ある少女の違和感

 全てが片付いてようやく自宅に辿り着いた時、近くの小学校から17時を伝えるチャイムが聞こえた。玄関に見慣れたビーサンの姿は無い。そういや、何か急用が入ったから来るの遅くなるってメール来てたっけ。



ガンッ!!



 とにかくイライラする2日間だった。一周忌ぶりの集まりではあったが、どいつもこいつも私が中学生だからって好き勝手言いやがる。このイライラをどうにかしたくて持ち帰ったスーツケースに怒りをぶつけると、大して中身が入っていなかったせいでリビングまで吹っ飛んでいった。フローリングが傷付いたら敷金帰ってこねぇかも……。少しだけケチ臭い事が頭を過った。



「まだ中学生なのに喪主だなんて……」

「それより、次女は離婚した元旦那さんが引き取ったんでしょ?長女は一体何してるのかしら」



 陰口なら言葉の通り陰で叩けよババァ共。



「いやぁ、それにしても小学生の時は男の子みたいだったのに。珠綺ちゃん、本当に綺麗になったねぇ」

「困った事があれば相談に乗るからね」



 中学生相手に色目使うんじゃねぇよジジィ共。



「珠綺、気を悪くしないでくれ。お前が悪いわけじゃ無いって分かってるんだ。…だけど、お前の顔を見ていると……」



 じいちゃんはそう言ったっきり俯いて、法要が終わっても私の顔を見ようとしなかった。そんな事、改めて言わなくったってこの場にいる誰よりも私が一番理解しているつもりだ。いくら孫だったとしても、娘を捨てた男によく似たヤツの顔なんて誰が見たいと思うかよ。
 転がったスーツケースをそのままにソファへダイブする。シンプルな形が気に入って値段も見ずに買ったソファだが、確か何とかって言うイタリアの有名な老舗家具屋の商品だったっけ。渋谷駅から徒歩圏内のタワーマンションの一室、みんなでスマブラする時に助かる50インチのテレビ、無駄にデカいクイーンサイズのベッド……ザッと見回してみるけど、我が家にあるモノは中学生の一人暮らしには贅沢品と呼べるモノばっかだ。そもそも、私が実家を出たのはクソ親父から離れて一人で生きていきたいと思ったからだ。少なくともそう意気込んで家を出たのに、流石に未成年では単独で家を借りる事は不可能だった。結局のところ、現在私は親父が契約してくれたこのマンションで親父から毎月振り込まれる生活費を頼りに何不自由の無い生活を送っている。あー……ダッセェ…。



ブブッ…ブブッ…



 ケツポケットが震えてハッとした。どうやらソファに突っ伏したまま寝ていたらしい。身体を起こすといつの間にかすっかりと日は暮れていて、窓には水滴が付いていた。昼間はウザイくらい太陽が自己主張してたのに、どうやら今は雨が降っているみたいだ。



ブブッ…ブブッ…



 もぞもぞと携帯を取り出すと、サブディスプレイには幼馴染の名前が表示されていた。



「……もしもし?」

『珠綺!オマエ、今どこにいる!?』



 うるさっ!不意打ちの大声でキーンと耳鳴りがする。三ツ谷の声は珍しく焦っていた。



「家だよ。今の電話で起きたんだから」



 嫌味のつもりでそう返したのだが、どうやらそれどころじゃ無いらしい。何をそんなに慌ててんだ?今日は8月3日。本当なら愛美愛主との抗争があったはずだが、それはパーが逮捕されたこの前の一件で片が付いてるはずだ。



『マイキーは!?』

「万次郎?まだ来てねぇよ。何か遅くなるって連絡来てたけど……オイ、何があったんだよ?」

『ぺーやんからドラケンをまくる≠チて連絡が入った』

「は?ぺーやんが?何でまた……」

『東卍がマイキー派とドラケン派に割れた時、誰よりもマイキーに賛同してたのはぺーやんだった。アイツは東卍ウチらがパーちんを見捨てたと思い込んでんだよ』

「何だよ、それ……」



 いや、確かにぺーやんはパーちんの右腕のような存在だ。パーはペーやんに絶対的な信頼を置いていたし、ペーやんは脳みそミジンコ並みとバカにしつつも友達想いなパーの事を尊敬しているようだった。でも、だからってパーが逮捕されて辛いのはペーやんだけじゃねぇ。私だって、三ツ谷だって、ドラケンだって……万次郎だってその想いは一緒のはずだ。



『しかも、アイツ愛美愛主の残党とつるむとかぬかしやがった。オレはとりあえずバイク出すから、心当たりがあれば教えてくれ』

「心当たり……あ、武蔵祭り…」

『は?』



 そうだ、今日は8月3日。ヒナちゃんがタケミっちを誘いたいって悩んでた武蔵神社で祭りが開催される日だ。連絡先を教えて数日後、相変わらず進展の無さそうなヒナちゃんを不憫に思ってエマを紹介してやると、恋する乙女同士すぐに仲良くなった。エマはようやく恋バナが出来る友人が出来たって、夕飯のメンチカツを1個オマケしてくれるくらいに喜んだ。……まぁ、せっかくオマケしてくれたメンチカツはエマの兄貴に奪われちまったんだけど。暫くヒナちゃんの相談を聞いてるうちに、エマもそれに感化されたらしく、ある日鼻息を荒くして私に宣言した。



「エマがドラケン誘って武蔵祭りに行くって……」



 何だかんだでドラケンはエマに優しいから、エマの誘いを無下にはしないはずだ。



「三ツ谷、ドラケンは多分武蔵神社の近くにいる。ただこんな雨だし、もう帰っちまってるかも…」

『それでも、闇雲に探すよりはマシか……とりあえず、オレは神社に行ってみる。珠綺、マイキーと他のヤツらに連絡取っといてくれ。ドラケン見つけたら、また連絡する』

「分かった。気を付けろよ」



 すぐにエマに電話をしてみるが流行りの着うたが流れるだけで何も変わらず。ただ気付いてないだけならいいのだが、もしもうペーやんに見つかってたとしたらエマも危ねぇ。最低限の荷物だけを持って家から飛び出すと、私が思っていたよりも天気は荒れていた。



「……オイ万次郎!お前、今どこだ!?」



 我ながらさっきの三ツ谷と同じような科白だ。片手に傘を差してすっかり日も暮れた道を走ってると、電話越しに万次郎の後ろからもザァザァと雨と音が聞こえてる。やっぱり万次郎も外にいるんだ。



『オレ?愛美愛主の残党を片付けたいって相談されて廃工場の近くだけどー……何かあったのか?』

「相談?誰に相談された!?」

『誰って、ペーやんだよ』



 何だ、この気持ち悪い違和感。パーちんが長内を刺したって聞いた時と同じ感覚。



『おーい、珠綺ー?』

「……万次郎、今すぐにドラケンを探してくれ!」

『は?ケンチン?』

「さっき三ツ谷から連絡が来た。ペーやんがパーの件でドラケンに逆恨みして愛美愛主の残党とドラケン襲おうとしてるって」

『ちょっと待った。珠綺、オマエさっきから何言ってんだ?』



 万次郎が困惑するのも無理が無い。私だってさっきからずっと頭が追い付いて無いんだ。パーと比べりゃペーやんは多少機転が利く方かもしれねぇが、そもそも参番隊は武闘派の集まりなんだ。頭より先に手が出るヤツばっかなのに、こんな回りくどいやり方を選ぶなんてらしくない。



「いいから!私も場地達に連絡して合流すっから、とにかく武蔵神社に向かってくれ!ドラケンが危ないんだって!」



 言い終わるかどうかのところで乱暴に通話が切られた。廃工場までは少し距離がある。万次郎は間違いなくCB250Tバブで出てるはずだ。CB250Tバブの排気音が近付けばドラケンも三ツ谷も万次郎が来たって気付くだろう。



「……場地!今からそっち行くから、バイクの準備して待っててくれ!」

『あ?急に何なんだよオマエは……』

「抗争は終わって無かったんだ!特攻服着て千冬達にも知らせろ!ドラケンが狙われてる!!」



 ああ、もう!持って来たはいいが邪魔過ぎる!近くのごみ置き場に傘を投げ捨てて、場地達が住んでる公社住宅を目指す。スマイリー、ムーチョ……あと八戒に電話すれば十分か?ドラケンは化け物並みに強ぇ……だから、大丈夫。きっと大丈夫……だよな?