ある青年と集会
現実はオレが考えているよりもずっと残酷だ。あの日、オレを駅のホームで突き落としたのはアッくんだった。仲間想いで、優しくて、頼りがいのある……そんな親友がオレを殺そうとしていた。しかも、それをオレに告白して2017年のアッくんは風俗店の屋上から飛び降りて、死んだ。オレの一言でナオトが救えたんだから、ヒナも簡単に救える……心のどこかでそう思っていたんだ。でも、実際はそんな簡単な事じゃない。人一人の人生を変える事は生半可な気持ちじゃダメなんだと学んだ。
そしてオレは、これで3度目のタイムリープを体験している。2005年に来て早々にある意味オレの人生に関わる程のちょっとしたアクシデントがあったが、今回のタイムリープではやるべき事が明確だ。アッくんが言っていたドラケンが死ぬ過去≠変えない限り、未来の東卍のトップ2は稀咲となってしまう。東卍が犯罪組織になったのは、間違いなくドラケン君が居なくなったせいだ。8月3日、ドラケン君が死ぬ日。この日彼を救う事が出来れば、未来は変えられるに違いない!……そう思っていたんだけど……。
「……ホントにここ?」
「う…うん」
ドラケン君に呼び出されて指定の場所に来たはいいが、これは……一体?
「…怖そうな人達…」
「大丈夫だよ、オレがいるし」
特攻服を着て、バイクに跨る強面の集団。辺り一帯にはガヤガヤとした話声とバイクの排気音が響いている。一緒に行くと言われて何も考えずにヒナを連れてきちゃったけど、完璧にまずかったよな?
「オッイ!!!見せもんじゃねーゾ!!」
早速見つかり、そのあまりの怒声にオレの身体がビクッと跳ねる。慌ててヒナを背中に隠すが、すぐに数人がオレの前にやってきて凄い形相で睨みつけてきた。
「なんだテメーコノヤロー!」
「殺すゾボケェ!!」
「いや、ボクはただここに呼び出されて……」
「は!?ココは東卍の集会場所だ。誰がテメェなんか呼ぶか!!」
胸倉を掴まれたオレは白目状態。後ろでヒナが一生懸命に「暴力反対」と声を上げているが、彼らにその訴えが通るとは思えない。しかし、今何て言った?東卍の集会?
「……オマエ、もしかしてタケミっち=H」
「は…はい」
誰だか知らないが、最近よく呼ばれるあだ名で声をかけられる。オレらを囲む強面を押しのけてやって来た銀髪の少年は、「ふぅん」と鼻を鳴らしてオレの胸倉を掴んでるヤツに軽い蹴りをかました。
「総長の客何脅かしてんだよ」
「スイマセン!!」
た…助かった。とは言え、心臓はバクバクしっぱなしだ。ホッと胸を撫で下ろしていると、オレを助けてくれた少年は付いてくるように顎を癪って見せた。
「お前が珠綺が言ってたヤツか」
「え?珠綺ちゃんを知ってるんスか?」
「珠綺はオレの幼馴染。お前が来たら声かけるように言われてんだ」
流石珠綺ちゃん。幼馴染も不良とは……。特服の集団をかき分けて進むと、そこにはバイクに跨るマイキー君と、その後ろで携帯をいじる珠綺ちゃん、それからドラケン君の姿があった。
「マイキー、珠綺、客だ」
「よう、タケミっち。悪ィな、急に呼び出して」
「来た来た。遅いからビビッて逃げたのかと思ったわ」
珠綺ちゃんは「よっ」とバイクから降りると、オレをここまで案内してくれた少年に近付いてぽん、と肩を叩いた。
「サンキュー、三ツ谷」
「気にしとく、とか言ってたのはどこの誰だよ?」
「いやー、ゲームしだしたら止まんなくなっちまって…」
成程……幼馴染ってのは本当らしい。心なしか、珠綺ちゃんの雰囲気が柔らかい気がする。それから三ツ谷、と呼んだ少年と一言二言言葉を交わすと、彼女は振り返って小さく首を傾げた。
「ん?……誰?」
珠綺ちゃんの視線の先にはヒナの姿があった。そうだ、前にウチの学校に来た時、珠綺ちゃんはヒナに会ってないんだ。
「え、えっとー…」
「ヒナちゃん。タケミっちの彼女だよ」
オレの代わりにドラケン君が説明を入れる。珠綺ちゃんはあからさまに驚いた顔をして、オレとヒナの顔を見比べた。
「え?タケミっちの彼女?こんな可愛い子が?ってか、タケミっち彼女いたのかよ」
「は、はは……」
確かにヒナはオレには勿体ないくらい可愛い。分かってる。分かってるけどその反応は酷すぎるよ珠綺ちゃん……。珠綺ちゃんはじぃ、っとヒナの顔を覗き込むとニッと笑って手を差し出した。
「ま、他人の恋路に口出すような野暮な事はしねーよ。よろしく、ヒナちゃん」
「え、あ……はい」
「んー……でも、いくら彼氏がいるからってこんな危ないとこにノコノコ来るのは感心しねーよ」
「つか、集会に彼女連れてくんなよ……オイ!エマ!」
ドラケン君の呼びかけに、遠くから「はーい」と高い声が返ってくる。どうやらヒナや珠綺ちゃん以外にも女の子がいるらしい。何の気なしに声のした方に目を向けると……え?あれ?もしかしなくても、あの子って……。
「この子、タケミっちの彼女だから。しっかり守っとけ」
「りょ〜か〜い」
ふわふわとした金髪に少し垂れた目をした可愛らしい顔立ち……。間違いない、この子はオレが今日タイムリープした時に会った、下着姿の女の子だ。
「あ」
マズい、と思った時には遅かった。
「よっ、いくじなし君」
「……誰の事?いくじなし君≠チて?」
あ、終わった。
「何だよ、エマもタケミっちと知り合いだったわけ?」
「まぁ、色々とね」
「はぁー……どうせろくでもねぇ事考えてたんだろ」
「ろくでもなくない!マイキーとイチャイチャしてる珠綺には分かんないんだよー!」
オレがヒナにボコボコに粛清される中、珠綺ちゃんの呆れた声とエマちゃんの噛み付くような声が聞こえてくる。
「どう見たら私と万次郎がイチャイチャしてんだよ」
「してるじゃん!さっきもずっと一緒だったし!」
「ずっとじゃねーよ。万次郎が来るまでは三ツ谷と一緒だった」
「だからー!!」
珠綺ちゃんは「はいはい」と手をひらつかせて、マイキー君のとこへ戻っていく。そのまま当たり前のようにバイクの後ろに跨り、マイキー君の肩に顎を乗せてドラケン君と話し始めた。
「知らない!」
「怖ー…」
オレが解放されたのは、顔の右側が青痰で変色しきってからの事だった。ぷんすか怒りながら去っていくヒナを見ながら、エマちゃんは他人事のように声を上げる。いや、まぁ他人事なんだけどね。
「アンタもよくあんな子がいるのにウチの話に乗ったね」
エマちゃんの言う話≠ニいうのが一体何の事かは分からないが、カラオケでの出来事を指しているのには間違いない。いや、決して勿体なかったとは思ってないぞ。オレは27年間童貞を貫いたんだ。ヒナに誓って、そんな事は思っていない。
「……でも、勘違いしないでね」
「え?」
「別にアンタの事なんて何とも思ってないから。ウチはただ、早く大人になりたかっただけだから」
そう言って、エマちゃんは視線を反らす。彼女が見つめる先にはマイキー君や珠綺ちゃんと話すドラケン君がいる。
「嫌になっちゃうよねー、アイツ。ウチの事なんか興味ナシ!マイキーとバイクと喧嘩の事ばっかり!……少しは怒るかなって思ったのに……」
不貞腐れるエマちゃんの姿に、流石のオレでも察しがついた。エマちゃんは、ドラケン君にヤキモチを妬いて欲しかったらしい。女心って全くわかんねー……。
「えーっと……エマちゃんは珠綺ちゃんと仲良いみたいだけど、珠綺ちゃんに相談したりしないの?」
女の子ってそういう話大好きじゃなかったっけ?オレがそう尋ねると、エマちゃんは恨みがましそうなジト目でオレを睨みつけた。
「アンタ、ホントに珠綺の知り合い?珠綺はそーいう話にきゃあきゃあ言うタイプじゃないんだよ。マイキーとの話も全然教えてくれないし」
「マイキー君との、話?」
いよいよエマちゃんの顔は呆れ顔を通り越して虚無となっていた。
「マイキーも珠綺も、どう見たって両想いじゃん!」
その言葉を聞いてふと思い出したのは、先日マイキー君とドラケン君が溝中に乗り込んできたあの日の事。チャリで2ケツをしながら騒ぐ二人は確かに凄く楽しそうだったし、ドラケン君は珠綺ちゃんの事をマイキー君にとって大事な女≠セって言ってたっけ。
「もしカラオケにいたのがウチじゃなくて珠綺だったら、タケミっち確実にマイキーに殺されてると思う」
まぁ、珠綺はそんな事しないだろうけど。とエマちゃん。ははは…怖い事を言いなさる。珠綺ちゃんと知り合いだと知った時のマイキー君の表情が頭を過ってぶるり、と震えた。
……ん?待てよ?
「あれ、2017年で珠綺ちゃんって何してるんだ?」
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