ある少女とその相棒
ちゃぶ台に片肘を付き、目の前に置かれた1枚の紙っぺらをこれでもかと睨みつける。我ながら野良犬でも出さないような唸り声が上がったのには驚いた。
「……で?言い訳くらいは聞いてやるよ」
視線を上げてこの紙っぺらの持ち主の様子を窺うと、当の本人はボーっと明後日の方向を見ている。ブチィッと頭の中で何かが切れた。
「何でこんなクソみてぇな点数が採れんだよ!!バカだバカだと思ってたけどテメェの脳みそは消費期限切れか!?あ゛ぁ!?」
あまりにも勢いよくちゃぶ台を殴りつけたせいで、上に置いてあった赤ペンまみれの紙がペラッと床に落っこちた。まだ残暑も残る9月の半ば、急に場地に家に呼ばれたかと思えば無言で手渡された21点の答案に衝撃が走った。どの中学でも、休み明けのこの時期に簡単な小テストをやるのは同じらしい。現に、私らの中学でも5教科の小テストが行われたばかりだった。だけど、テストの内容はあくまでも夏休みの宿題から抜粋される程度のはず。応用問題も少ないから、宿題さえやっていれば簡単に解けるはず……普通はな。
「お前、夏休みの宿題提出しなかったんだろ!」
「ンなわけねーだろ!提出したわ!千冬と半分ずつやって」
「それじゃ意味ねーだろがッ!」
場地も場地なら千冬も千冬だ。いくらなんでもこの場地より低い点数を採るとは思えねぇが、こりゃ千冬の点数も相当悪いんじゃねぇか?小テストや学期末試験がある度に場地や千冬に呼び出される事には慣れたが、どうして毎度毎度こんな点数を採れるのか私には不思議で仕方ねぇ。
「ハァー……お前、流石に留年2回目は笑えねぇぞ?」
「オイ、何でまたダブるって決めつけてんだよ」
「この点数見たらそう思わねぇ方が無理だって……せっかくだし1年からやり直せば?」
「ダブるどころか学年下がってんじゃねぇか!」
いや、割と真面目な話なんだけど……まぁ、いいや。
「私を呼んだって事はまた補修課題渡されたんだろ?ちんたらしてても埒明かねぇ……やるならさっさと終わらせようぜ?」
場地の部屋の窓から見える赤みがかった空の奥からカナカナ…とひぐらしの鳴き声が聞こえてきた。まだ暑い暑いとは思っていたけど、もう夏も終わりなんだな。そう思うと何故か寂しく思えるから不思議だ。ちっとも動こうとしない場地に代わって、机に乱雑に置かれた英語の教科書と夏休みの宿題らしきドリルを引っ張り出す。……ちょっと待て、何で私が準備してんだよ。
「オイ、お前の補修なんだからキビキビ用意しろよ。課題は?」
「……オマエを呼び出したのは、課題を手伝ってもらう為じゃねーよ」
「はぁ?」
急に黙り込んだかと思えば、場地はポケットから携帯を取り出して1枚の写メを見せてきた。褐色の肌に金髪、それから眼鏡をかけた男……コイツは……。
「珠綺、コイツの事知ってるか?」
「……確か、稀咲だろ?愛美愛主でH2組をまとめてたのはソイツだって聞いた事あるけど…」
「そうだ……じゃあ、コイツがパーの抜けた参番隊の隊長を狙ってるってのは?」
「は?稀咲が……参番隊を?」
私の言葉に場地はゆっくりと深く頷いた。あまりにも素っ頓狂な話に「冗談だろ?」と聞き返したが、こんなくだらない冗談を吐く事が場地にとって何のメリットにもならないという事は私も良く知っている。でも、だとしたら場地はどこからこの情報を得たんだ?そもそも、愛美愛主の元総長である長内や仮総長を名乗っていた半間と違って、稀咲の素性はあまり知られていない。不良を名乗ってる以上はそこそこは喧嘩が出来るんだろうが、パーが長内を刺した時も武蔵祭りの時も稀咲は乱闘の現場に姿を見せなかったと聞いた。
「……正直、稀咲に関して知ってる事は殆どねぇ。それは、コイツがかなりの策士で自分の情報を極力漏らさねぇ用心深い奴だからだ。場地の言ってる事がホントだとして、お前はどこでそれを知ったんだ?」
「パーが長内を刺した事件の後、偶然聞いちまったんだよ。稀咲がマイキーにパーを出所させる代わりに参番隊 隊長に任命してくれ≠チて持ち掛けてるのをな」
「!!」
そうか……だから、万次郎はあの時…。
『オレは、それが間違っていたとしてもパーに東卍にいてほしいって思った。金でパーを出所出来るならそれでも良いって思った』
あの事件の夜、万次郎の言葉の中に抱いた違和感の原因がようやく解けた。違和感を感じたのはそれだけじゃねぇ。そもそもパーがナイフを持ち込んだ事も、ペーやんが万次郎を出し抜いてドラケンを潰そうとしたのも……愛美愛主との抗争の原因から結末まで全てが違和感だらけだったじゃねぇか。もしかして、愛美愛主との抗争を企てたのは稀咲で、その目的が東卍の隊長の座……いや、あわよくばドラケンの座を狙っていたのだとしたら……?その瞬間ゾクリ、と身体に悪寒が走った。コイツはヤバい、ヤバすぎる。何がヤバいって、稀咲自身は何も手を汚してねぇ事がだ。
「場地、この事、他の奴らには……」
「言えるワケねーだろ……マイキー派とドラケン派の対立が収まってからそう時間も経ってねぇ。ここで変にオレがぶり返したら今度こそ東卍は真っ二つに割れちまう」
場地にしては実に的を得た見解だ。昔から、コイツは勉強が出来ねぇクセに自頭だけは良かったもんな。多分、私が場地と同じ状況下に置かれていたとしても、全く同じ行動を取っただろう。そもそも、今分かっているのは稀咲が万次郎にパーを出所させる為の手助けをしようと持ち掛けた事だけ。稀咲が愛美愛主を使ってパーやドラケンを排除しようとした事を証明出来るネタはどこにも無い。
「……珠綺、オレ、東卍を抜けようと思ってる」
「は?お前何言ってんだ?!」
聞き捨てならない言葉に、気付くと私の手は場地の胸倉を掴んでいた。焦る私とは反対に、場地は妙に落ち着いている。睨みつけるような形相の私をじぃっとその瞳に捉えたまま、淡々とした口調で言葉を続けた。
「今、半間が愛美愛主の残党と反東卍勢力らをまとめて芭流覇羅ってデカい暴走族を作ってるらしい。表ではS63とH1組をまとめてる半間とH2をまとめてる稀咲は対立関係にあるらしいが、オレはコイツらが繋がってるって踏んでる」
「……その根拠は?」
「ンなのあるワケねーだろ。単なる勘だ」
だと思った。良くも悪くも、場地は口より先に手が出るタイプだ。……まぁ、その事に関しては私も他人の事を言えるワケじゃねぇが。
「東卍抜けて芭流覇羅に潜入するって……どっちもそう簡単な事じゃねぇぞ?特に芭流覇羅に入るにはそれなりの伝手が必要になる。東卍が嫌になって寝返るつっても、壱番隊隊長で創設メンバーのお前を裏切り者≠チて認めさせるには第三者からの後押しが必須だ」
「伝手なら問題ねぇ、何とかなる。パーの事は流れたとはいえ、稀咲を入れれば東卍には愛美愛主H2世代の50人が加わる事になるんだ。チームをデカくしようと考えてるマイキーはまず断らねぇだろ」
確かに、稀咲が東卍に入ってからでは東卍内で稀咲の粗探しを行うのは困難になる。うだうだ考えて時期を逃す前に、芭流覇羅に潜入する事を前提で動き始めた方が利口かもしれない。
「だとしても、場地が東卍を抜けるなんてまず万次郎が許さねぇ。………あのさ…」
「これはオレが言い出した事だ。オマエは余計な真似すんなよ」
その先に何を言おうとしていたのか察したように、場地が食い気味で私の言葉を遮った。
「でも……一虎もパーも居なくなっちまって、今東卍に残ってる創設メンバーはお前を入れて4人だけなんだ。場地まで東卍から居なくなるなんて……私は嫌だ」
「だからってオマエが芭流覇羅に乗り込む方が無茶あんだろ。それこそマイキーが許さねぇよ」
稀咲の尻尾を掴む前に芭流覇羅を潰されるのは勘弁だ。場地はそう言って、茶化したように笑う。
「珠綺、勘違いすんなよ。オレは別にマイキーの為に動いてるんじゃねぇ。全部はオレ自身の為だ。オレが大事だと思ってる東卍を守る為……だから、オマエに動かれるとオレの立場がねぇだろうが」
「……じゃあ何で今日、私にこの事を話したんだよ…」
そう言って眉を潜めると、目の前の男はばつが悪そうにフイっと視線を反らした。普通、私を巻き込むつもりが無いならこの事を私に打ち明けたりしないはずだ。多かれ少なかれ、私に何かして欲しい事があるから呼び出したんだろう。
「……私は東卍のメンバーじゃねーからな…万次郎達と違って稀咲と接触する機会も少ない」
「ああ……だから、オマエに頼みたい事がある」
* * *
ブブッ…ブブッ…
佐野家のリビングで万次郎とバラエティ番組を見てるとテーブルに投げていた携帯が震えた。サブディスプレイに表示される文字は無し。ただ青いランプがチカチカと光ってメールが来た事を告げている。万次郎がテレビに夢中なのを確認して、徐に携帯を掴んで席を立った。
「ちょっとコンビニ行ってくるわ。何か買って来るモンある?」
カバンを漁って財布を取り出しながら聞くと、万次郎は首だけをこっちに向けて「今から?」と首を傾げた。
「そ。アイス食いたくなった」
「冷凍庫にあるだろ?エマが買ってきたって言ってたし」
「今はピノじゃなくてガリガリ君の気分なんだよ」
……嘘だ。どちらかと言うとピノの気分。それか雪見大福。
「珠綺ってホント食い意地張ってるよなー…」
「万次郎に言われたくねーし」
「オレも行く。準備すっから待ってろ」
「別にいいよ、近くのコンビニ行くだけだし。そのテレビ番組、万次郎が好きなヤツだろ?何かいるなら代わりに買って来てやるって」
万次郎は私とテレビとを見比べて「んー…」と真剣に悩み始めた。いや、悩まないで良い。大人しくテレビ見ててくれ。
「とっとと行って帰って来るから、何かあったら携帯にメールくれよ」
「………あ、珠綺」
「ん?何かある?」
「ゴム!もう無ぇ!」
「………テメェ…」
とりあえず、ふざけた事を抜かす野郎の頭を一発殴って佐野家を後にした。アイツ、実の妹に聞かれたらどうするつもりなんだ?ギャーギャー騒がれるのはマジで御免だぞ。玄関を出ると、長袖のパーカーを羽織っているにも関わらず少しだけ肌寒さを感じる。ついこの間までは夜でも半袖で出歩けたって言うのにな。
「……もしもし?」
コンビニに着いた私は、併設している公衆電話に100円玉を入れて目当ての番号を押す。1コール、2コールと呼び出し音が鳴り、5コール目くらいしてようやく公衆電話のディスプレイがデジタル数字をカウントし始めた。
『遅ぇ』
「仕方ねーだろ。最近公衆電話少ねぇんだから」
場地と連絡を取る時は公衆電話を使う事。コレは場地が東卍を抜けてから徹底している事だ。そこまでする必要があるか……と聞かれたら私も大袈裟すぎるとは思ったが、用心しすぎる事に越した事は無い。場地には私と連絡を取った形跡を残すなと伝えてあるが(アドレス帳の表記も変えさせた)、万が一消し忘れても通話履歴の相手が公衆電話なら後を辿れないはずだ。
「時間も限られてるから本題に入るぞ。そっちはどうだ?」
『何も。そもそも芭流覇羅の連中は東卍を潰す事を目的に集められた連中だからな……東卍との抗争の日時さえ決まっちまえば後は集まる理由も無ぇ』
「……たった数日で何か進展が出るはずも無ぇか」
ガリガリと頭を掻いて溜息を一つ。場地が東卍を抜けるまでも散々稀咲と半間の繋がりを漁ったが手がかりはゼロ。稀咲が関わったであろう連中にも声を掛けてみたが、揃いも揃ってガタガタ震えるばかりで口を割ろうとはしねぇ。正しく文字通りのお手上げ状態だった。……まぁ、ンな事はこっちも織り込み済みだけどな。
「芭流覇羅の幹部の中に黒いマスクの男がいるだろ?丁次、とかいう」
『よく覚えてねぇけど……ゲーセンで半間の近くに座ってたヤツの中にそんなのがいたような……』
「ソイツは確実に稀咲と繋がりがある。情報元は言えねぇけど、それなりに信頼出来る奴から聞いた話だから信憑性は高いと思うぞ」
『は?信頼出来る奴から聞いたって……オマエ変な事に首突っ込んでんじゃねぇだろうな!?』
ギャンギャンうるせぇ……思わず受話器を耳元から遠ざける。
「別に突っ込んじゃねーよ」
ぼったくりか?ってくらい金は取られたけどな。
「ソイツが言うに、丁次ってヤツは稀咲が愛美愛主にいた時に現東卍の濱田と揃って稀咲の下についていたらしい。これで稀咲が芭流覇羅と何かしらの繋がりがある事は確定だ。動きがあるとすれば来週……31日の抗争の中で、稀咲は何かしら仕掛けてくるに違いない」
『やっぱ抗争の時か……』
「場地が言う通り、芭流覇羅は対東卍を目的に作られた即席チームだ。東卍との抗争が終わってからのチームの存続はほぼ未定だろう。だとしたら、全ては東卍を潰す為、若しくはそれに近しい事を成し遂げる為の布石と考えるのが自然だ」
『……ふせき…』
「簡単に言えば下準備って事だよ」
1カ月前、場地に頼まれたのは稀咲の作戦を見据えて奴を出し抜く為の戦略を練る手伝いをする事だった。確かに場地は直感で動くタイプだから、最後の最後で稀咲の仕掛けた罠に足元をすくわれる可能性は拭いきれねぇ。だけど、それは稀咲も然りだ。稀咲のように緻密な計画を立てる奴が最も嫌うのは予想外の行動をする人間だろう。腹が減ったと車に火を点け、眠いってだけですれ違った赤の他人を殴りつけるような奴、コントロールしようが無いもんなぁ。
「丁次ってヤツを叩く事も考えたけど、半間の動きが読めないせいでこっちも下手に動くのはマズい。あの胸糞悪ぃ踏み絵≠ニかいうののお陰である程度の芭流覇羅連中はお前の芭流覇羅入りに理解を示したんだろうが、疑われるような真似は極力避けるのが無難だ」
『つまり……今はこれ以上動けねぇって事か…』
「残念ながらな……」
受話器の向こうから、此方と同じタイミングで溜め息を吐く音が聞こえた。もう少し金を積めば更に革新的な情報を掴めるかもしれねぇがー……いや、この案は無しだな。万が一バレた時に取り返しがつかなくなる。気付けば公衆電話のディスプレイの数字は3≠表示していた。ヤバい、もう時間が無ぇ。
「そういえば、昨日千冬とタケミっちに呼び出された」
『千冬とタケミチに?』
「オウ。『場地さんと一緒になって何を調べてるんですか?』だとよ。ハッ、バレバレじゃんか」
千冬は場地に対してすげぇ忠誠心があるから、ちょっとやそっとの事じゃ納得しねぇとは思ってたけど。
「動きづらくなるのはよく分かるけど、やっぱ千冬には言っといた方が良かったんじゃねぇか?」
『東卍のヤツらと繋がるって事は稀咲に勘付かれる可能性が高くなる……それはオマエだって心配してた事だろうが』
「……そうだけど…」
場地に協力するって事は自分で決めたはずなのに。今になって千冬がボコされる事を知ってて見捨てちまった事に罪悪感を抱くのは、随分と虫が良すぎるか。
ブブッ…ブブッ…
「ん?……ゲッ!!万次郎……!!」
ポケットに入れていた携帯が震える。念の為にサブディスプレイ確認すると家でテレビを見ているはずの唯我独尊男の名前が表示されているじゃないか。しかもメールじゃなくて電話……嫌な予感しかしない。公衆電話のディスプレイ表示はいよいよ1≠ノなっていた。
「悪ぃ、また連絡する!」
『珠綺!!』
急いで受話器を戻し、慌てて携帯の通話ボタンを押す。……セーフ、何とか留守電になるまでに間に合った。
「もしもし?」
『……珠綺、今どこにいんの?』
「どこって……コンビニだけど?」
『嘘。オレ今近くのファミマにいるけど、珠綺どこにもいねーじゃん』
……は?
「え、万次郎、お前今外にいんの?」
『だからそう言ってんじゃん。で?オレに嘘吐いてどこにいんだよ』
「コンビニだって……つってもファミマじゃなくてローソンだけど…」
『はぁ!?何でわざわざ遠い方に行ったんだよ!』
そりゃ……もしかしたらこうなるかも、って念には念を入れて。万次郎の家から1番近いコンビニは徒歩5分のファミマ。だけどそれじゃ万が一万次郎が追ってきた時に対処が出来ねぇからな。私はこう見えても稀咲と同じで慎重に行動するタイプなんだよ。
「アイスのついでにからあげクンも食いたいなぁーって」
『分かった。そっち行くからぜってぇ動くんじゃねぇぞ!!』
「いや、別に来なくて良いってば……何?欲しい物があったワケ?」
断りはいれたものの、「きっと万次郎はここへ来るんだろうなぁ……」と諦め気味に近くの縁石にしゃがみ込む。そういえばずっと外で話していたからかすっかり指が冷えちまった。ちょっと時期は早いけど、おでん食いたいかも。はんぺんとか、大根とか。
『……エマに怒られた』
「あ?エマに?……何で?」
『風呂から出てくるなり『こんな時間に女の子1人で外で歩かせるなんて信じらんない!』って喚かれた。『珠綺が襲われでもしたらどうすんの!!』って』
「……ハハ…」
私が襲われる?いや、無い無い。そんじょそこらの男に負ける気しねーもん。空笑いで返すと、万次郎のムッとした声が返ってくる。
『オレだって珠綺はそう簡単にヤられねーって分かってるけど……もしかしたら、って思ったらすっげぇムカついた』
「もしかしても何も、有り得ねぇだろ」
『だから、それは分かってるって言ってるじゃん!でも、そんな事想像させた珠綺にメチャクチャ腹が立ったからー……』
「……ん?」
ブツリ、と通話が切れた。何だ、電波が悪くなったのか?だとしたら、今のうちに店の中入っちまおうかな……そろそろマジで寒ィ…。よいしょ、と腰を上げると、正面から凄い勢いで体当たりを受けてそのままドスンと尻もちをついた。段差の無いアスファルトだったのがせめてもの幸い……じゃねぇ。クッソ痛ぇ!嗅ぎ慣れた香水の匂いのお陰もあり、タックルしてきた犯人が誰なのかだなんてすぐに分かった。
「テメッ……万次郎!急に飛び掛かってくんなっていつも言ってんだろ!!」
「オレを心配させた珠綺が悪ィ!あー、よかった、無事で」
「お前のせいで尻に青痣出来たよ、間違いなく」
ギュウギュウ締め付けて来る万次郎の背中をポンポン叩いて退くように促す。悪びれる様子の無い笑顔を向けられ何とも言えない気持ちになりながら、万次郎が差し出した右手を掴んで身体を起こした。
「エマにシュークリーム頼まれてんだ。さっさと買って帰ろう」
「シュークリーム……いいなぁ、私もそれにするか…」
「オマエ、ガリガリ君買いに行くって言ってたじゃん」
「たった今シュークリームの気分になったんだよ。あ、あとおでん」
「……からあげクンは?」
ついでに麦芽コーヒーも何本か買ってくか……あと、明日の朝飯用にヨーグルト。ポイポイとカゴに欲しい物を投げ入れてレジに向かう。高校生らしきお兄さんが対応してくれたけど、最後の最後ですげぇ微妙な顔をされた。何だ、めっちゃ食う奴って思われたのか?白々しい顔で荷物を持ってくれた万次郎に手を引かれて佐野家へと帰宅する。帰宅後に袋の中身を見た私が万次郎の頭に再び拳骨を落とすまで、あと14分。
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