ある青年への難題
ドラケン君を救うというミッションを達成したオレは、ナオトと握手して戻った2017年の世界で大人になったヒナと再会した。ようやく会えた26歳のヒナはすげぇ綺麗になっていて、つい数時間前にオレが14歳のヒナにプレゼントしたネックレスが首元で揺れていた。アッくんはオレと約束した通りに美容師の夢を叶えるため真っ当な人生を歩んでいて……これこそ、オレが求めていた2017年の世界のはずだったんだ。
「……一虎君…何やってんスか?コレ?」
「何って…踏み絵≠セよ」
白い特攻服の集団に囲まれる中、オレは何でこの場に来てしまったのかと後悔した。何でかって?それは、目の前で東卍の壱番隊副隊長って少年の顔面を殴りつけている場地君を東卍に連れ戻す為だ。……どうしてかって?そりゃ、そうすればマイキー君が東卍の参番隊隊長に着任した稀咲を外してくれるって約束してくれたから……。
オレは確かに2017年の世界で東卍と無関係な世界で生きるヒナとアッくんと再会した筈だった。なのに、オレの期待はいとも簡単に裏切られてしまう。日にちは違えどヒナはオレの目の前でトラックに突っ込まれて死亡。トラックを運転していたアッくんは前の世界線でいビルから飛び降りた時と同じく「オレは今や稀咲の兵隊だ。東卍の奴らはみんな稀咲の言いなり=vって言葉を吐いて絶命した。ナオトの計らいでドラケン君に再会する事も叶ったけど、何故か彼は死刑囚として拘置所に拘留されていて…。ガラス板越しに会話したドラケン君は東卍の事をオレの全てだった≠ニ語る一方で、彼は俯いたまま地を這うような声でこう言い放った。
「本当にもう一度人生をやり直せるなら、一つだけやんなきゃいけねぇ事がある……稀咲を、殺す!」
アッくんの恐怖の対象にして、ドラケン君の憎悪の対象……それが稀咲鉄太という男だ。マイキー君に心酔していたという稀咲こそが全ての元凶であり、ヒナを殺し続けて≠「る張本人に違いない。そんなヤツが東卍創設メンバーのパーちん君が跡を継いで参番隊隊長をしてるなんて、いや東卍にいる事すら許せねぇ。だから何としても場地君を連れ戻して、稀咲をマイキー君から遠ざける必要があった。
だけど場地君を連れ戻す為に芭流覇羅のNo.3だという一虎君の後をついてきてみたらどうだ?オレをここまで案内してくれた一虎君は場地君と同じ東卍の創設者で、マイキー君の兄貴を殺した首謀者で、場地君もその事件に加担していてー……。
「一虎が庇ってくれたからオレは年少に入らずに済んだ。オレは一虎が出所するのを待ってたんだ」
うっすらと笑みを浮かべながら今までの経緯を話す場地君に寒気がした。オレはてっきり、場地君が東卍を脱退したのは些細ないざこざが原因なんだと思っていたのに……。実際はどうだ?場地君はそもそも一虎君側の人間で、マイキー君に反旗を翻す為に芭流覇羅への仲間入りを志願したんだ。だったら、連れ戻すなんて絶対に無理じゃんか。
「……こんなクソ汚ねぇ場所に呼び出して……一体何の用なんだよクズ共」
ドサッと重たい荷物を置くような音と共に、気だるげな声がゲーセンに響いた。
「ギャーギャーうっせぇからわざわざ出向いてやったんだ。茶でも出せよ、気が利かねぇな」
高い声に口の悪い言葉使い……間違いない。弾かれたように振り向くと、想像していた通りの人物が憤懣やかたない様子でゲーセンの出入口に仁王立ちしていた。珠綺ちゃんは芭流覇羅連中が向けてくる鋭い視線を向けてくる視線を悉く無視して、真っすぐにオレの方に向かってくる。
「珠綺ちゃん……」
「へぇ、お前にしては珍しくピンピンしてんなぁ」
「痛っ!」
周り中敵だらけのこの最悪な状況下で、今日ほど珠綺ちゃんの笑顔に救われた事は無かった。珠綺ちゃんはピンッとオレの鼻にデコピンすると、ぐるりと視線を一周させて足元で倒れ込む少年に目を向ける。
「……ハァ…タケミっちがピンピンしてるかと思えば、今日は千冬がボロボロなのかよ…」
ガリガリと頭を乱暴にかいて、珠綺ちゃんは千冬≠ニ呼んだ少年に近付こうと一歩踏み出した。
「おっと……そう好き勝手な行動されると困るんだわ」
「……テメェ…半間、とか言ったか?」
珠綺ちゃんの行く手を阻むように立ち塞がった背の高い男、半間はこの芭流覇羅のNo.2で8・3抗争の時に愛美愛主の仮¢穀キを名乗っていた人物だ。半間はひょいと長い首を伸ばし、出入り口付近で倒れる仲間の姿を確認して不気味に口角を上げる。
「あーあー…せっかく迎えをやったのに、見事なまでにボコボコにしてくれたなぁ…」
「ナイフや鉄パイプ持って、帰宅しようとする女子中学生囲うのが迎えだぁ?テメェらの頭はお花畑かよ」
「大の男3人を引きずってここまで来るなんて、どんだけ怪力なんだよオマエ」
「ハッ、それくらいで驚くなんてテメェのチームは軟弱モンの集まりか?こんなとこでタバコ吸ってるから運動能力が乏しいんだよ。怠けてる暇あんなら家で筋トレでもしてろ」
中学生の女の子にしては背が高いとはいえ、芭流覇羅の中でも飛び抜けて背が高い半間と並ぶとまるで大人と子供くらいの違いがある。それでも珠綺ちゃんは特に臆す事無く、頭1個分以上離れた半間の顔を睨みつけて苦々しく言葉を吐き捨てた。
「どけよ。私はお前らに用があってここに来たんじゃねーんだ。もう千冬への用事も終わったんだろ?なら、とっとと連れ帰らせてもらう」
「へぇー……マイキーの女っていうからどんなヤツなのか気になってたけど…噂以上に威勢のいい女だな」
「万次郎とはそんなんじゃねーよ。どこのガセネタ掴まされてんだ?」
次の瞬間、オレの後ろで誰かが動く気配がした。慌ててその正体を探ろうとした時には既に遅く、気が付くとその誰かは珠綺ちゃんに駆け寄って後ろから彼女の背中に抱き着いている。
「珠綺久し振りだなー!せっかくの再会なのに無視?ひっでぇー」
「……久しぶりだな、一虎。離せよ、お前に構ってる暇はねぇ」
「ハハハ、相変わらずみたいで安心したよ。……まだマイキーと一緒に居んだな」
「私がどうしてようが、お前には関係ねーだろ」
随分と親しそうに話す一虎君に対して、珠綺ちゃんの受け答えは淡々としている。それもそうか……だって、マイキー君と仲の良い珠綺ちゃんにとっては、一虎君はマイキー君の兄貴を殺した忌むべき存在なんだろうから。
「場地が東卍を抜けて芭流覇羅に入る事になったのは知ってるだろ?珠綺も芭流覇羅に来いよ。ほら、珠綺だって暴走族に入りたがってたじゃん」
「……私が入りたかったのは東卍だけだ。他の暴走族なんて興味ねーよ」
「ハァー……相変わらずマイキー、マイキー、マイキー……ホント嫌になるよなぁー……やっぱ、マイキーを殺すしかねぇか」
感情の無いその声に背中にゾクリ、と悪寒が走った。この短時間の間で何となく一虎君の異常さは理解したつもりだけど、彼のヤバさは本物だ。何でマイキー君の兄貴を殺した一虎君達がマイキー君を憎むんだ?逆ならまだしも……完全に道理を外れている。
「……もう1度言う、さっさと離せ一虎。私は千冬を回収に来ただけだ」
一虎君の身体を突き放して、珠綺ちゃんは半間にも、それから場地君にも目を向けずに横たわる少年に手を伸ばしてぐいっとその腕を自分の肩に回させた。
「タケミっち」
「は、はいっ!!」
「帰るぞ。もうここに居る意味もねぇ」
自分より背の高い少年の身体を支えているのに、珠綺ちゃんの足取りはしっかりとしていた。そうだ、オレも一緒に……珠綺ちゃんの後をついて異様な空気間のゲーセンから抜け出そうとするオレの背中に半間の声が投げられる。
「花垣!!マイキーに伝えろ!!」
「1週間後の10月31日、廃工場にて芭流覇羅VS東卍……決戦だ!!」
元々愛美愛主の残党と反東卍の連中が合わさって出来た暴走族が芭流覇羅だ。そう遅くない内に衝突するのは分かっていたけど、幾らなんでも早すぎる。これじゃ、芭流覇羅とぶつかる前に場地君を連れ戻すっていうマイキー君との約束を果たしようが無い。……それに…
「タケミっち!何してんだ、置いていくぞ!!」
「あ、ま、待って……!」
逞しくも芭流覇羅連中をかき分けて出口に進む珠綺ちゃん。実のところ、彼女の安否こそ1番の不安材料でもある。2017年の世界でオレはナオトに珠綺ちゃんの行方を捜して貰ったが、結果はオレが想像していたものとは全く異なっていた。
「タケミチ君の言っていた芹澤珠綺ですが、やはり死亡していました」
「……え?」
「ただ確かにタケミチ君の言う通り、2005年の7月4日に事故に巻き込まれたという事実はありませんでした。彼女の死因は刺殺……10月20日、つまり12年前の今日、20時頃に1人で渋谷駅周辺を歩いていたところを通り魔に刺されのだと報告を受けています」
そう、オレが2005年の世界に帰ってた日、つまり東卍の集会で稀咲が参番隊隊長に任命されたその日に本当であれば珠綺ちゃんは通り魔に刺されて死んでいるはずだったんだ。なのに、その日マイキー君と別れてすぐに渋谷駅周辺を探し回ってもそんな騒ぎが起こった形跡など全く無く、翌日の開かれた東卍の集会ではピンピンした姿の珠綺ちゃんが何事も無かった様子でマイキー君達と喋っていた。あの時の全身の力が抜ける感覚といったら……。しかし、これは一体どういう事だ?何で未来から来たオレが知らない過去が存在する?考えても考えても、答え何て見つかるわけがなかった。だけど、今はそんな事どうでもいい。結果として珠綺ちゃんが生きていてくれるのであればそれに越した事は無い。それよりも、今は勝率0%の場地君を奪還するミッションに集中するんだ。
「ったく、お前も無茶するよなぁ……普通1人で一虎に着いていくか?お前、ボロボロにされんのが趣味なわけ?」
「いや、そういうワケでは……」
ゲーセンから出るなり、呆れたと珠綺ちゃんの冷たい視線を受けてオレの身体は委縮してしまう。確かに、今思えば限りなく軽率な行動だったと反省した。下っ端とはいえ、オレは正式な東卍のメンバーに入れられたんだ。のこのこ敵のたまり場に行ったのに無傷で帰って来る事が出来たなんて奇跡に近い。
「あ、あのさ……」
「ん?何だよ」
「マイキー君に、場地君は珠綺ちゃんとも仲が良かったって聞いたんだけど……」
「ああ、あのバカの事か……」
ずっと気になっていた事を質問すると、珠綺ちゃんは何とも言えない表情を浮かべた。
「仲良いか、って聞かれたらよく分かんねーけど、一緒に居て楽なヤツではあったよ」
ずるずる引きずっていた少年をゲーセンの外壁に背中をもたらせるようにして座らせて、珠綺ちゃんは「ふぅ」と息を吐いた。今更だけど、何でオレは珠綺ちゃんにあの少年を任せてしまったんだろう……普通、男のオレがその役割を果たすべきだったんじゃないか?自分の情けなさにつくづく嫌気がさす。
「……タケミっち」
オレの方を見る事無く、珠綺ちゃんは小さく呟いた。
「万次郎に何言われたか知らねぇが、場地を連れ戻すなんて事は考えんなよ」
「え?」
思いもよらない言葉に耳を疑った。場地君と仲が良いという珠綺ちゃんなら、マイキー君と同じで場地君が帰ってくる事を願うと思っていたのに……。
「どうして……」
「アイツは自分で芭流覇羅に行く事を選んだ。それを私らがどうこう言う事なんて出来ねぇ」
珠綺ちゃんはゲーセンの壁に落書きされた首の無い天使の落書きを見つめながら言葉を続ける。
「これはお願いじゃねぇ、警告だ。自分の身が大事なら、もう場地に関わるのは止めろ」
低く凄味のある声に思わずゴクリ、と唾を飲み込んだ。少しだけ間を置いて振り返った珠綺ちゃんは、いつもみたいに歯を見せて「毎回ケガしてヒナちゃん悲しませるワケにもいかねーだろ」と笑った。
「私は千冬を送って帰るから、タケミっちももう帰れ。外に出たとはいえここはまだ安全じゃねぇ。いつ芭流覇羅連中が出てきてもおかしくねーんだ」
「う、うん……」
しゃがみ込んでペチペチと少年の頬を叩く珠綺ちゃん。「うぅ…」と小さな呻き声が聞こえてきたので、どうやら彼も一応は無事らしい。2人と別れて家路に着く途中、オレの頭の中では相反する2つの言葉が代わる代わる再生された。
「芭流覇羅とぶつかるまでに、場地を連れ戻せ!!」
「場地を連れ戻すなんて事は考えんなよ」
……オレ、一体どうすりゃいいんだ……。
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