ある青年と不適合者

 血のハロウィン≠ニ呼ばれた芭流覇羅との抗争から2週間が経った。2017年のドラケン君が教えてくれた、マイキー君が一虎君を殺して東卍が芭流覇羅に乗っ取られるっていう最悪の事態は免れる事が出来た。……けど、それは結果論だ。経緯はどうあれ、結局場地君は死んでしまった。東卍を大切にしていた男は、オレにマイキー君と東卍を託すと残して逝ってしまったんだ。
 2005年この時代のドラケン君に呼び出されて待ち合わせ場所に向かう道中、オレは今後どうするべきなのかを考えていた。今回の事でマイキー君の闇堕ちを阻止出来たかもしれないけど、稀咲を東卍から追い出すという目的は果たせていない。稀咲を東卍から追い出さない限り、ヒナが死ぬ未来を変える事は出来ないだろう。



「ぐぉ……っ…!」

「へ……?」



 いくら考えたところで、オレの乏しい頭では妙案が浮かぶワケも無くて……。肩を落として歩いていると、近くから鈍い物音と呻き声が聞こえてきた。



「お、オレらが悪かったって……許し……ガッ!」

「別にいーよ、謝んなくて。お前らの謝罪なんかちっとも興味ねーか……らッ!」

「え、珠綺ちゃん……!?」



 また喧嘩か……巻き込まれたくないと思いつつ、音の出所が気になってチラっと其方に目を向けると、丁度珠綺ちゃんの膝が相手の顔面にめり込んでいる光景が目に入った。よくよく見ると、ビルの撤去跡地らしき閑散とした空き地にはあちらこちらにぶっ倒れている特服姿の男らが放置されている。


「オイ、誰だよ……所詮は女だから楽勝って言ったヤツ……!!!」

「知るかッ!だからオレは嫌だったんだよ……東卍のマイキーの女に関わんの……ブフッ!」

「変なガセネタ広めてんじゃねーよ。東卍は関係ねぇ……コレは私とテメェらの喧嘩だろーがッ!!」



 珠綺ちゃんが喧嘩してるトコを見るのはこれが初めてじゃない。最初は溝中の校門で、次はレッド君達に襲われた道端で。いずれも相手に反撃する暇を与えない程に圧倒的な強さで相手を伸してしまっていたけど、まさかこれ程強いとは正直思ってもいなかった。少なく見ても30人くらいはいるんじゃないか?その大半を、華奢な彼女1人で倒しちまったっていうのか……?



「あー……つまんねぇー…」



 地面に倒れ込んでピクリとも動かない男の後頭部を片足で踏みつけて、珠綺ちゃんは溜息を吐きながらポケットから携帯を取り出した。



「……終わったぞ。何だよ、この歯ごたえのねぇチームは」



 イライラとした様子で頭を掻いていた珠綺ちゃんは、ここでようやくオレがいる事に気が付いたらしい。大きなく目を見開いて、それから何事も無かったかの様に空いた左手をひらひらと振って見せる。



「次こんなクソつまんねぇ話持ってきたらタダじゃおかねーからな」

「ぐぉ……ッ!」



 相変わらず通話は続けたまま、珠綺ちゃんは最後に踏みつけた頭を思いっきり蹴り飛ばしてオレの方に近付いてきた。



「……オウ、タケミっち。いるなら声くらいかけろよな」

「い、いやぁ……あの状況下でそれは無理なんじゃないかな……?」



 良かった……。そうか?って首を傾げる姿はいつもの珠綺ちゃんだ。胸を撫で下ろしていると、オレはある事実に気が付いてしまった。姿云々は置いておいて、オレ、一応26歳なのに10代の女の子にビビってる……。流石に情けなさすぎるだろ。



「あー……そっか。今日は一虎のトコに行くんだっけ?」

「え?あ、うん……そう、なんだけど……」



 突然話を振られて、オレは上ずった声で返事をするのがやっとだった。珠綺ちゃんの言う通り、今日オレはドラケン君と一虎君に会う約束をしていた。彼が身柄を拘束されている、少年鑑別所で。直接の死因で無いにしても、一虎君が場地君を刺した事実は変わらない。パトカーのサイレン音で血のハロウィンは終焉を迎えたが、その場に居た全員が蜘蛛の子のように散っていく中で一虎君だけは横たわる場地君と一緒にその場に残る事を宣言した。
 あの時、あの場に珠綺ちゃんはいなかったけど……そうだよな。珠綺ちゃんは場地君とも一虎君とも顔馴染だったんだもんな。話をしたのがマイキー君なのか、ドラケン君なのかは分からねぇけど、それがどんなに酷な事だったとしてもマイキー君達彼らが珠綺ちゃんに報告しないはずは無い。親友を失った彼女になんて声をかければ良いのか分からず困っていると、珠綺ちゃんは眉尻を下げてフッと笑った。



「いーよ、言葉選んだりしなくて。場地が死んじまったのは知ってるし、一虎が警察に捕まった事も万次郎に聞いた」



 途中まで一緒してもいいか?珠綺ちゃんの言葉にオレは慌てて首を縦に振った。ぎこちなく珠綺ちゃんの隣りを歩くと、オレの事を気遣ってか珠綺ちゃんがポツリと話し始める。



「正直な話、全然実感が湧かないんだよな。場地が死んだって。もう補習の手伝いしなくていいって思うと清々する気もするけど、ガキの頃からずっと一緒だったから……」



 そう話す珠綺ちゃんの声や表情は終始穏やかだ。



「だから、なのかな?びっくりするくらい涙が出てこねぇ。アイツの墓に手を合わもしたけど、あの小さい墓石の下にアイツが埋まってるっていうのが信じらんねーんだ。場地に散々物分かりが悪いって言っておいて、自分がコレじゃざまぁねぇな」

「……そんな事、無いと思うよ」



 形は違えど目の前でアッくんが飛び降りた時の事を思い出して、オレはキュッと胸が苦しくなった。オレだってあの時、何度目の前で起こった事が夢であれば良いと思った事か……。けど、あの時とは違って、オレが場地君を助ける為に出来る事はもう何もない。場地君は2005年の世界で死んじまったから……これよりも過去に、オレは戻る事が出来ないから。そう思うと一層申し訳無さで身体が震える。オレは、場地君が一虎君に殺される事を知っていたのに……オレがもっと注意していれば、食い止める事が出来たかもしれないのに……!



「タケミっち」

「え……」



 ポン、と頭に温もりを感じる。俯きながらも、それが珠綺ちゃんの手だって事に気付くのに時間はかからなかった。



「場地が死んだのはお前のせいじゃない。もしお前が何も出来なかったって悔やんでるなら、それは私も同じだ。あの時、私もあの場所にいたら場地を助ける事が出来たんじゃねぇかって、そんな事ばっか考えてる」



 それは違うよ、珠綺ちゃん。もし、君があの場にいても……そう心の中で返事をしている内にオレはハッとした。そうだ、何であの日、珠綺ちゃんはあの場にいなかったんだ?2017年のドラケン君に聞いた、オレが知ってる血のハロウィンで死ぬのは場地君だけじゃない。抗争が行われたあの廃車場で、目の前の珠綺ちゃんだって死んじゃうはずだったんだ。



「一虎が珠綺に執着してるのは、何となく知ってた。それがマイキーが珠綺に向けてたソレと同じかって言われると分からねーけど……少なくとも、一虎が珠綺に対しての承認欲求があった事は間違いないと思う」



 拘置所で対面したドラケン君はそう言っていた。



「だから、マイキーがヤられかけた時に飛び出してった珠綺が許せなかったんだろうな」



 マイキー君に駆け寄る最中、珠綺ちゃんは近付いてきた一虎君に腹や胸を刺されてその場に倒れ込んだという。抗争で人が溢れ返っているせいで、血を流して倒れる珠綺ちゃんを発見するのが遅れてしまい、ドラケン君達が気付いた時には既に手遅れだったのだと。だけど2週間前の抗争当日、珠綺ちゃんは何故か廃車場には現れなかった。……アレ?前もこんな事あったよな……。



「……そうだ、あの時…」



 稀咲が参番隊隊長に任命されたあの日……通り魔に刺殺されると言われていた彼女は次の日もピンピンした様子で集会に参加していた。何でだ?これは過去の事なのに……何で、オレが知ってる過去と違うんだ?



「……い……おい、…っち……オイ、タケミっち!」

「え……?」



 ガッと肩を掴まれて我に返ると、ビー玉みたいに丸い瞳がじぃっとオレの顔を覗き込んでいた。



「うわ……っ!」

「うわって……。ンだよ、人が心配してやったのに失礼な奴だな」

「あ、ゴメン、そういうワケでは……」



 あまりにも整った顔が目と鼻の先にあったからビックリしたというか。初めて会った時から思っていたけど、本当に珠綺ちゃんは美人だ。中学生の今ですらこんなに綺麗なんだから、大人になったらモデルになってたりして……?次に2017年向こうに戻ったら会いに行ってみようかな?オレの事、覚えててくれてるといいんだけど。挙動不審なオレの態度に整った顔が眉を潜めて離れていく。風で靡いた髪からふわりと良い香りがしてドキッとしたけど、すぐにヒナやマイキー君の顔が頭を過って思わずひゅっと喉が鳴った。っていうか、さっきの状況……よくよく考えると、マイキー君にバレたらすっげぇマズイんじゃ……?



「百面相してるトコ悪ぃけど、私こっちだから」

「え?」



 声をかけられて辺りを見回すと、いつのまにかあと少しでドラケン君との待ち合わせ場所という所まで来ていた。せっかくだか珠綺ちゃんも一緒に……そう言いかけて慌て口を閉じる。正直な話、珠綺ちゃんは一虎君の事をどう思っているんだろうか。マイキー君のお兄さんを殺した張本人で、場地君を刺した人でもある彼を。



「場地の事はまだ整理できてねぇけど、少なくとも真一郎君の事については私がどやかく言うつもりは無い。アレは万次郎と一虎の問題だ。外野が騒ぐのは筋違いだろ」



 オレの気持ちを見透かしたかのように、珠綺ちゃんは淡々とした声でそう言った。



「だけど、私にとっては一虎も場地達と同じくらい大切な仲間である事に変わりはねぇ」

「珠綺ちゃん……」

「アイツ、考えが両極端だから妙な気を起こすかもしれねーからさ……」



 ちゃんと生きて償えって伝えておいてくれよ。歯を見せて笑う珠綺ちゃんは、少しだけ悲しそうに見えた。



「……分かった、必ず伝えるよ」

「ん、頼んだ」



 ひらり、と後ろ手を振って去ってく姿は男のオレが見てもカッコいいと思った。やっぱすげぇな、珠綺ちゃん。流石マイキー君が惚れるだけの事はある……!だけど、何だろう……この違和感。オレ、何か見落としてるような……。



「やべ……っ!」



 携帯で時間を確認すると、ドラケン君との約束まであと5分を切っていた。きっと気のせいに違いない。そう自分に言い聞かせて、オレは足早にその場を後にした。




















「……ンだよ、ホント人使い荒いな、テメェらは……。で?次はどこのチームだ?九井」