの温度がうつってくるようだ。私より少し低い。けれど、優しくて、温かい。



***



「……チサト、ちょっとだけ落ち込んでたぞ。」
「……。」
「寝てるのは許してやれよ。俺達とは体力が違うんだ。さっきまで頑張って待ってたよ。」
「……。はる、くん おこった……?」
「君付けはやめてくれ。チサト以外に呼ばれるとなんだかむず痒くてな。おこった?……ああ、そういう事か。……怒ってはいないな。」
「……どうして?」
「もし俺がボールから出ていたら、とびはねる、はしないかもしれないが、ゲンコツくらいしていただろうからな。」
「……!」
「きっと同じだよ。……それにしても、澄、お前本当にバトル得意なんだな。後で相手してくれ。」
「!うん!」


……どれくらい寝ていたのだろうか。数分かもしれないし、数時間かもしれない。けれどとてもよく寝ていた気がする。
とてもスッキリして目を開けると、目の前には赤の映える可愛い少女がいた。デジャブだ。

「!す、澄ちゃん!戻ってたんだね!大丈夫?怪我はない?……あれ?晴琉くんは?」

「だいじょぶ げんき。はる のむもの かう いった。」
「……そっか、よかった。」

晴琉くんの嘘つき。その前に起こしてくれたら良かったじゃない。

「……チサトちゃん。」
「は、はい。なぁに?」
「チサトちゃん ごめん ね。」
「え?」
「とびはねる した から。」
「……私こそごめんね。澄ちゃんは私の髪が焦げて心配して、怒って、それでとびはねるしてくれたんだよね?」

澄ちゃんの形のいい小さな頭がコクンと上下する。

「私のために、怒ってくれてありがとう。」
「……うん!」
「でもちょっとやりすぎ。」
「……。ごめん ね。」
「あとで、あの子達に謝りに行こうね。やりすぎちゃってごめんねって。」
「……うん。」

両手を繋いで、仲直り。
澄ちゃんのほっぺはちょっとだけ納得していないのか、少し膨らんだまま。……また拗ねちゃう、かな?

「はい!ボール買いに一緒に行ってくれる人!」
「……!はい!」

ああ、彼女のこの笑顔、大好きだなぁ。
この短い時間で出会って、仲間になって、すれ違って、仲直り。とても忙しなくて、とても濃い。そして、楽しい。

これからも君とこんな時間をたくさん重ねていけたらいいな。

「よーし、フレンドリーショップに行こう!」
「いこう!」
「……おーいアホども、財布も持たずにどこに行くんだ?」
「「晴琉(くん)!」」
「全員サイコソーダでよかったか?飲んでから行っても遅くないだろ。」
「ありがとう、いただきます!……あれ?澄ちゃんいつの間に晴琉くんのこと呼び捨てになったの?」
「……ひみつ!」
「……晴琉くん?」
「……そうだな、ひみつだ。」

晴琉くんにプルタブを開けてもらい缶に口をつけた澄ちゃんはしゅわしゅわに驚いたのか大きな目をさらに大きくして瞬いた。
そんな様子に私と晴琉くんは顔を合わせてくすくすと笑った。


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