「いらっしゃるなら前もって教えてくださったらよかったのに!丁度お布団を干していたからよかったものの……」
すっかり日も暮れてホーホー達の鳴き声が響く。私には鳴き声というよりも世間話に聞こえるけれど。聞いている元気もあまりないけれど。
突然現れたお客様(成人男性)の夜ごはんを追加するのはなかなかの難しさだった。明日まで足りるはずの冷蔵庫の中身は随分と心許なくなっている。
鮮やかな赤髪のチャンピオンは呑気に食後のお茶を啜り、カリカリしている私を見て笑った。
「いやぁ急にお休みが貰えたんでね。初心にかえって修行しようかな、なんてね。で、まずは長老にご挨拶と思って屋敷を覗いたら捕まっちゃったんだ」
「捕まったとは何だ、随分な言い草だな」
「ははっ、冗談ですよ。明日は祠にも寄らせていただきます」
「そうしてくれ。ついでにイブキと手合わせしてやってくれ。先月挑戦者に負けてからどうも意固地になっていてな」
「なるほど。ならジムにも寄ってみますよ」
ワタルさんは次の長候補といわれ、誰もが認める実力者。子どもの頃から祖父にも気に入られていて、私にとっては兄のような存在だ。チャンピオンに休みは殆ど無いらしく、ここに来るのも久しぶりだ。
祖父とワタルさんは顔を合わせれば必ずといっていいほど、お酒を片手に2人で話し込んではへべれけになってしまう。翌朝から禊やら修行やらパワフルに動いているのを見るとあまりお酒が後に残らないタイプらしいが。
祖父もワタルさんも話に夢中になりだした頃、私は一人、追加のお酒の用意と食器を洗いにそっと部屋を出た。
***
「……やはり………です……ね…」
「そうか……………は………だな……」
そのまま居間で寝られてしまう前に二人の布団を用意しておこうと廊下を通った時、襖越しに聞こえてきた声色が先程までとは少し違う気がして、いけないとは思いながらもつい足を止め、聞き耳を立ててしまった。
「……ええ、他地方も引き続き警戒をしています」
「シンオウ…、ギンガ団か……」
「組織はリーダーの失踪により力を失いましたが、逃げた過激派もいるとか……」
チャンピオンやジムリーダーは町の問題を解決するのも仕事だと聞いたことがある。
カントー、ジョウトでのロケット団の暴動は収集したようだけれど、今しがた聞こえたように他の地方でも悪いことを考える人達は後を絶たないらしい。2つの地方をまたぐチャンピオンともなれば気苦労は計り知れない。
お布団、干したててよかったな。少しは気持ちよく休めるでしょう。労いもこめて準備をしようと足を動かしたその時。
「……やはりチサトを旅には出せん。あいつは目立ちすぎる」
「そうですね。オレもその意見に賛成です」
「あいつは、チサトは世の中を知らん。何が危険かもわからない娘だ。この町の中で、目の届く所で、安全に暮らせばいい。……フスベの中で婿でもとらせよう。それがあいつの"幸せ"だ」
「……そうかもしれませんね。その時は立候補しましょうか?」
「お前なんぞまだまだ青二才だ!そうかそうか、明日はそんなにしごいて欲しかったのか」
「ちょっ、待ってくださいよ長老!!」
……その後の会話は、もう耳に入ってこなかった。心が凍っていくように、固く閉じていくのがわかった。
決められた道を歩むのが、ここで一生暮らすのが、私の幸せ……?
大切に、大切に、真綿に包まれて。そんなの、息もできない。
息も出来ずに……死んでしまうわ。
どんどん色を失くし冷えていく指に、自分とは違う温度が触れた。
晴琉くんの爪先。振り返れば、彼の目は真っ直ぐに、私を、私だけを見つめていた。
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