ある少女のジレンマ

「オラ!集まれテメーら!!集会始めっぞ!!」



 ドラケンの一言で今まで好きにしていた連中がサッと整列を始める。ホントはエマとタケミっちの事が気になって仕方ねーのに……ぷぷっ、ダッセェ。そうやって心の中だけでバカにしていたつもりだったが、どうやら面に出てしまっていたらしくギロリと睨まれた。何だよ、ホントの事だろうが。万次郎を筆頭にドラケンがそれに続き、更に場地や三ツ谷ら隊長らが後を追う。キョロキョロと辺りを見回し、焦ったようにその場から離れようとするタケミっちの首根っこを捕まえて、無理矢理に場地の前に割り込んだ。



「わっ!ちょ、珠綺ちゃん!?」

「何の為に呼んだと思ってんだよ。お前はこっち」

「オイ珠綺、歩くならさっさと行けよ」

「場地テメェ、押すんじゃねーよ。オラ、後が詰まってんだ。自分で歩け」



 軽く背中を膝蹴りして歩くように促すと、タケミっちはオロオロしながらゆっくり進み始めた。うーん……呼んでおいてこう言うのも何だが、似合わねーな。タケミっちが特服の連中に頭下げられる中歩くの。



「お疲れ様です!!総長!!!」



 境内の階段を上り切ったところで、万次郎は私らに背を向けてずらりと並ぶ隊員らを一周した。普段はガキっぽいのに、こうして見るとちゃんと総長を張ってるんだから不思議な気持ちになる。でも、確かに万次郎は昔っから喧嘩の強さとカリスマ性だけはずば抜けていた。



「今日集まったのは愛美愛主≠フ件だ。ウチとぶつかりゃでかい抗争になる。ぶつかるなら武蔵祭りのタイミングだ」



 議題は勿論愛美愛主≠ニの件について。万次郎は暫く間を置いて、スッとその場に腰掛ける。



「じゃあ、みんなの意見を聞かせてくれ」



 集会が始まる前に軽く場地に聞いた話では、万次郎は最終的にはパーの意向を尊重したいと言っているらしい。パーの立ち位置は非常に微妙だ。パー個人としては今すぐにでも愛美愛主に乗り込みたいだろうが、アイツは単なる隊員じゃなくて東卍の幹部だ。しかも、東卍創設当初からの。難しい事は苦手なパーの事だ、最良の解決策が分からずに藻掻いているに違いない。



「あ、あのー……」

「ん?何だよ、タケミっち」



 しん、と静まり返る中、タケミっちが遠慮がちに私の袖を引いた。



「いや、オレ、あんまり他の暴走族チームの事とか知らなくて……。メビウス?って、何の事なのかなぁって」

「ああ、そっか」



 確かに、急に連れて来られたタケミっちには寝耳に水の状況かもしれない。軽くドラケンに目配せして、コクリと頷く。



「愛美愛主≠チていうのは、私らの2つ上の世代で新宿を仕切ってる暴走族チームの事」

「え!?ここらを仕切ってるのは東卍じゃ!?」



 タケミっちの言葉に三ツ谷が首を振った。



「東卍は渋谷、新宿は別。それに、まだ東卍オレらは新しいチームだしな」



 三ツ谷の言う通りだ。東卍が下手に手を出せないのは愛美愛主仕切る新宿だけじゃない。六本木には灰谷兄弟がいるし、池袋は愛美愛主の長内と同じS63世代の阪泉率いるICBMが仕切ってる。総長が何代にも渡って代わるチームが強いってワケじゃないが、歴史があるって事はそのチームにはその歴に見合った人数がいるって事だ。いくら腕っぷしに自信があったとしても、人数でカバーされるとかなりやりづらいのは確か。三ツ谷と2人で東京のチーム事情をタケミっちに説明していると、急にタケミっちの身体が吹っ飛んだ。



「うおっ!!痛って……何すんだ……」

「あ?文句あっか?」



 力いっぱいにタケミっちの背中を蹴り飛ばしたのはパー、倒れこんだその身体にメンチを切るのはぺーやんだ。



「オマエ、花垣だろ?」

「喧嘩賭博の件で、ウチの隊のキヨマサが世話になったのう!!」

「どー落とし前つけんだコラ」



 ……あ、そうか。キヨマサってヤツは参番隊パーのとこの隊員だったのか。



「オイ、喧嘩賭博の話だったらタケミっちは関係ねーだろ。万次郎とドラケンにチクったのは私なんだから、文句は私に言えよ」

「うるせぇ!珠綺は黙ってろや」

「あ゛ぁ?テメェの隊の始末をしてやったんだろうが。感謝されてもどやられる覚えはねーぞ!」



 プチッとこめかみで何かが切れる音がした。たまらずパーに詰め寄ろうとすると、呆れた様子の三ツ谷が私の腕を掴んでそれを止める。オイ、邪魔すんな。



「総長の客に手ぇ出すなやパー。キヨマサの件はアイツが勝手に東卍の名前使って喧嘩賭博なんてやってたのがナシって話だろ?」

「あ!?オレぁバカだからわかんねーんだよンなコト!」

「パーちんの脳みそはミジンコだぞコラ!」

「わかんねーなら出しゃばんなボケ!」

「……オイ、三ツ谷がキレちゃ意味ねぇだろ」



 未だ私の腕を掴んだままの手を揺さぶってみると、三ツ谷は「あ」と我に返って苦笑いを見せた。



「オイ、パー!!黙ってろ」



 収拾がつかなくなったその場を収めたのはドラケンだった。流石に副総長に注意をされるとパーも聞かざるを得ないらしい。小さく舌打ちをしてぺーやん共々整列する奴らの中に割って入っていく。



「珠綺、テメェがキレてちゃ世話ねーだろうが」

「……ごめん」

「三ツ谷も、珠綺をしっかり押さえとけよ」

「悪ぃ」



 確かに、ドラケンの言う通り私がキレる場所ではなかった。……腑には落ちねぇけど。



「許してやってくれよ、タケミっち」

「無茶苦茶な人っスね」

「パーは今、気ィ立ってるからよ」



 ぎょっと目をひん剥いたタケミっちに、一応フォローは入れておく。タケミっちのせいじゃねーよ、と。



「愛美愛主≠フ頭は長内≠チてヤツなんだけど、ちょっとした事でパーの親友とモメてな。パーの親友は愛美愛主のメンバーに袋叩きにされて、更に目の前で彼女レイプされて、親兄弟吊るされて、金巻き上げられて………で、藁にも縋る思い出パーに相談してきたんだ」



 ガキの喧嘩じゃねぇよ、と三ツ谷。その通りだ。喧嘩ってのは対個人で行うもんだろ。関係の無いヤツを巻き込むのは喧嘩じゃなくてただの暴力だ。



「…………ひでぇ…」

「愛美愛主ってのはそういうチームなんだよ」



 視線を万次郎の方に向けると、丁度パーが万次郎の前で意見を問われているところだった。さっきまではかなりイラついていた様子だったが、パーも流石に万次郎総長の前では自重するらしい。……というより、まだ悩んでるんだろうな。ホントに抗争を起こしていいのかどうかについて。



「どうする?パー……ヤる?」

「…相手は2つ上の世代だし、東卍ウチもタダじゃすまないし……皆に迷惑かけちゃうから……」



 頭を垂れるパーの様子を、万次郎は黙っていていた。



「でも……悔しいよ、マイキー…」



 パーの強面の頬にツーっと線が落ちた。



「……んな事聞いてねぇよ。ヤんの?ヤんねぇの?」



 そう問う万次郎の声は淡々としている。そこまで大きな声じゃないのに、と静まり返った境内にはやけに響いて聞こえた。



「……ヤりてぇよ!!!ぶっ殺してやりてぇよ!!!」

「だよな」

「え?」



 あっさりと頷いた万次郎に、パーの口からは随分と間抜けな声が漏れた。



東卍こんなかにパーの親友ダチやられてんのに迷惑って思ってるヤツいる!?」



 万次郎は立ち上がるなり、周囲を挑発するように声を上げる。



「パーの親友ダチやられてんのに、愛美愛主≠ノ日和ってるヤツいる?いねぇよなぁ!!?」



 ……万次郎はホントに凄い。バカでガキで寝起きが悪いけど、万次郎の一言で周りの表情が一気に変わる。男にしては小柄な方だけど、東京卍會≠背負った背中は凄く大きく見えた。やっぱり、こうなったかと三ツ谷に目を向けると、三ツ谷も同じ事を考えていたのか小さく笑みを浮かべていた。隣りのドラケンなんて今にも殴り込みそうな程に目をギラつかせてるし……。



「愛美愛主£ラすゾ!!!」



 雄々しい歓声の中、万次郎は振り向きざまにニヤリと笑う。



「8月3日、武蔵祭りが決戦だ」



 歓声は鳴りやまない。パーは目を潤ませていて、ぺーやんに肩を叩かれてる。ドラケンと三ツ谷は拳を突合わせていて、タケミっちは初めての集会に呆気に取られているようだった。



「……いいなぁ…」



 思わず漏れた私の声は、愛美愛主との決戦に沸き立つ熱気の中に埋もれてしまった。万次郎に「珠綺は東卍のメンバーじゃねぇ」と言われてから2年が経った。あの時は本気でムカついて何度も抗議したが、今となっては万次郎がどうして私を入れなかったのか理解しているつもりだ。でも、理解は出来ても納得はしていない。万次郎は発散しろとばかりにしょっちゅう私を喧嘩に誘うけど、ドラケンや三ツ谷が東卍の為に拳を構えるのと違って、私だけは小学生の喧嘩を続けている。周りよりも強い事が楽しくて仕方が無かった、あの時から何も成長していない。
 万次郎が遠い。追いかけても追いかけても、万次郎は皆を連れてどんどんと先に行ってしまう。私もドラケンみたいに万次郎の背中を守りたいし、パーや場地や三ツ谷みたいに先陣を切って殴り込みに行きたい。結局のところ、やっぱり私も東卍に入りたかったんだ。



「珠綺、帰るぞ?」



 しんみりしていると、いつの間にか目の前に万次郎がいた。特服を着ているせいか、さっきの光景を見た後だからかちょっとだけ大人っぽく見える。



「今日はどっち?ウチ?それとも珠綺ンち?」

「……流石にウチに特服持ってくるワケにはいかないだろ。万次郎ンとこ行く」

「分かった」



 三ツ谷に声をかけて、万次郎の後を追う。



「珠綺、惚れ惚れしただろ?」



 歯を見せて笑う万次郎は、いつもの幼い顔をしていた。



「調子に乗るなよ万次郎」



 惚れ惚れしてるのはいつもだ、バカ。