ある少年と親友

 タケミチがやけに大人びて見えるようになったのはいつからだったか……そうだ、あの時だ。喧嘩賭博≠ナキヨマサ君相手にタイマンを持ち掛けたあの日。終わらない奴隷生活、先の見えない地獄に限界が来ていたオレは、あの日喧嘩賭博の騒ぎに乗じてキヨマサ君を襲おうと思っていた。キヨマサ君を襲った後に待ち受けているのは犯罪者≠ニして生きる別の地獄だと分かっていたけど、それでもキヨマサ君達の奴隷として過ごす地獄よりはマシだと思ったんだ。今思うと本当に浅はかな考えだったと反省している。そう思わせてくれたのは、あの時どれだけキヨマサ君に殴られても、蹴られても、バッドを持ち出されても一歩も引かずに立ち上がったタケミチのお陰だ。殴りかかる事すら出来ない軟弱者なのに、歯を食いしばってキヨマサ君に立ち向かうタケミチは間違いなくオレのヒーローだった。



「おー…むっさい部屋だなぁ」

「珠綺ちゃん!!」

「珠綺、何しに来たんだよ」

「何しにって決まってんだろ。タケミっちの見舞いだよ」



 タケミチの部屋に突然現れた女子は、手にしていた紙袋を高々と掲げた。そのブランド見た事があるぞ。確か雑誌に載ってた、芸能人御用達っていう銀座の洋菓子屋のヤツだ。何でオレがタケミチの部屋にいるかというと、アイツがいつの間にか愛美愛主との抗争に巻き込まれて、知らねぇうちに全治1週間の大ケガを負ったからだ。その知らせを聞いたのは数日前。頃合いを見てタクヤ達を誘って見舞いに来てみたが、オレら以外にも同じ事を考えていたヤツがいたとは驚いた。まず現れたのは東卍副総長のドラケン君。スイカを片手に現れたドラケン君は、突っ立ったままのオレらに怪訝そうな顔をして出口近くにいた山岸とマコトにスイカを切ってくるよう言い放った。次に現れたのはTシャツにジーパンという随分とラフな格好をした美人。部屋に入るなり「あちぃ」と文句をたれた彼女は、どうやらドラケン君と仲が良いらしい。(じゃなきゃ、ドラケン君にあんな口叩けねぇ)



「オラ、感謝しろよ。奮発して結構いいトコのゼリー買ってきてやったんだから」

「あぁっ!!珠綺ちゃん、それっ!オレが寝ずに頑張ったジグソーパズル!!」



 珠綺ちゃんと呼ばれた女子が紙袋をちゃぶ台に置くと、タケミチが悲痛な声を上げる。ちゃぶ台の上にはタケミチが3日間を注ぎ込んだという2005ピースのジグソーパズルが出来上がっていた。



「あ?んだよ、みみっちいヤツだな」



 慌てて紙袋を退けたタケミチに近付き、珠綺ちゃんはぐいっと顔を寄せてタケミチの髪をかき上げた。ボッとタケミチの耳が赤くなる。そりゃ、まぁ…あんな美人に詰め寄られちゃなぁ……羨ましいとか思ってねぇぞ。



「パーに殴られた後、愛美愛主の長内に数発……それで全治1週間で済んだなら幸運だな」

「痛ぇっ!」



 ペチンッ、とタケミチのデコが鳴る。確かに、珠綺ちゃんのいう通りかもしれねぇ。愛美愛主っていったら新宿でも名の知れた暴走族チームだ。その頭にボコされて骨も折れてねぇっていうんだから、タケミチの身体はかなり頑丈らしい。



「待たせたなー!タケミチの母ちゃんに切ってきてもらったぞー!」

「ん?また誰か客か……って!芹澤珠綺ちゃん!!」

「何だ、山岸知ってんのか?」



 戻ってくるなり大声を上げた山岸を、ドラケン君が「うるせぇ」と一睨みする。山岸は小さく悲鳴を上げてマコトの陰に隠れた。マコトはというと、突然現れた美人に目を奪われて固まっている。コイツの両手がスイカで塞がっててマジで良かったと思った。



「知ってるも何も、この辺りじゃ有名な女子中学生だよ!」

「へぇ…モデルとか?」

「確かに珠綺ちゃんはかなりの美人だけど、有名なのはそこじゃない!」

「珠綺が有名なのは、中身がその辺の男がドン引きするくらいゴリラって事だろ」



 あと、ムチャクチャ口が悪ぃ。明らかに悪口だが、当の珠綺ちゃんは特に気にしてないらしい。ドラケン君の言葉に「え、私ゴリラって言われてんのか?」と目を丸くするだけ。



「ゴリラ……?珠綺、ちゃんが?」

「いや、流石にそこまでは言われてねぇみたいだけど、ムチャクチャ強ぇって有名なんだよ。東卍の弐番隊隊長と幼馴染だとか、隊長格ともヤり合えるくらいの腕だとか」



 珠綺ちゃんは特に肯定も否定もせず、マコトが持ってきたスイカに目を輝かせていた。こんな華奢な子が東卍の隊長らと同じくらい強ぇ?本当かよ?



「珠綺、オマエ、タケミっちの見舞いに来たんだろーが。ケガ人より先に見舞い品に手ぇ伸ばすなよ」

「い、いいんっスよ。オレ、気にしてませんし…」

「タケミっちもこう言ってんだし、細けぇ事言うなよ」



 しゃくっ、とスイカを頬張り、珠綺ちゃんは満足そうな笑みを浮かべた。うーん、どう見ても普通の子だ。確かに口はすげぇ悪いけど。スイカを食べ終えると、ドラケン君が一息置いてタケミチが巻き込まれた抗争のその後を話し始めた。



「パーは結局1年以上は出てこれねぇよ」

「愛美愛主の長内は…?」

「生きてる。長内死んでたら成人まで出てこれねぇよ」



 何となく、ゴクリ、と唾を飲み込んだ。オレも他人事じゃねぇ。もし、オレがキヨマサ君を刺していたとしたら同じ事になってたんだ。



「……マイキー君は…?」



 おずおずとタケミチが質問を投げかける。するとドラケン君は形相を変えて振り上げた拳をちゃぶ台に振り下ろした。……いや、違ったな。そういば、そのちゃぶ台の上にはタケミチの3日間の結晶が置かれているんだった。見事に散らばったパズルのピースにタケミチは絶叫する。さっきからずっと携帯ばっかいじっていた珠綺ちゃんは、その様子を見てケラケラと笑っていた。



「珠綺、オレはもうマイキーと縁を切るぞ。アイツにもそう言っとけ」

「やなこった。自分で言えや」



 「東卍も終わりだ」と言ってドラケン君が部屋から出ていく。タケミチも慌てた様子でそれに続く。事の経緯を知らねぇオレらでも、これがただ事では無いという事を悟った。誰だよ、マイキー君とドラケン君の喧嘩は茶飯事だから大した事じゃねぇって言ったヤツ。東卍がマイキー派とドラケン派で二つに割れそうって話、本当なんじゃねぇか?オレらがそわそわする中、珠綺ちゃんは変わらず携帯をいじってる。タケミチのベッドに腰かけて、ずっと誰かとメールをやりとりしてるようだった。



「…………来た」

「え?」



 突然すくっと立ち上がったかと思うと、窓の前に突っ立っていたマコトを「邪魔」と退けて身を乗り出す。釣られてオレらも後ろから窓の外を覗き込むと、玄関から出てきたドラケン君の前にピンクゴールドの頭が対峙していた。あの髪色には見覚えがあった。アレばマイキー君だ。



「ヤベェぞ!ヤベェぞ!」

「マイキー君来ちゃった!」



 最悪のタイミングだ。



「あん?テメー何でココにいんだよ?」

「あ?てめーこそ何でココにいんだ?」

「オレはタケミっちのお見舞いだよ」

「オレもそうだよ」



 睨み合ったままどちらも引く様子はない。そりゃそうだ、あの2人は東卍の総長と副総長だぞ。



「は?タケミっちはオレのダチだし。オマエ関係ねぇじゃん。なぁ?タケミっち」

「へ?えっと…」

「あ?何言ってんの?オレのダチだよなぁ!?タケミっち」

「あぅ…えっと…」



 会話だけ聞いてると昔の少女漫画かとも思うが、実際は猛獣同士が餌を巡って睨み合ってるようにしか見えねぇ。つーかタケミチ、何でお前がヒロインポジションなんだよ。通常であればオレの隣で「ぷっ」と吹き出し笑いしてる珠綺ちゃんの方がよっぽど似合ってる。



「どけよデクノボー£ハれねぇよ」

「あ?オマエがどけよチビ=v

「ちょ…ちょっと、ちょっと待って下さいよ2人共!」



 睨み合う2人の間にあえて突っ込んでいったタケミチに山岸が悲鳴を上げた。しかし、止めに入ったはいいもののマイキー君、ドラケン君に鋭く睨まれてタケミチはぶるり、と肩を震わせている。助けを求めるように2階のオレら…というより珠綺ちゃんに視線を送るも、珠綺ちゃんはひらひらと手を振って応えるだけ。なんつー子だ。珠綺ちゃんが助け舟を出す気が無いと察したタケミチは、再びマイキー君とドラケン君に向かっていく。オレらがハラハラとその様子を見てると、窓枠に両肘をついて外の様子を見ていた珠綺ちゃんが口を開いた。



「お前らさ、タケミっちのダチ?」

「え?まぁ、そうっスけど…」

「そっか…悪ぃな、巻き込んじまって」



 珠綺ちゃんはオレらに視線を向ける事なく、ただまっすぐにタケミチの姿を見ながら続ける。



「私じゃ無理だったんだ。あの2人を止めるのは。アイツらを止められるのは私じゃなくて、東卍のヤツらでもなくて、真っ直ぐにアイツらに言葉をぶつけてくれるヤツ。申し訳ないけど、私にはタケミっちしか思いつかなかったんだ」



 そうこうしている間に、口論は激化していく。マイキー君がタケミチのチャリを投げ付けた事をきっかけに、今度はドラケン君がタケミチのバッドを折り始めた。バドミントンのラケット、スケボー、浮き輪、ギターとタケミチの思い出の品々が宙を舞う。災難としか言いようがない。



「あれは台風だ」

「過ぎるのを待つしかない」



 いよいよ投げれる物が無くなり、ついに殴り合いが始まりそうになったその時だ。



「テメェら、いい加減にしろや…」



 タケミチが、キレた。



「ヤベェぞ、これ…」

「「サヨナラ…タケミチ…」」



 思い出をメチャクチャにされたタケミチは我を忘れてキレている。勢いそのままにマイキー君に殴り掛かったはいいが、あっさりとかわされてその身体はゴミ置き場に突っ込み見えなくなってしまった。



「…もう大丈夫そうだな」

「え、何が…?」

「万次郎とドラケンが我に返った。アイツらバカだから、喧嘩するとすぐ周りが見えなくなんだよ」



 今のタケミっちみたいに。と珠綺ちゃん。



「でも、今のタケミっちの姿見て2人共我に返った」



 タケミチは大声でマイキー君とドラケン君に文句を言っている。「オレの思い出なんてどうでもいいんだろ!」「周りの事なんてどうでもいいんだろ!」そう大声を上げてドラケン君に掴みかかろうとする姿に流石に焦り始める。ドラケン君は呆気に取られてるけど、もしキレて殴られでもしたらまた病院に逆戻りだ。



「多分大丈夫だと思うけど、一応タケミっち止めてやってよ。あと、落ち着いたらゴメンって言っといて」

「え、珠綺ちゃんは…?」

「悪ぃ、この後用事があんだ。でもきっと大丈夫。タケミっちなら」



 結果から言うと珠綺ちゃんが言った通り、あの後マイキー君とドラケン君の喧嘩はビックリするほど呆気なく終了した。最後がタケミチの頭にウンコが乗っていたお陰っていうのが何とも締まらねぇが、2人が喧嘩を止めた大きな理由はタケミチが言った「東卍、皆バラバラになるのは悲しい」って言葉だったんだと思う。オレはタケミチほど東卍に思い入れがあるワケじゃねーけど、かっけぇ2人が引っ張る東卍がこんなとこで終わっちまうのは寂しいとは思った。



「オレが悪かったよ、マイキー」

「ううん、オレの方こそゴメン」



 正直、タケミチを巻き込んだ事に関しては珠綺ちゃんを許せねぇと思った。けど、それを承知でマイキー君とドラケン君の喧嘩を止めようとした珠綺ちゃんは、男のオレから見てもカッコいいと思った。なんつーか…アメコミのダークヒーロー?みたいな。



「…そういえば、珠綺は?」

「確かに…アイツどこ行った?」



 広場にはその辺に転がってたボールでリフティングをするオレとタクヤ、山岸とマコトはー…どうせエロ談義でもしてるんだろう。タケミチはマイキー君とドラケン君と並んで座ってる。珠綺ちゃんはオレに告げた通り、ウンコ騒動に紛れて帰ってしまったらしい。



「オレさ、珠綺に言われてタケミっちの家行ったんだよね」

「は?アイツ、マイキーに連絡してたのか?」

「うん。『お前らのせいでタケミっちケガしたんだから、見舞いくらい行ってやれ』って」



 成程、珠綺ちゃんがずっと携帯をいじってたのはマイキー君に連絡を取っていたのが理由だったのか。そういえば、珠綺ちゃんってマイキー君の事名前呼びしてたよな?もしかして、珠綺ちゃんはドラケン君よりもマイキー君と仲が良いのか?



「…マイキー、珠綺に何か言ったのか?」

「何も。ケンチン、珠綺に電話したんだろ?その時に伝えた事以上の事は何も言ってない。アイツは東卍じゃない。だから、変な心配かけたくねぇんだ」

「………あのさ、オレが言う事じゃねーけど…」

「わかってる。わかってんだ、このままじゃいけねーって。オレも、珠綺も」



 悪いタクヤ。お前のリフティングの数、全然数えられてねーや。マイキー君とドラケン君の話を聞きながらタケミチに目を向けると、アイツもよくわからないって顔をしていた。けど、1つだけ確かな事がある。珠綺ちゃんは、凄くいい女だという事。そんで、オレの親友はダサいけど間違いなくヒーローだったって事だ。



「アッくん、アッくん!」

「あ?何だよ?」



 ちょいちょい、とマコトに呼ばれて言われるがままに耳を傾ける。



「珠綺ちゃんの胸」

「は?」

「かなり着痩せしてるけど、アレはDはあると見た!」



 次の瞬間、マコトの身体が吹っ飛んだ。マイキー君、地獄耳すぎねぇ?